六年一組 超能力戦争

黄黒真直

第1話 オレだけ無能力!?

 その日、手妻てづま小学校六年一組の二十三人全員が、超能力に目覚めた。

 そのことに最初に気づいたのは、阿逹あだちじん(男子、出席番号1番)だった。

栄太えいた、お前、頭の上のそれ、なんだ?」

 朝、いつものようにチャイムが鳴る三十分前に登校した阿逹仁と川戸かわど栄太(男子、出席番号7番)は、教室でだらだらとおしゃべりしていた。

 そのときふと、阿逹仁は奇妙なものを発見した。川戸栄太の頭の上に、文字が浮かんでいたのだ。

「頭の上?」

 川戸栄太は天井を見上げたが、頭上の文字は彼には見えないようだった。

「なにもねえよ、変なこと言うなよ」

 川戸栄太は大きな腹を揺らして笑った。栄養をたくわえ、ぶくぶくと太った川戸栄太は、体重が八十キロもある。

「いや、なんか文字みたいなのが書いてあるんだよ」

 阿逹仁は川戸栄太の頭上に手を伸ばすが、その手は文字をすり抜けた。

「なんて書いてあるんだ?」

 阿逹仁は目を凝らした。ぼんやりとしていた文字が、次第にはっきりと見えるようになった。

「ええと……『体重を変化させる能力』?」

「なんだそれ」川戸栄太はまた腹を揺らした。「そんな能力があるなら嬉しいね。今すぐ体重をゼロにしたいよ!」

 川戸栄太の笑い声を聞くうちに、阿逹仁は恥ずかしくなってきた。

 そうだよな、空中に文字が浮かんで見えるなんて、あり得ないよな。でもはっきり見えるんだよな……。

 阿逹仁は川戸栄太の頭上を見上げた。文字はまだ見える。

 いったいこれはなんだろう? 阿逹仁は、どんどん高く上がっていく文字を目で追った。

 ……どんどん高く?

「お、おい、栄太! やばいって!」

 阿逹仁は叫び声をあげた。その声で、クラスメイトたちも異常事態に気が付いた。

「えっ、なに?」

「川戸君、どうしたの!?」

 誰もが目を疑った。

 まるまると太った川戸栄太の体が、宙に浮いている!

「な、な、なんだこれ!? 仁、助けてぇ!!」

 手足をばたつかせるが、その場で体がくるくると回るだけだ。阿逹仁は慌てて手を伸ばしたが、天井近くまで浮上した川戸栄太には届かなかった。

「落ち着け、栄太! たぶん、体重を元に戻せば下りれるはずだ」

「戻すったって、どうやって!?」

「軽くなればいいと思ったら軽くなったんだろ? なら逆に、元に戻したいと念じればいいんだ!」

「し、信じるからな! 体重よ、元に戻れ!!」

 川戸栄太が叫んだ瞬間。

 彼の体が、どすん、と机に落下した。

「いてて……も、戻った! よかったぁ……」

 机の上でほっと息をつく川戸栄太を見て、クラスメイトたちもほっとした。

 と同時に、いまのはいったい何だったのか、と誰もが考え始めた。

「ねえ、なに、いまの。手品?」

 二人の親友である大田おおた稲荷いなり(女子、出席番号5番)が、阿逹仁の服を引っ張った。阿逹仁には、太田稲荷を手品で驚かせたり、カードゲームにイカサマで勝ったりした前科がある。これも阿逹仁のイタズラだと、彼女は思ったのだ。

 しかし阿逹仁は首を振った。

「いや、なんか、栄太の頭の上に文字が見えて……」

「文字?」

 大田稲荷は小首を傾げた。セミロングの黒い髪が、少しだけ揺れる。

 そんな彼女の頭の上にも、やはり文字が見えた。

「『離れた場所を見る能力』って書いてある」

「……なにを言ってるの?」

「試しに見てみろよ」

 大田稲荷は窓の外に目を向けた。手妻小学校は、住宅地の端っこにある。その四階の窓からは、緑が生い茂った森と山が見える。大田稲荷は、その向こうを見ようとした。

 彼女は息を呑んだ。

「見える……」

「だろ!?」

 阿逹仁は教室中を見渡した。他のクラスメイトたちの頭の上にも、やはり全員、文字が見える!

