第7話 ウソ

 引き金を引いた指が、空を切った。

 男の手から、銃が消えていた。

「なにっ。銃は……」

「ここだよ」

 阿逹仁の後ろから声がした。振り返ると、眠たげな顔の板橋類が、片手に銃を持っていた。瞬間移動して、銃だけかすめ取ったのだ。

「板橋君! よかったぁ……」

「危なかったね。階段を下りてきたら、川戸君が今にも撃たれそうになってるんだもん。びっくりしたよ」

「ガキが、よくも……。おい、下りろ!」

 男が川戸栄太の顔面を殴りつける。だが、背中越しではほとんど力は入らない。男はそれに気付くと、腰のホルダーに手を伸ばした。

「まずい、ナイフだ!」

「やれやれ」

 板橋類の姿が消え、男の隣に現れる。ナイフを奪うつもりだ。

 だが男はその動きを予想していた。ナイフを横に大きく動かし、板橋類の足に切りかかる。

「っ!」

 板橋類はぎりぎりのところで飛びのけ、ナイフを避けた。

「ちっ」

 阿逹仁は後ろを振り返った。葛飾神楽が足を震わせている。

「葛飾さん、格闘技をやってるって言ってたよね。なんとかあいつを取り押さえられない?」

「む、むり、そんなの」

 葛飾神楽は、腰を抜かし壁に寄りかかった。

「だ、だってあたし、格闘技なんてやってない……」

「えっ?」

 阿逹仁は混乱した。さっきと言ってることが違うじゃないか。

「いい加減にしろ!」

 男の怒声がした。見ると、男はナイフの切っ先を川戸栄太に向けていた。

「危ない!」

 阿逹仁が叫んだ。

 だが、男のナイフは空中で止まった。

「なにっ」

 男が腕に力を入れるが、ナイフは全く動かない。

「ひひ、いいナイフ持ってるじゃん」

 いつの間にか、廊下に柳台冬也がいた。品川百万たちも一緒だ。四年生の教室のテロリストを倒したのだ。

「そっちの銃ももうらうよ」

 板橋類が持っていた銃と男のナイフが、空中に浮く。そしてぐにゃりと曲がった。

「拘束してあげる」

 銃とナイフは8の字型に変形し、男の両手と両足に手錠のようにぴたりとはまった。

「クソザコばっかだな。飽きてきたぜ」

 品川百万は木刀を一振りすると、阿逹仁たちに背を向け歩き出した。

「し、品川君!」

「あん?」

 阿逹仁が呼び止めると、品川百万は顔だけこちらに向けた。

「あ……ありがとう。助けてくれて」

「助けたの僕なんだけど?」

 柳台冬也がにらむ。

「そ、そうだよね、ごめん。ありがとう柳台君、助かったよ。……それともう一つ!」

 去ろうとする品川百万たちに慌てて叫ぶ。

「たぶん、敵の中に超能力者がいる! 気を付けて!」

「……。へぇ」

 品川百万はにやりと笑った。

「それなら面白そうだ」


 阿逹仁は、廊下に座り込んだ葛飾神楽を、心配そうに見つめた。

「葛飾さん、大丈夫?」

「だ、大丈夫。全然元気!」

 そう言う彼女の顔は青白い。とても元気ではなさそうだ。

「……結局、格闘技はやってるの、やってないの?」

 何か話した方が元気になるかと思って、阿逹仁はそう聞いた。だが、葛飾神楽はかえって体を震わせた。

「ごめんなさいごめんなさい……全部、ウソなの」

「ウソ?」

「格闘技なんてやってない」

 葛飾神楽は自分の体を抱きしめた。

「ヘアピンをUFOキャッチャーで取ったのもウソ。本当はお兄ちゃんが買ってきてくれただけ。類から告白されて振ったのもウソ」

「「え」」

 そんな話は初めて聞いた。板橋類も当然、初耳だった。

「そういえばこの間、紅緒から謎の励ましを受けたよ。そういうことだったんだね」

「でも、なんでそんなウソを……」

「わかんない! 自分でもわかんないけど、ウソをつかずにいられないの……。だからこんな超能力を得ちゃったのかな……」

「気持ちはわかるよ」

 板橋類が優しい声で言った。その顔は少し赤い。

「みんなに注目されたかったんだね」

 葛飾神楽は黙ってうなずいた。

「でも、ぼくに告白されて振っただなんて、自慢になるの?」

「それは……」

 葛飾神楽は何かを言いかけて黙った。阿逹仁が代わりに口をはさむ。

「そりゃ、板橋君はカッコよくて頭もいいし、落ち着いてるし……モテるんだから、自慢になるよ」

「頭よくなんてないよ」

 板橋類はすぐに否定した。

「受験勉強のために、週六で塾に通ってるだけさ。だからいつも寝不足で、ぼんやりしてるだけ。この生活から逃げ出したいといつも思ってるだけだよ。……だからこんな能力を得たのかもね」

 それもまた、意外な告白だった。

「親にやめたいって言えばいい話なんだけどね。それすらできなくて、ずっともやもやしてる自分がいるよ」

「あたしと逆だね」と葛飾神楽ははにかんだ。「あたしは思いついたことをすぐに言っちゃう。やめなきゃと思ってるのに、それができなくて、ずっともやもやしてる」

 板橋類も、困ったような笑みを浮かべた。

「……さて、こんな話をしてる場合じゃないね。神楽とぼくは、救助を続けるよ。でもその前に、君たちを渡り廊下へ送ろう。つかまって」

 阿逹仁に手を差し出した。

「あいつはどうするんだ」

 川戸栄太が、まだ廊下に転がって暴れている男を指差した。

「仕方ない。あいつはぼくが警察に届けるよ」

 板橋類は男の横に瞬間移動すると、二人で一緒に姿を消した。

 しばらくして戻ってきた彼は、やや興奮していた。

「外に大人がいっぱい集まってる。全員警察らしい。校舎から見えない場所に、機動隊も集まっているらしいよ」

 どうやら、助け出した六年生や五年生から話を聞いて、警察が本格的に動き出したようだ。

「きっと、助かるのも時間の問題だよ」

「よかった」

 阿逹仁はほっとした。そして、板橋類に手を伸ばす。

「じゃあ、お願い」

「うん」

 板橋類が手を伸ばしてきた。

 その手が触れようというとき、阿逹仁はパッと手を引っ込めた。

「……どうしたの?」

 板橋類が眠たげな目をしたまま、首を傾げた。その頭上には、「瞬間移動する能力」という文字が浮かんでいる。

 阿逹仁は、ふと思った。

 ジュウロクも、いま戦った男も、どちらも超能力者じゃなかった。

 だが、なぜだろう?

 超能力者になるには、あのピンク色の煙を吸えばいい。もし自分がテロリストなら、メンバー全員にあの煙を吸わせて、超能力者にする。

 そうしなかったのは、なぜ?

 まさか、大人は超能力者になれないとか?

 板橋類の能力は瞬間移動で、相手が大人でも一緒に移動できるのはいま見た通りだ。

 だから、たとえば彼が六年一組の教室に瞬間移動してきて、ジュウロクとともに再び消える、ということは、ほんの一瞬の隙でできるだろう。

 あのとき、練馬梢の能力で、自分達は数秒のあいだ暗闇に閉じ込められていた。その隙に、ジュウロクが誰かにSOSを送っていたとしたら……。

「ごめん、何でもない」

 阿逹仁は再び手を出し、板橋類と握手する。

「川戸君と、神楽も」

 板橋類はもう片方の手を二人に差し出し、三人が彼に触れた。

「それじゃ、渡り廊下まで飛ぶよ」

 三階の廊下から、四人の姿が消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る