第9話 あいつの能力は

 図工室は、普通の教室の倍以上の広さがある。大きい木製の机の上に、木製の椅子が逆さに並べてある。

 部屋の奥には、木工用ボンドや釘、トンカチ、タコ糸など、工具や材料がしまわれた棚がある。品川百万は、柳台冬也と文月京をその棚の前まで連れていくと、部屋の隅に座らせた。

「浩太、こいつらを壁で守れ」

「う、うん」

 江藤浩太は木製の床から木の壁を生やし、二人を囲った。

 ちょうどそのとき、彼らが入ってきたドアから、ホドガヤがゆっくり入ってきた。

「なるほど、逃げたと思わせて、自分に有利な場所に誘導したわけか。少しは知恵が回るようだ」

 品川百万は木製の机に触れた。バキバキと音がして、ダーツのようなものが彼の手の中にできた。

「おい、浩太。俺の前に出ろ。あいつが右手をこっちに向けたら、すぐに壁を作るんだ」

「う、うん」

 江藤浩太の能力は、自分の目の前に壁を作る。離れた場所には作れない。だから盾にするには、品川百万の前か、少なくとも真横に立っていなくてはいけない。

 江藤浩太は震えながら、品川百万の左隣に立った。舌打ちする品川百万に、江藤浩太は聞いた。

「で、でも、ど、どうしてあいつは、ぼくらを攻撃するの? ぼくらの超能力が目的なら、怪我させない方がいいんじゃ」

 答えたのはホドガヤだった。

「もちろんだ。だがいまの君たちを連れて行っても、抵抗しかしないだろう。運んでる間に暴れられても困る。こちらの圧倒的武力で黙らせてから運びたいだけだ」

「ちっ……物扱いかよっ!」

 叫びながら、品川百万は手を大きく振り下ろした。木製のダーツが勢いよくホドガヤに投げ飛ばされる。

 品川百万は再びダーツを作り、ホドガヤに投げた。だが、また避けられる。

「品川君、意味ないよ! そんなの当たりっこない!」

「いや、そうでもない」

「え?」

 ホドガヤは、苦々しい顔をしていた。品川百万の波状攻撃に、近付けないでいるのだ。

 品川百万は、手に持っていたタコ糸とともに、テーブルに手をついた。バキバキと音がして、弓と矢ができた。それを、ホドガヤに向けて引き絞る。

「てめえ、さっき言ってたな。敵に情報を与えるなと。その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!」

 品川百万が矢を放った。ダーツとは比べものにならない速度で、鋭い矢がホドガヤを狙う。ホドガヤはすんでのところでそれをかわした。だが、第二、第三の矢が、次々と彼を襲う。

「なぜさける? なぜ矢を止めない? さっきの木刀も、ダーツもそうだ。お前は止めないんじゃない。止められないんだ。お前が止められるのは、人間だけだから!」

 矢の一本が、ホドガヤの腕に当たった。彼は痛そうにうめく。

「だがそれなら、俺の動きを止めればいい。どうしてそうしない? それはお前はすぐ近くの人間しか止められないからだ! こうして離れて戦えば、お前は何もできねえ!」

 品川百万の放った矢が、ホドガヤのヘルメットに当たる。徐々に命中精度が上がってきた。次は顔に当ててやる。品川百万がそう考えて、机に右手を伸ばしたときだ。

 ぴた、と品川百万の動きが止まった。

 江藤浩太も、動きを止めている。

「な……」

 目だけ動かし、ホドガヤを見る。彼は、澄ました顔で立っていた。

「だから甘いと言ったんだ。私が止められるのは、たしかに人間だけだ。だが、距離は関係ない。いま、この部屋中の人間の動きを止めた」

「ウソだろ……」

 品川百万は、なんとか右手を伸ばそうとした。あと少しでいいから伸ばせれば、机に手が届く。だが、微動だにしなかった。

 ホドヤガは仁王立ちしたまま、二人を眺めた。

「だが困ったな。このまま君らを撃つことは可能だ。しかしボスからは、なるべく傷つけるなと言われている。しかし、もうすでに一人撃っているのだから、いまさらか……。大人しくさせた方が、連れて行くのも楽だろう……」

 ぶつぶつとひとりごとを言う。その様子を見て、品川百万は奇妙に感じた。

 たとえ撃てないとしても、近付いて蹴り飛ばせばいい。なぜそうしない?

 だいたい、こんな力があるなら、最初から使えばいい。なぜそうしなかった。ギリギリまで隠したかったのか?

 それに、体は動かないが、目や口、首は動かせる。息もできるし、心臓も動いている。それは江藤浩太も同様だ。だがなぜ全身の動きを止めない? できないのか?