「なんでかわからないけど、みんな超能力があるぞ!」

 クラスメイトたちは半信半疑だった。また阿逹仁が変なことを言い出したぞ、と思っていた。

 だが一人だけ、ひょろっとした手足の杉並すぎなみ洋一よういち(男子、出席番号13番)が、そのひょろっとした手をあげながら駆け寄ってきた。

「おれはおれは!?」

「杉並君は……『他人の動きを真似する能力』」

「なんだそれ、超能力でもなんでもねー!!」

 杉並洋一はゲラゲラと笑ったあと、

「じゃあきたの真似するわ!」

 と北聖人きよと(男子、出席番号9番)を指差した。

「やめろ馬鹿、巻き込むな」

 北聖人は眼鏡の奥の目を鋭くし、一歩後ずさった。

 その表情を、その言葉を、その動きを、杉並洋一が完璧にコピーする。

「「お、おい、だからやめろって!」」

 北聖人は杉並洋一を指差した。その動きを、一瞬の遅れもなく、杉並洋一が完璧にマネする。

「「やめろと言ってるんだ!」」

 北聖人は拳で机を叩いた。その音が、同時に二か所から聞こえた。杉並洋一が、全く同時に机を叩いたからだ。

 見てからマネしたのでは、こうはならない。全く同時に同じことをしゃべり、全く同時に机を叩くなど、普通ならば不可能だ。杉並洋一は体を震わせた。

「すげー! まじで超能力じゃん! じゃあ、北の能力は?」

「北君は……『空中に図形を描く能力』」

「なにを馬鹿な……」

 北聖人は眼鏡を押し上げて無視しようとしたが、クラス中の視線を集めていることに気が付いた。堅物で理屈っぽい北聖人は、オカルトや占いなどの話には一切乗らない。今ここで起きている現象も、手品かなにかだと思っていた。しかしそんな彼でも、クラス中の期待のこもった瞳には耐えられなかった。

 渋々と、空中に指先を伸ばす。

 するとその先に、立方体が現れた。

「そんな馬鹿な」

 さらに指をあちこちに向ける。球や、正十二面体や、名前のない適当な図形が、次々と空中に現れる。

「馬鹿な、ありえない! いったいどんなトリックを……」

 北聖人のうめき声は、教室中に響く歓声にかき消された。

 阿逹仁のグループや杉並洋一だけなら、まだイタズラだと思える。だが北聖人がこんな遊びに付き合うはずがない。これは、本物の超能力だ!

「ねぇ、私は?」

「おれの超能力はなんだ!」

 クラス中が阿逹仁に詰め寄った。阿逹仁は次々と、全員の能力を告げていく。

「『瞬間移動する能力』『魚に変身する能力』『音を操る能力』『未来予知能力』」

 とんでもない能力もあった気がするが、阿逹仁は答えるのに必死で、いちいち感情を表している暇がなかった。

 そうして阿逹仁は、自分を除いた二十二人の能力を告げ終わった。

「疲れた……」

 教室の風景は、五分前とはすっかり変わっていた。

 空を飛ぶ生徒や、天井から糸でぶら下がる生徒がいる。光の玉が飛び回り、風が吹き荒れている。床がせり上がって壁ができたかと思えば、真っ黒な暗闇のドームができた。

「すげえことになったな」

 川戸栄太が天井を蹴って、ゆっくりと下りてきた。体重を軽くして空中を移動する方法を、早くも身に付けたようだ。こう見えて、川戸栄太は運動が得意なのだ。

「みんな超能力者になっちまった」

「ああ」

 阿逹仁はうなずいてから、川戸栄太の肩を叩いた。

「で、オレは?」

「ん?」

「オレの能力だよ。頭の上に、書いてないか?」

 阿逹仁は自分の頭上を指差した。川戸栄太は目を細めてそこを見るが、

「いや、何も書いてないよ」

「え?」

「だいたい、みんなだって、文字なんか見えてない。見えてるのは仁だけだ」

「え、え?」

 混乱する阿逹仁の服を、大田稲荷が引っ張った。

「私、思うんだけど、仁の能力は『他人の能力がわかる能力』なんじゃない?」

「な、なるほど……」

 しょぼい能力だ、と思った。

 それと同時に、重大なことに気が付いた。

「じゃあ、クラス全員の能力を見終わったら、もうオレの能力は……」

「使いどころが、ない」

 大田稲荷が残酷な事実を告げる。

 それはつまり、実質的に、

「オレだけ無能力者ってことかよーーっ!?」

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