彼女の妹が俺の義妹になりまして

下川原 有人

パート1

第1話

 ――怖い。なんでもない報告なのに、彼女である夏美にこの事を告げる事がすごく緊張している。


 いつものファミレスで待っている。先にメロンフロートを注文して彼女が来るまでの時間を待っているが、彼女が到着するのとどちらが早いだろうか?

 ピロンと手元に置いたスマホが鳴ってサムネイルと内容が表示される。メッセンジャーアプリから彼女のメッセージが届いた。


 夏美>>ごめん、生徒会が長引いて今学校を出た所

 誠二>>生徒会お疲れ様、ゆっくり待ってるから気を付けてね


 スマホのロックを解除してすぐに連絡を返した。

 学校からこのファミレスに到着するまで5分。もう少しこの地獄が続くようだ。

 食事という楽しくなければならない雰囲気をぶち壊す暗い雰囲気を放つ男、大野江おおのえ誠二せいじに近づく存在がいる。


「お待たせしましたワン。ご注文の品をお取りくださいワン」


 配膳ワンコロボが商品を厨房から持ってきた。

 ロボットに誠二が放つ陰鬱な雰囲気を読む機能なんて当然搭載されているわけがなく、これから彼女に言わなければならない事への気の重さから、ゆっくりとなった動作でワンコロボからメロンフロートを受け取った。


「ごゆっくりしてワン」


 ワンコロボは店の奥に帰って行った。

 ファミレスに来ると誠二はメロンフロートを毎回の様に頼む。それは幼い頃にお母さんに連れられてきた時におねだりして注文してもらった思い出があるからだ。

 最初にバニラアイスの部分だけ食べて、それからストローでメロンソーダを飲む。冷たく甘いミルク味とケミカルな、緑に甘味料でつけられたわざとらしい匂いの甘い炭酸水。というと食レポへたくそと言われる。

 だが、それ以上の感想は出ないし、今はあまり気が利いた事が考えられない。

 店の雑踏の中には、「すみませんがどいてくださいワン」と道を譲れないポンコツロボ同士が困ってしまってワンワン鳴いている声が聞こえる。

 バニラアイスが解けかけて、メロンソーダに交じって、灰汁の様にグズグズになったバニラが氷交じりのメロンソーダの表面に浮いて、スプーンですくって食べる。

 そして、タブレットのメニュー表を見ながらメロンソーダをストローで飲む。


「いらっしゃいませ~、一名様でしょうか」

「先に来てる人と待ち合わせてます」


 店員と聞き覚えのある女性の声に、誠二が目を向ける。ついに彼女、海崎うみさき夏美なつみが来た。

 長い黒髪と規則正しい学校の制服は、周囲の人の目を振り向かせる美人力を持った女性である。

 店員は短いやり取りの後、夏美を誠二が待つ席に案内すると、「ごゆっくり~」と言って去っていった。


「お待たせ~」

「待ってた~。生徒会お疲れ様」


 緊張して暗い雰囲気を払拭する様に、誠二は明るい表情を心掛けながら返事を返した。が、状況はなにも終わってないどころか、今スタートしたばかりだ。

 誠二は自分が注文する物を選択してから、メニュー表を夏美に渡す。


「生徒会どうだった?」

「ん~、学校祭の催しのクラスごとの許認可の話し合いと、提出物を出してないクラスに連絡事項を書きに行ってきた」


 三か月後の学校祭は、まだクラスで意見を募るくらいの事をしている段階だが、生徒会はもう動き出しているらしい。

 去年一年生で一応の流れを誠二も経験しているし、学校祭の最終日後に夏美に告白しているので、印象深いイベントだったのを覚えている。

 あれからもうすぐ一年かという懐かしい気持ちと、まだ三か月後とこれから来る時がまだ先に思えていた。


「ああっ後、来週転校生がくるって事も言ってたっけ。大野江冬香ふゆかさんだっけ? 私の妹と同じ名前なんだよね」

「前にうちの親が再婚するって言ったよね。それで妹が転入するんだ」

「大野江……、ああそうか。誠二くんも大野江だっけ」


 普段から名前同士で呼ぶから苗字にピンとこなかったようだ。夏美は手をポンと叩き、今点と点が繋がったようだ。

 ようやく本題がスタートする。

 夏美がタブレットを操作して注文を完了させている内に、自分のスマホから写真を呼び出す。

 それから、夏美がタブレットをテーブルに置いてから、言いづらい事を一呼吸吐いて、一緒に吐き出した。


「それで、義妹の事なんだけどさ、これ、この間、家族写真を撮ったんだ」


 すっと写真を表示したスマホを差し出して、それを夏美が見て、その写真を凝視して瞼を開けた。

 容姿が若い継母は若々しく少し長いショートヘアの黒髪の女性で、連れ子は腰まで伸ばした長い黒髪の清楚そうな女子だった。


「ママ、フユ……」


 連れ子の女子と夏美があまりにそっくりすぎて、誠二も驚き、なかなか言い出せなかった。

 夏美の口からは何度も冬香の名前を聞いた事はあるし、なぜ夏美と冬香が生き別れになったのかも。知っている

 母親だった春香による不倫と一方的な離婚。それから、連れ去りが双子の姉妹を分かち合ったのだ。

 それは許される事ではない。法律的にも心情的にも。だから、言い出せなかった。

 今から結婚しようとする父親にも、誠二の怒りが剥いている。


「昨日、父さんと春香さんが婚姻届けを役所に出したよ。×バツ2なんだってさ」

「この人は一体いくつの罪を重ねれば気が済むんだろう」


 誠二から見て、夏美は泣いていた。顔を赤くして、普段の彼女が見せないグチャグチャの顔になっていた。

 そんな彼女の激情に静止を掛けたのは誠二ではない。スマホを握りしめる力が強かった。パキッという音が聞こえて、夏美が驚いた。

 気まずい静寂がテーブルを覆い、二人でそっと夏美に握りしめられたスマホを覗く。

 画面と筐体が分離して、フレキシブルケーブルでかろうじて止まっている状態だった。誠二はスマホってこう壊れる事ってあるんだなと思った。

 夏美が申し訳なさそうに謝ってくる。


「……ごめん、誠二くん。スマホ後で弁償するね」

「うん、中古の安いやつだから、気にしないで」


 取っててよかったバックアップ。二人の思い出はパソコンのHDDの中だ。

 それからしばらく沈痛な二人の間。


「お待たせしましたワン。ご注文の品をお取りくださいワン」


 ロボットの空気の読まなさに助けられて、その日の会合は致命傷で済んだ。

 いうべきことをようやく言えた解放感と、これから始まると船を漕いで離岸した不安に似た感覚が同時にやってくる。

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