落ちこぼれサキュバスだけど幼馴染がSランク冒険者になっていたので眷属にして頂点目指します

笹塔五郎

第1話 再会

「ねえ、知ってる? ティナってまだ眷属いないんだって」

「そりゃそうでしょ。他人を誘惑できないサキュバスなんて、ね」

「落ちこぼれもいいところだよねぇ」


 ――そんなサキュバス達の集まる会話が、耳に届いた。

 少女――ティナ・アルスターは魔族であり、淫魔サキュバスと呼ばれる種族だ。

 魔族としては決して高位ではなく、一般的に知られる程度のものだろう。

 もちろん――下級魔族として、だ。

 そんな淫魔の中でも『落ちこぼれ』と呼んでいるのは、同じ種族の仲間達。

 いや、そんな風に陰で言っている時点で――もう仲間とは言えないのかもしれない。

 彼女達はいわゆる娼館で働いている――淫魔ならよくある話で、おそらくは最も多い職業かもしれない。

 何せ、淫魔は他人から得る魔力を糧とする。

 そこに肉体的な接触も含まれるのだから、当然――効率がいい方法を選ぶことになるだろう。

 娼館であれば魔力を得られるだけでなく――金銭的な余裕も生まれる。

 まさに淫魔にとって最高の仕事、と言ってもいいのかもしれない。

 ただ、こうした他人に頼る生き方をするからこそ――淫魔は下に見られがちなのだ。

 だが、例外は存在する――淫魔の価値は、その眷属によって決まるのだ。

 従える眷属が強ければ強いほど、淫魔としての評価は高くなると言っても過言ではないだろう。

 故に、眷属も持たないティナは同じ淫魔からバカにされるのもまた必然だった。

 ――何せ、淫魔なら誰しもが持っている他人を誘惑する能力を、彼女は持っていないのだから。


「……わたしだって、好きでこんな風になったわけじゃない」


 ぽつりと呟くように言って、ティナはその場を離れた。

 金色の長い髪を揺らしながら、苛立ちを隠せない様子で――路地裏を早足で駆けていく。

 ティナは今、冒険者の仕事をして日銭を稼いでいる。

 冒険者は基本的にどんな者でもなれる職業であるが、その分競争率は高い。

 当然、淫魔であることを生かすことができるようなものではなく、ティナは冒険者としても底辺だった。

 ティナは『Eランク』――冒険者として活動を始めてから、半年以上は経過している。

 ただ、この生活もいつまで続けられるか分からない。

 冒険者は危険と隣り合わせであり、ティナは少なくとも冒険者で成り上がれるような実力はないからだ。


「眷属が一人もいない? だったら、手に入れてやろうじゃないの……!」


 ――いっそのこと、ティナも淫魔として娼館で働いた方が楽なのかもしれない。

 けれど、種族の中でも落ちこぼれ――そんな風に認識されている彼女が、その道を選ぶことはなかった。

 実力が伴わないのにプライドは高い、というのがティナの悪いところである。

 決意を固めたところで、あてはどこにもないのだが――


「きゃっ」


 ティナは路地裏を抜けようとして――何かにぶつかった。


「ああ? どこ見て歩いてやがる?」


 ちょうど曲がり角で、ぶつかったのは三人組の男だった。

 人通りの少ないところになると、柄の悪い者も少なくはない。

 こういった場合、素直に謝る方がまだ穏便に済む可能性は高いのだが、


「……何よ、ぶつかってきたのはあんたも一緒でしょ!?」


 こともあろうに、ティナは怒り返してしまった。

 実際、ぶつかったことについては事故なのだが――今は相手が悪い。


小娘ガキ、舐めた口を利いてくれるな――おい」


 男が指示を出すと、後ろに控えていた二人の男がティナに近づいてくる。

 そして、腕を掴んだ。


「ちょ、ちょっと、何するのよ……?」

「生意気な小娘に謝り方を教えてやるだけだ」

「や、やめて……」


 思った以上に強い力で掴まれ、途端に弱気になる。

 ――実際、ティナに三人の男を相手取る実力はない。

 だが、今更謝ったところでやめてくれるとも思えない。

 恐怖で身体が震える――情けない話だ。


「――その手を離してくれないか?」


 不意に、女性の声が耳に届いた。

 ティナも含め、その場にいた全員が振り返る。

 ――目の前には整った顔立ちの美少女がいた。

 長い銀髪に特徴的な動物の耳――獣人だろう。

 背丈はティナよりも高く、黒を基調とした服装は彼女の姿によく似合っている。

 思わず状況を忘れて、見惚れてしまいそうになるほどだった。


「なんだ、てめえは?」

「彼女は知り合いなんだ。穏便に済ませてもらいたい」


 知り合い――と言われても、ティナの記憶にはいない女性だ。

 当然、男達もそんな言葉を受け入れるほど甘くはない。


「ぶつかったのはこいつだぜ?」

「曲がり角でぶつかったんだ。互いに非はあるだろう」

「……ちっ、面倒だ。こいつから先にやれ」


 男が指示を出すと、ティナを無視して二人は女性の方へと向かう――そして、目にも止まらぬ速さで女性は男二人を昏倒させた。

 そして、ティナの横をすり抜けるようにしながら、残った男には――刃を突き付ける。

 腰に下げていた剣を抜き放ったのだろう。

 その一連の動きも、ティナには全く目で追えていなかった。

 これだけで、彼女が相当な実力者であることがうかがえる。


「……!? な、何なんだ、お前は……!?」

「ロロリィ・コーティス――しがない冒険者だよ」

「っ! ロロリィ・コーティスって、まさかあのロロリィか……!?」


 女性――ロロリィの言葉を聞いて、男は途端に青ざめた。

 同時にティナもまた、その名前を聞いて思わず眉を顰める。


「……ロロリィ?」

「うん、久しぶりだね、ティナ」


 ロロリィは小さく笑みを浮かべる。

 ――かつての幼馴染と、再会した瞬間だった。

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