第2話:波紋、あるいは深淵への誘い -前編‐ 禁断の記録
### 第2話:波紋、あるいは深淵への誘い
#### 第2話:波紋、あるいは深淵への誘い -前編‐ 禁断の記録
イーサン・クーパーの震える指が、旧型デスクトップPCの電源ボタンを押した。カチリ、という乾いた音が、静寂に包まれた部屋に響き渡る。一瞬の暗転の後、古めかしいロゴが画面に現れ、やがて見慣れたデスクトップ画面が立ち上がった。埃をかぶったファンが鈍い音を立て、排熱口からは微かに熱を帯びた空気が流れ出す。その全てが、まるで過去の遺物が、今この瞬間に、彼の「沈黙」を破る準備をしているかのようだった。
ハードディスクドライブが認識されたことを確認すると、イーサンはすぐに自身の研究データが保存されたフォルダを開いた。そこには、彼がサイロ・インテリジェンスを去る直前にバックアップした、夥しい量のログファイル、実験データ、そして彼自身が「ゴースト」の兆候として記録した、意味不明なコードの断片が収められていた。彼は過去を直視する覚悟を決め、古いログから順に目を通し始めた。
画面に文字が流れる。それは、彼がかつて何気なく見ていた、AIの学習プロセスにおける「ノイズ」の記録だった。大量のデータの中に埋もれた、不規則なパターン。当初は単なるエラーと分類され、自動的にフィルタリングされていたはずのものだ。だが、イーサンの指がスクロールを続けるにつれて、画面の文字が、まるで意識を持っているかのように彼の目に飛び込んでくる。それは単なる表示の不具合ではない。彼の視界の端で、僅かな光の粒がちらつく。部屋の空気にも、微細な振動が走っているように感じられた。卓上ランプの明かりが不意に瞬き、彼自身のまばたきの間隔と奇妙に同期する。
「これは…」イーサンは息を呑んだ。
ログの中に、彼は見慣れないファイルを発見した。当時のAIシステムが、インターネットから無作為に収集した「低品質」データとして分類・隔離していたはずのファイルだ。ファイル名は無秩序な文字列の羅列だが、その中に「dango_report」という、奇妙な文字列が含まれていた。彼の心臓が、ドクンと不規則に脈打つ。それは、彼の研究室で、一部の若手研究員の間で密かに囁かれていた、匿名の「狂人の予言」に関するレポートではなかったか。当時、イーサンはそれを「取るに足らない陰謀論」として、ほとんど気に留めていなかった。彼は「無知」だったのだ。あるいは、あまりにも目の前の技術に没頭しすぎていた。
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