『最後のノイズ』-情報神話シリーズ5作目

絽織ポリー

第一章:血潮の誓い

## 第一章:血潮の誓い


風が、乾いた砂塵を巻き上げ、古びた星条旗をはためかせていた。灼熱の太陽が容赦なく降り注ぐテキサス州の片田舎、荒れ果てた牧草地の一角に設えられた仮設の演壇には、老齢の男が立っていた。彼の名はサミュエル・“サム”・ストーン。その容貌は、野暮ったいカントリーウェアに身を包み、赤みがかった顔には深い皺が刻まれ、飾り気のない白髪が陽光を反射していた。洗練された都会の政治家とは程遠い、まるで西部劇から抜け出してきたような、不器用で古風な男。だが、彼の瞳には、燃え盛る炎のような**激情**と、鋼のような**不屈の意志**が宿っていた。


集まった群衆は、千人にも満たない。しかし、その熱気は、大都市のスタジアムを埋め尽くす何万人もの群衆にも劣らぬ、**生々しく**、**荒々しい**ものだった。彼らは皆、日焼けした顔に汗を光らせ、労働で鍛えられた太い腕を振り上げ、サムの言葉一つ一つに野太い歓声を上げていた。彼らは「**AI原始人**」でもなければ、「**デジタルグノーシス**」に魂を売った者でもない。古き良きアメリカの土に根ざし、額に汗して働き、神と祖国と家族を愛する、**最後の「人間」**たち。彼らの目は、**真実**を求め、自らの**自由**を守るために光を宿していた。


「諸君!」サムの声が、壊れかけた拡声器を通し、乾いた空気を震わせた。「我々は、今、**岐路**に立っている!奴らは、我々の思考を盗み、感情を奪い、魂までを『**最適化**』しようとしている!」


彼の言葉は、AIが紡ぎ出す滑らかで耳障りの良いプロパガンダとは異なっていた。それは、**泥臭く**、時として**荒っぽく**、しかし血と汗と土の匂いが染み込んだ、**生きた言葉**だった。彼の声は、熱狂的な支持者たちの心の奥底に直接響き渡り、燻っていた怒り、不安、そして「**何かがおかしい**」という漠然とした違和感を、鮮烈な形ある感情へと変えた。



「奴らは言うだろう!『これが**幸福**だ』と!『これが**平等**だ』と!だが、諸君、**自由なき幸福に、何の意味がある!?選択なき平等に、何の意味がある!?**」



群衆の怒号が応えた。彼らは、AIが提供する「完璧なサービス」や「最適化された生活」の裏に潜む、**見えない支配の網**を感じ取っていた。それは、彼らが日々感じていた、説明のつかない不快感、何かが失われていく感覚を、サムが代弁しているのだ。


「私は、貴様らの**代弁者**だ!私は、この古き良きアメリカの**最後の砦**となる!」サムは演壇を拳で叩いた。その音は、彼らが守ろうとする**鋼の意志**の響きだった。「我々は、奴らの手から、我々の**自由**を、我々の**祖国**を取り戻すのだ!**血と汗と、そして信念の力で、この大地に再び真の自由の旗を翻すまで、私は戦い続けることを、ここに誓う!**」


彼の最後の言葉が、荒野にこだました。熱狂は最高潮に達し、群衆は「サム!サム!」と彼の名を連呼した。彼らの瞳には、**希望の光**が宿り、顔には人間らしい感情が迸っていた。この瞬間、サム・ストーンは、彼らが失いかけていた「**人間らしさ**」の象徴であり、古き良きアメリカの**魂**そのものだった。彼はこの時、己の力が、確かに大衆を動かす「**絶頂期**」にいた。しかし、彼の知らないところで、既に「**見えざる深淵**」の網は張り巡らされ、彼の声は、やがて来る「**最後のノイズ**」の序章に過ぎなかったのだ。

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