第32話
――盛り上がっている。オレンジの球体を何度も床に叩き弾ませる音が、バッシュが地面を蹴るゴム底の音が体育館の室内に響く。
幼馴染の佐奈が、チームメンバーからパスされたボールを取って、妨害を突破した。
「佐奈――! がんばれ」
――幼馴染を応援する声を上げた。
佐奈はシュートをしてゴールの枠に当たりながらネットを揺らした。
ルールなんて分からないが、佐奈の頑張りと試合の勝利だけは周囲の歓声の雰囲気で伝わった。
その日、日曜の試合は昼過ぎまで行われ、誠二達が所属する学校が勝った。
そして佐奈は強く勝利に貢献した。
試合が終わった後の片付けまで終わり、今日はもう解散である。
誠二が佐奈の到着を待つ中でも、イケメン女子の佐奈はどちらの学校問わず女子に話しかけられ、中には告白まがいの声をかけてくる生徒だっている。
誠二の手にはお弁当が2つ用意されている。勝ったら祝勝、負けたら厄払いとどちらに舵を切っても一緒食べる約束をしている。
佐奈は周囲が話しかけてくるのを避けながら、誠二に近づこうと頑張っているが、祝勝会と称してファミレスに連れて行こうとしたり、二人で話したいと誘いをかけている。
「ごめん、先約があるから」
佐奈の言葉と試合で見せた巧みなフットワークを超える動きは、周囲の興味を引き、その視線は大勢の注目を集めている。
佐奈の行く先にいる男である誠二も注目を集めている。それがあの大野江誠二だからだ。
学校内では百合味を感じると蒸発する様に消える男のくせに、なぜか美少女の彼女持ちと妬みと恨みを集め、最近では彼女の妹を義妹として一緒の屋根の下に暮らしている事で一層の恨みつらみを集めている男だ。
「お待たせ、待った」
「待ってないよ。よく頑張ったな」
轟々と燃える嫉妬の炎に身を照らされながら、誠二は幼馴染へと笑いかけている。それは周囲の人間に別の女に手を出す最低野郎と思われている。
その男の許に女子バスケ部のイケメンエースが駆けていく光景に、女子人気が高いボーイッシュの佐奈の表情が、好きな男の子と話す女の子の顔になっている姿を見たら、周囲の人々はどう思うか。
負の感情の総意が誠二を攻撃する中で、佐奈が誠二の腕を取って駆けだす。
「行こう」
「ああ」
二人でいる時はいつまで経っても幼い二人の関係のまま、逃げと突破の二人がプロが誰かに捕まる事もなく、追いつけるわけもなく、春の静かな軒先を確保する事なんて造作もない事だった。
…………
誠二が作って持ってきた弁当を二人で広げて、ベンチに肩を並べて陽気な日差しを浴びている。
朝早くに起きて作った甲斐を誠二は知ってしまった。その始まりが彼女である夏美ではなかった事が、心苦しい気持ちではあったが、幼馴染と一緒にいる事を楽しんだ。
「それで海崎さんは、どうなんだ?」
「ん~、いい彼女だよ。一緒に居て楽しいし、料理とかも教えてくれるし」
質問を仕掛けてきた佐奈に言葉を返すと、聞いてきた彼女が暗く視線を落とした。
丁度一年前に受けた告白を誠二は断った。
――ごめん、佐奈は妹の様にしか見えないから。
自分の心の中で言った言葉がまだ心に刺さっている。
佐奈の事は好きである。同時に佐奈の姉の涼花の事も好きであるが、奪い合いになって、姉妹の仲が悪くなるのは好まなかった。だから逃げて、逃げた先に夏美がいた。
「とても積極的で、私達がいがみ合っている内に告白して、ヤらせてくれる女の子らしい彼女だから好きなのか?」
「そういう訳じゃない。去年の学校祭委員の準備で触れ合っている内に好きになったんだ」
誠二は夏美が中途半端な恋愛をしているつもりはないし、全力で好きでいるつもりだ。
皆本姉妹への思いは隣に居る仲のいい幼馴染として終わらせて、夏美に愛を注いでいる。
佐奈を傷つけてしまった答えを言ってしまった分かっていても、それを回避した答えなんて答えようがなかった。
食べている途中の弁当を抱えながら、佐奈が誠二の肩に頭を寄せてくる。ただそれぐらいは幼馴染のいつもの距離感だった。
しかしそれは他人が見たら近すぎる距離。
「知ってる。何度も聞いた。でも、誠二が諦めきれなくて、諦めたら多分、活躍できなくなる」
「俺は、夏美を愛してる」
「私は誠二の事を好きでいる事は忘れないでほしい」
「ああ」
いつも隣に居る事が当たり前だった。距離感の価値をインフレーションさせたせいで、姉妹で決着をつけきれずに横からかっさわれてしまった。
今は届かなくても、チャンスはあると佐奈は確信している。それは今朝見た光景。
「今朝、学校に来る時、海崎さんと冬香さんが腕を組んで歩いているのを見ちゃった」
「ああ、そりゃ、冬香は海崎家の子供だから」
彼女と義妹の双子の関係には、二人で親密になる大義名分がある。
はじめの内は間近で見れる百合百合しい関係だと思っていたが、冬香が暴力してくるし、夏美は双子の関係に巻き込もうとしてくる地点で、何かが違うと思うようにもなってきた。
特に冬香の暴力性について、被害者である事を理由に他人への攻撃性が強いのはどうかと誠二は思う。
それで夏美と冬香がお互いに攻撃的なまでに積極的に巻き込まれる誠二はどうなのか。
誠二が不安に思っている事なんて、幼馴染にはお見通しである。
「あれは恋人の距離だったよ。浮気でしょ」
「かもな」
否定はできない。ほかに男が挟まっているわけではないし、誠二は双子の間でつながる関係を持ってしまっている。
どうしようもなく宙ぶらりんの関係を再認識してしまった。
誠二の言葉と態度からして、押せば落ちると思った幼馴染のもう一押し。
「誠二は……それでいいのか、彼女の妹だとしてもぽっと出の女に奪われて」
何も言い返せなかった。
弁当のマスタード味のから揚げを口で咀嚼しながら、飲み込むまで時間を稼いで遅延していた。
良くはない。良くはないが夏美と冬香の関係を割るわけにはいかない。
かといって、あの間に挟まるわけにはいかないだろう。
「お前の隣に居るのは私だから、忘れないでくれよ」
「ああ」
誠二が呻くような返事を出して、佐奈は未来の勝利を確信した。
ここで最後の一押しが出来ないのが佐奈だ。幼馴染は時間が無制限にあると思っている。
どうせ会って1年のぽっと出の女が浮気したところで、最後には別れて落ち込んだところで、自分が誠二を慰めればいいと思っている。
だから先に好きだったのに、もたもたしているからぽっと出の女に奪われるし、奪い返せない。それが幼馴染の時空である。
会話が途切れて、弁当を食べる事に戻った。
それから、着替えて街のゲームセンターに遊びに行ったり、ご飯を食べたり、小学生並みの遊びをして家に帰って別れるまで、まったく何もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます