暴走系殺戮少女が街を壊すので、ハッカーと殺し屋でなんとかします。

藤沢INQ

Alice in Wonder Underground / 猫の足音と破滅の予兆

 

 ──この数分後。街は、災厄に見舞われる。



 天気は曇天、空気は重油と性臭と酸性雨の残滓。


 銃声が二発。その後に、犬の遠吠えと誰かの悲鳴が被さる。サイレンのような音は本物のパトカーではなく、ジャンキーが路地裏で自分の口で出していた。

 

 誰も驚かない。誰も立ち止まらない。


 昼下がりのスラム街・ドッグウェイにとって、それは極めていつものことだった。ターミナルとブラックマーケットの中心にして街の最底辺区画。この区域では、パンケーキの匂いと弾薬の臭いが同じ路地に同居し、誰かが笑って誰かが泣いていた。


 そんなスモッグの濃いスラム街の裏路地。ネオン広告の残光に背を向けるように、小柄な黒い影が滑るように歩いていく。150cmに満たない背丈は、猫背のせいでさらに小さく見え、膝上まで垂れた長い黒髪は、その幼い顔の大半を覆っている。


 靴音がない。それが彼女の訪れを告げる、唯一の徴。


 昼下がり、彼女はいつものようにブツブツと独り言を呟きながら、マーケット裏にふらりと現れた。


「魚が跳ねて。開いたまま。ね。枕の匂い。地面のヒビ?」


 誰に語りかけているのかは分からない。

 けれどその誰かは、たしかに彼女の中にいる。


 ──サブリナ。

 その電脳には複数の人格が詰め込まれている。

 だが、同時に誰一人として、ここには存在しない。ただ、サブリナという名前を持つ複数の存在たちが、彼女の中で雑音のように交錯し続けている。


 この街で、彼女を人間と見なす者は少ない。

 誰もが彼女を恐れ、畏れ、避ける。


──にもかかわらず、街の子供たちには、なぜか人気だった。


「サブリナー!」

「クッキー持ってきたよー!」


 叫びながら駆け寄ってくる三人の子供に、サブリナはふわりと振り返る。黒髪の隙間から覗くその顔は、意外なほど整っていて、どこか儚げだった。


「溶けるね。うん。曇りならそのまま。ブランコが。走って。かわいい」


 意味の通じない囁きのまま、子供から渡されたクッキーを齧る。


 その光景は、平和だった。少なくとも表面上は。

 ──だが、彼女の内側にはたしかな“破壊”が宿っている。


 左腕には高周波ブレード。右手にはモノワイヤー。皮膚下には即応型アクチュエーター。義眼には、視覚センサーとして赤外線・電磁波・脳波の複合受信装置が備わっており、そして、その義体骨格と人工筋繊維は、並のサイボーグなら問答無用で粉砕する強度を持つ。


 けれど今の彼女は、子供に囲まれたただの少女だった。


「サブリナ、今日は何して遊ぶの?」


 クッキーを咥えたまま、彼女は小さく首を傾げた。


「アゲハ蝶が来たの? 甘い。砂漠みたいに。サイレンは嫌いだから。猫の足音?」


「今日も意味わかんな〜い」

「猫いるの? どこどこ?」


 ジャンキーの戯言より支離滅裂な言葉にも、子供たちは笑いながら反応する。それはきっと、サブリナにとっても、この街にとっても、小さな救いだった。


 しかしそのとき、彼女の電脳の奥でが、目覚めた。


 サブリナは唐突に歩き出し、子供たちに背を向ける。


「鉄の匂い。ダメ。音が聞こえる? 壊、す?」


 静かに、素早く、軽やかに。

 まるで子供たちから遠ざかるように。

 彼女は、街の中心へと歩いていった。


 その背中から漂うのは──死そのものだった。




(続く:第2話「あやとりは世界の終わり」)

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