両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚

第1話


 皇太子と年が近く地位の高い侯爵家の長女として産まれた私は、産まれたその時から皇太子妃候補としての辛い教育が始まりました。

 親の愛情をたっぷりと受けて育つ子供時代を私は、教師に囲まれて起きている間はマナーや算術・語学などを勉強させられました。おかげで親と接することは、ほとんどありませんでした。

 そんなある日、私の前に天使が舞い降りたのです。


「エレノア、こちらにいしゃっらい。」


「はい。おかあしゃま。」


 3歳の私は舌足らずな言葉で返事をし、疲れた表情をしながらもどこか嬉しそうに笑うお母さまに呼ばれてお母さまの元に近寄りました。

 お母さまと顔を合わせるのは随分と久しぶりです。

 久しぶりに甘えさせてくれるのかと期待して私はベッドに横になっているお母さまに近寄りました。

 

「あなたの妹のオフィーリアです。」


「あ……、くしゃくしゃ、可愛い。」


 お母さまの腕の中には雪のように白い肌と血のように真っ赤な唇が印象的な赤ちゃんがいました。

 産まれたばかりで顔は幾分かくしゃくしゃしておりました。

 赤ちゃんを実際に見たのはこれが初めてでしたが、とても可愛いと思い、その小さな手の平に私は指を近づけた。

 きゅっ。と、オフィーリアが私の指先を握りしめました。

 それは条件反射なのかもしれません。

 

「ゆび……にぎってくれた。」


 条件反射だとしても、私にはとても嬉しかったのです。

 だって、たとえ指先であったとしても、皇太子妃候補として育てられている私にぎゅっとしてくれる人は誰一人いませんでした。

 傍にいる人はどこか一線を引いて私を接していたから。

 だから、オフィーリアが私の指を握ってくれた時、とてもとても嬉しかったのです。


「ふふ。オフィーリアはとっても可愛いでしょう。エレノア、あなたの妹として可愛がってあげてちょうだい。」


「はい。おかあしゃま、エレノアはオフィーリャアをかわいがるとちかいます。」


 優しく笑うお母さまも、オフィーリアの温かい体温も心地よくて私は生きている中で一番の幸せを嚙み締めました。

 これが私と私の天使、オフィーリアの出会いでした。

 







☆☆☆☆☆





 オフィーリアはお父様とお母様の愛を一身に受けすくすくと愛らしく成長をいたしました。

 

「エミリアお姉さま。このアクセサリーとても可愛いですわね。」


 私とは違い愛らしく成長した12歳のオフィーリアはそう言って私の手持ちのアクセサリーの一つを手にとった。

 それは猫をモチーフとしたイヤリングだった。

 猫の目の部分にダイヤモンドがはめ込まれたイヤリングは光を反射してまるで猫の目のようにキラキラと輝く私のお気に入りの一つだった。

 

「そうでしょう。私のお気に入りです。」


 オフィーリアは私のイヤリングを耳につけて鏡で自分の姿を見て楽しそうに笑っている。

 眩いばかりの金髪がオフィーリアの動きに合わせて踊る。

 落ち着いた色合いの私の金色の髪よりも、オフィーリアの方がイヤリングは似合っているように思える。

 

「私にも似合いますか?」


「ええ。愛らしいオフィーリアの方が私がつけるよりも似合っているわ。」


 イヤリングはまるで最初からオフィーリアの物だったかのように、オフィーリアに似合っていた。私がつけた時よりもオフィーリアがつけた方がイヤリングは数倍輝いているように見える。

 

「……オフィーリアにあげるわ。私が持っているよりもオフィーリアが持っていた方がそのイヤリングも輝くわ。」


「まあ。いいの。お姉さま。このイヤリングお姉さまのお気に入りなのでしょう?」


「ええ。構わないわ。だって、オフィーリアがつけてくれた方が、そのイヤリングも嬉しそうだもの。」


「ありがとう。お姉さま。私、大切にしますわ。」


 そう言ってオフィーリアは天使のように屈託なく笑った。

 こうして、私は時々オフィーリアに自分のものを渡すことがある。

 それは、私よりもオフィーリアに相応しいと思ったから。

 私のそばにあるよりも、オフィーリアのそばにあった方が輝けると思ったから。

 

「ああ。そうだわ。お姉さま。私、明日お母さまとお買い物に行くのよ。イヤリングのお礼にお姉さまになにかプレゼントさせてください。なにがいいかしら?」


「……オフィーリアが選んでくれるものならば、なんでも嬉しいわ。」


「まあ、お姉さまったら。」


 オフィーリアは楽しそうに笑う。

 オフィーリアが笑っていない日は今まで一度もなかっただろう。

 お母さまと買い物に出かけたことのない私は、オフィーリアのことが少しうらやましく感じた。

 

「外は危険がいっぱいよ。お母さまと離れないように気をつけなさい。」


「はぁい。」


 愁いを知らないオフィーリアはそう言って楽しそうに笑った。


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