六年一組 超能力戦争
黄黒真直
第1話 オレだけ無能力!?
その日、
そのことに最初に気づいたのは、
「
朝、いつものようにチャイムが鳴る三十分前に登校した阿逹仁と
そのときふと、阿逹仁は奇妙なものを発見した。川戸栄太の頭の上に、文字が浮かんでいたのだ。
「頭の上?」
川戸栄太は天井を見上げたが、頭上の文字は彼には見えないようだった。
「なにもねえよ、変なこと言うなよ」
川戸栄太は大きな腹を揺らして笑った。栄養をたくわえ、ぶくぶくと太った川戸栄太は、体重が八十キロもある。
「いや、なんか文字みたいなのが書いてあるんだよ」
阿逹仁は川戸栄太の頭上に手を伸ばすが、その手は文字をすり抜けた。
「なんて書いてあるんだ?」
阿逹仁は目を凝らした。ぼんやりとしていた文字が、次第にはっきりと見えるようになった。
「ええと……『体重を変化させる能力』?」
「なんだそれ」川戸栄太はまた腹を揺らした。「そんな能力があるなら嬉しいね。今すぐ体重をゼロにしたいよ!」
川戸栄太の笑い声を聞くうちに、阿逹仁は恥ずかしくなってきた。
そうだよな、空中に文字が浮かんで見えるなんて、あり得ないよな。でもはっきり見えるんだよな……。
阿逹仁は川戸栄太の頭上を見上げた。文字はまだ見える。
いったいこれはなんだろう? 阿逹仁は、どんどん高く上がっていく文字を目で追った。
……どんどん高く?
「お、おい、栄太! やばいって!」
阿逹仁は叫び声をあげた。その声で、クラスメイトたちも異常事態に気が付いた。
「えっ、なに?」
「川戸君、どうしたの!?」
誰もが目を疑った。
まるまると太った川戸栄太の体が、宙に浮いている!
「な、な、なんだこれ!? 仁、助けてぇ!!」
手足をばたつかせるが、その場で体がくるくると回るだけだ。阿逹仁は慌てて手を伸ばしたが、天井近くまで浮上した川戸栄太には届かなかった。
「落ち着け、栄太! たぶん、体重を元に戻せば下りれるはずだ」
「戻すったって、どうやって!?」
「軽くなればいいと思ったら軽くなったんだろ? なら逆に、元に戻したいと念じればいいんだ!」
「し、信じるからな! 体重よ、元に戻れ!!」
川戸栄太が叫んだ瞬間。
彼の体が、どすん、と机に落下した。
「いてて……も、戻った! よかったぁ……」
机の上でほっと息をつく川戸栄太を見て、クラスメイトたちもほっとした。
と同時に、いまのはいったい何だったのか、と誰もが考え始めた。
「ねえ、なに、いまの。手品?」
二人の親友である
しかし阿逹仁は首を振った。
「いや、なんか、栄太の頭の上に文字が見えて……」
「文字?」
大田稲荷は小首を傾げた。セミロングの黒い髪が、少しだけ揺れる。
そんな彼女の頭の上にも、やはり文字が見えた。
「『離れた場所を見る能力』って書いてある」
「……なにを言ってるの?」
「試しに見てみろよ」
大田稲荷は窓の外に目を向けた。手妻小学校は、住宅地の端っこにある。その四階の窓からは、緑が生い茂った森と山が見える。大田稲荷は、その向こうを見ようとした。
彼女は息を呑んだ。
「見える……」
「だろ!?」
阿逹仁は教室中を見渡した。他のクラスメイトたちの頭の上にも、やはり全員、文字が見える!
