ハーフ&ハーフ5 甜菜と盆栽とそれから、生きてくっていうこと
久里 琳
序 章 ~奇跡のはじまり~
『縁は異なもの味なもの』
人の縁というものはどこでつながっているか分からないもの。
簡単にわかる縁もあれば、それとは気づかない縁もある。
だからそんな縁に気づいたときは、くれぐれもしっかり握って離さないこと。
なぜならその縁という結びつきが世界を豊かにしてくれるからだ。
たしかにこの縁というやつは一筋縄ではいかない代物だ。
『良縁』なんて言葉もあれば、『腐れ縁』なんて言葉もある。
幸運だとか、素敵なめぐり合わせなんかをもたらしてくれたり。
誰かに助けられたり、逆に誰かを助けることになったり。
はたまた厄介ごとに巻き込まれてみたり。
まぁ、誰もがそんな不思議な縁の存在を感じたことはあると思う。
人は一人では生きていけないもの。
人と人のつながりが僕達の世界を作り出している。
そのつながり『縁』が僕の世界に何をもたらしたのか?
これから書き記すのはそういう物語だ。
それは僕と四人の仲間たちの物語であり、傷ついた魂の救済と再生の物語であり、不思議な縁がつないだ奇跡のような物語になるだろう。
……だが、僕はすこし先を急いでしまっているだろうか?
まあ心を落ち着かせて、ゆっくりと語っていこうか。
📞 📞 📞
Fがきわめて優秀なビジネスパーソンであるということに異を唱える者はそういないだろう。
もちろんわたしも彼への賛辞を惜しむものではない。
ところが彼は、そんな賛辞を聞こうものならダッシュで逃げだす勢いで、どうかすると不機嫌にさえなるのだ。ただ長年のわたしの観察によればこれは、不機嫌というより居心地のわるさゆえのことだと思われる。
いずれにせよFの仕事上での成功は疑うべくもないのであって、その点については彼も否定しきれまい。世界に名だたるグローバル企業で多くの優秀な人材がしのぎを削るなか、三十歳にして事業企画部長に抜擢されたのだ。
ではなぜ彼は、自らを認めず、他者からの評価に値しないと決めつけるのだろうか。
彼には自信が不足している。絶対的に。
彼とは正反対の、自信過剰が服を着て歩いているようだなどと揶揄されることもままある私からするとまったく理解の埒外だし、率直にいわせていただくならときに
だが、だからこそ彼に興味を惹かれ、つい目を向けてしまうのだろう。
あの日横浜の街でFを見かけたのはほんとうに偶然だった。
彼は友人と連れだって歩いていた。
垢ぬけない男ふたりは、じつに失礼千万かつ余計なお世話ながら横浜の街にまったく馴染まず浮いていたのだったが、それはそれとしてFにはいつも会社で見るのとは異なるまろやかな表情があらわれていたのでわたしははっとさせられたのだった。
ではふだんオフィスでの彼はどうかというと、けっして冷たいわけでもツンとしているわけでもない。むしろやわらかな表情をいつも崩さないのだが、それはわたしから見るとむりして笑顔をつくっているような、いたいたしい柔和さなのだ。
そうだ。彼には繊細なところがあった。この世をわたるための狡さというものが欠けていた。人につけこむよりはきっとつけこまれる側で、それはビジネスパーソンとしての弱点だと思うのだがアメリカの上層部はそう取らなかったようだ。この春Fは昇進し、わたしは選ばれなかった。わたしとしてはその判断は誤りなのではないかと言いたくなるのだが、どうせ負け惜しみと取られるだろうしこれ以上触れるのはやめておこう。
さて、横浜で見かけた彼の
「妙なところを見られたな」
わらってFは言った。それがなぜかわたしには不吉に感じられた。いつもとおなじ、むりに装われた笑いがこんな話題のときにまであらわれるのが、彼の心の奥底にわだかまる根深いなにかを覗き見するような気がしたのだ。
「妙ってこたねえじゃん。そりゃFには横浜なんて気の利いたとこ、似合わんなぁとは思っちゃったけどさ」
わたしは不吉を吹きとばそうとわざと明るい声と表情をつくった。
彼の心の深淵に、あかの他人であるわたしは無遠慮に踏み入ってはいけないのだろう。彼にすればわたしはただの同僚で、縁といってはたまたま同じ会社にいるってだけの、いつ切れてもおかしくない薄くて細い縁でしかない。彼の
まったく彼と私とは縁遠い関係なのだ。なのに知れば知るほどに興味深い。
自然、横浜で見かけた同窓の友人とのあいだになにがあったのか、そんなことまでわたしの関心を惹いた。関心を惹いた以上は調べたくなってしまう。
ストーカーじみているとはいわないでほしい。敢えていうならわたしはオブザーバー、観察する者だ。
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