 そして、極めつけに。

 さっきから、ホドガヤも全く動いていない。

「くっくっくっ……」

 品川百万は笑い出した。

「お前、そういう能力かよ! クソザコじゃねえか!」

 ホドガヤが眉をぴくりと動かす。品川百万は、まねして眉を動かしてみせた。

「え、どういうこと?」

 まだピンと来ていない江藤浩太に、品川百万は笑いながら説明した。

「あいつの能力は、あいつ自身も対象なんだ! たぶん、あいつを中心とした半径何メートル以内の人間の動きを止める、という能力なんだ!」

 ホドガヤは苦々しい顔をした。品川百万も、その表情をまねした。

 廊下で戦ったときは、動きを止めるのが一瞬だったから気づかなかった。おそらく全身を一瞬止めたあと、足だけ動けるようにして蹴り飛ばしたのだ。解除のタイミングはホドガヤが決められるのだから、反応速度の差で品川百万に勝ち目はない。

 ホドガヤは気を取り直し、澄ました顔に戻った。

「ご名答。だが、それがわかったところでどうなる? どのみち君らは動けない。私はこの部屋に入る前に、仲間に連絡をした。そいつがもうすぐやってきて、外から君らを拘束する。それで君らはおしまいだ」

「外から拘束なんてできるのかよ?」

「そういう武器があるからな」

 ホドガヤはニヤリと笑った。

 それを見て、品川百万もニヤリと笑ってみせる。

「悪いけど、そうはならない。お前だって、この手の戦いに慣れてないみたいだからな。……超能力者同士の戦いに」

「なに?」

 品川百万は、左隣に立つ江藤浩太を見た。

「お前がビビりで助かったよ。浩太、目一杯壁を出せ!!」

 江藤浩太の目の前に、床から壁がせり上がる。それはすなわち、品川百万の目の前でもあった。せり上がった木の壁が、弓を構えるために前方に突きだしていた品川百万の左手に当たる。

 その瞬間、バキバキと音を立て、壁が変形していく。細長い枝状に伸び、棒立ちのホドガヤの体を拘束した。

「なんだとっ!?」

 壁はまだ出続けている。品川百万はそれを加工し続けた。枝は次第に太く幹のようになり、ホドガヤの体を完全に覆った。外に出ているのは、顔だけだ。

「おい、俺たちを解放しろ。さもなきゃ、このまま顔まで木で埋め尽くして、窒息させるぞ」

 その途端、品川百万は体の自由を取り戻した。ホドガヤが諦めたのだ。

「おい、浩太、もういいぞ」

 壁が止まった。品川百万はこきこきと首を鳴らした。

「初めからこうすりゃよかったぜ。俺の能力は木を加工するだけだから、元の木より大きいものは作れない。だからこういうことは無理だと思ってたんだが……」

 江藤浩太の肩を叩く。

「お前の能力を思い出した。やっぱ便利だな、お前」

 江藤浩太の能力は、床と同じ材質の壁を新たに生み出す。二人の能力をあわせれば、無限に木を加工し続けられるのだった。

「なぜだ?」ホドガヤがうめくように言った。「なぜ、超能力が使えた? 君らの動きは封じていたはずだ」

「お前アホか。お前の能力は、お前自身も対象なんだろ? だったら、お前が能力を使えるなら、俺らも能力を使えるに決まってるだろ」

 ホドガヤは息をのみ、そしてがっくりとうなだれた。


「で、応援に来たのはこのクソザコか」

 ホドガヤが呼んだという仲間は、能力を持っていなかった。能力さえなければ、もはや品川百万の敵ではない。新たに来た男も木で拘束してしまった。

 それから品川百万は、柳台冬也と文月京を囲った木の壁を加工し、穴を開けた。

「おい、冬也、大丈夫か?」

「なんとかね。文月のおかげで、血は止まった。でもまだ痛みはあるし、あまり動かせない」

「ごめんなさい。万能薬といっても、すぐに治るわけじゃないみたい」

 文月京は頭を下げた。

「早く治ってくれないとバイトに支障がでるな。……ま、能力でなんとかなるか」

「ねえ」

 文月京が、力のこもった目で柳台冬也を見た。

「さっき品川君が言ってた話、私なりに考えてみたわ」

「あん?」

「私も、あなたたちの仕事を手伝いたい」

「文月さん!?」

 江藤浩太が慌てて止めようとする。品川百万は舌打ちした。

「同情か?」

「ええ、同情よ。でも、私がそうしたいからそうするの」

 そう言われると、品川百万には反論できない。

「それに、私は役立つと思うわ。解体業なんて怪我が多いでしょ? 私の能力は役立つわよ」

「たしかにね」と柳台冬也はうなずいた。

「私ね、小さい頃から体が弱くて、いつも周りの人のお世話になってたの。だから、いつか体が丈夫になったら、今度は私が誰かを助けたいと思ってた。たぶん、今がそのときよ」

 文月京は、赤い水筒を見せつけた。彼女の体はまだ弱い。だが、この万能薬で、いつか健康になれることだろう。

「好きにしろ」

 品川百万は背を向けて歩き出した。文月京は、彼を追い越して顔を覗き込んだ。

「それに、品川君に正義感がないなんて、やっぱりウソだと思う」

「なんでだよ?」

「だってあなたが正義とか悪とかに怒っているのは、お父さんが苦労しているからでしょ? 家族のために怒るなんて、それは愛か正義感のどっちかよ」

 品川百万は言葉を飲み込んだ。正義感とは認められない。だが愛と認めるのは恥ずかしい。黙ってそっぽを向くしかなかった。

 その様子を見て、文月京はにこっと笑った。

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