「なんでかわからないけど、みんな超能力があるぞ!」
クラスメイトたちは半信半疑だった。また阿逹仁が変なことを言い出したぞ、と思っていた。
だが一人だけ、ひょろっとした手足の
「おれはおれは!?」
「杉並君は……『他人の動きを真似する能力』」
「なんだそれ、超能力でもなんでもねー!!」
杉並洋一はゲラゲラと笑ったあと、
「じゃあ
と北
「やめろ馬鹿、巻き込むな」
北聖人は眼鏡の奥の目を鋭くし、一歩後ずさった。
その表情を、その言葉を、その動きを、杉並洋一が完璧にコピーする。
「「お、おい、だからやめろって!」」
北聖人は杉並洋一を指差した。その動きを、一瞬の遅れもなく、杉並洋一が完璧にマネする。
「「やめろと言ってるんだ!」」
北聖人は拳で机を叩いた。その音が、同時に二か所から聞こえた。杉並洋一が、全く同時に机を叩いたからだ。
見てからマネしたのでは、こうはならない。全く同時に同じことをしゃべり、全く同時に机を叩くなど、普通ならば不可能だ。杉並洋一は体を震わせた。
「すげー! まじで超能力じゃん! じゃあ、北の能力は?」
「北君は……『空中に図形を描く能力』」
「なにを馬鹿な……」
北聖人は眼鏡を押し上げて無視しようとしたが、クラス中の視線を集めていることに気が付いた。堅物で理屈っぽい北聖人は、オカルトや占いなどの話には一切乗らない。今ここで起きている現象も、手品かなにかだと思っていた。しかしそんな彼でも、クラス中の期待のこもった瞳には耐えられなかった。
渋々と、空中に指先を伸ばす。
するとその先に、立方体が現れた。
「そんな馬鹿な」
さらに指をあちこちに向ける。球や、正十二面体や、名前のない適当な図形が、次々と空中に現れる。
「馬鹿な、ありえない! いったいどんなトリックを……」
北聖人のうめき声は、教室中に響く歓声にかき消された。
阿逹仁のグループや杉並洋一だけなら、まだイタズラだと思える。だが北聖人がこんな遊びに付き合うはずがない。これは、本物の超能力だ!
「ねぇ、私は?」
「おれの超能力はなんだ!」
クラス中が阿逹仁に詰め寄った。阿逹仁は次々と、全員の能力を告げていく。
「『瞬間移動する能力』『魚に変身する能力』『音を操る能力』『未来予知能力』」
とんでもない能力もあった気がするが、阿逹仁は答えるのに必死で、いちいち感情を表している暇がなかった。
そうして阿逹仁は、自分を除いた二十二人の能力を告げ終わった。
「疲れた……」
教室の風景は、五分前とはすっかり変わっていた。
空を飛ぶ生徒や、天井から糸でぶら下がる生徒がいる。光の玉が飛び回り、風が吹き荒れている。床がせり上がって壁ができたかと思えば、真っ黒な暗闇のドームができた。
「すげえことになったな」
川戸栄太が天井を蹴って、ゆっくりと下りてきた。体重を軽くして空中を移動する方法を、早くも身に付けたようだ。こう見えて、川戸栄太は運動が得意なのだ。
「みんな超能力者になっちまった」
「ああ」
阿逹仁はうなずいてから、川戸栄太の肩を叩いた。
「で、オレは?」
「ん?」
「オレの能力だよ。頭の上に、書いてないか?」
阿逹仁は自分の頭上を指差した。川戸栄太は目を細めてそこを見るが、
「いや、何も書いてないよ」
「え?」
「だいたい、みんなだって、文字なんか見えてない。見えてるのは仁だけだ」
「え、え?」
混乱する阿逹仁の服を、大田稲荷が引っ張った。
「私、思うんだけど、仁の能力は『他人の能力がわかる能力』なんじゃない?」
「な、なるほど……」
しょぼい能力だ、と思った。
それと同時に、重大なことに気が付いた。
「じゃあ、クラス全員の能力を見終わったら、もうオレの能力は……」
「使いどころが、ない」
大田稲荷が残酷な事実を告げる。
それはつまり、実質的に、
「オレだけ無能力者ってことかよーーっ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます