プライスレスキャンプ


まこと


プシュッ。


缶ビールのプルタブを空け、カラカラの喉に流し込む。

金色の液体が喉を通り抜け、体に染み渡る。

眼前には甲府盆地が広がっている。

遠くの山々が青みを帯びて重なり、その向こうに雲をかぶった富士山が、うっすらと頭だけを覗かせていた。

夏の強い日差しの中、爽やかな風が汗を乾かしてくれる。


今日明日の平日2連休。

ウチのような小さな会社で有給を使うのは中々に難しい。

俺はこの「ほったらかせキャンプ場」に来るため、休みを返上し、昨日まで18連勤をしてきた。

昨日仕事が終わったのは夜の11時を過ぎていた。


キャンプブームの真っ只中である今、このキャンプ場を予約するのは困難を極めた。

なんとかソロキャンプ用のぼっちサイトを2区画予約し、追加料金を払ってアーリーチェックイン。

中3の夏、これから受験シーズンが本格化する娘晴子と並んでテントを張った。



ただし今回は、同じ車で来たにもかかわらず、別々のテント、別々の焚き火、別々の料理をする。いわゆる“二人ソロキャンプ”状態だ。


キャンプにハマって2年。晴子の夢は

「バイクでソロキャンプする女子高生になること」

その準備としての実践だ。普通自動二輪の免許を取るために、お年玉などをコツコツ貯金しているらしい。 何を置いても適当な俺とは違い、晴子は母親に似て決めたことはきっちりやり遂げる人間に育っている。

と、そう思うのは少し親バカだろうか。


不思議なことに、1本目のビールが一瞬で消えてしまった。

誠に不本意ではあるが、2本目のビールを車の中のクーラーボックスから取り出す。

炭酸の刺激がわずかに残る舌を湿らせながら、席に戻る。


すると、隣のタープの陰から娘がこちらを見ていた。

いや、睨んでいた。 あれ?何か怒らせたか?設営がうまくいっていないのか?


娘は黙って、俺が飲み終えた缶ビールの空をそっと指差した。


あっ!!!

そういえば!!

ヤバい。完全に忘れてた。

「思い出されたんですね。良かった」

「なるほど、なるほど。私との約束はどうされたのでしょうか?父上。先に設営だけして買い出しに行く予定だったはずなのですが」

父上とか言い出したコイツ。

「確かクーラーボックスの中身は飲み物しか入っていないと思われますが、本日の昼、夜、明日の朝ごはん、更には私が本日作る予定であったデザートなど、材料はどうなさるおつもりですか? 父上」

一気に酔いが冷める。

山の向こうから吹いてきた風が、木々を揺らす。

この状態ならたぶん、飲酒運転にならないんじゃないか?と思うほど素面に戻った。

もちろん絶対運転はしないけど。


ここから最寄りのスーパーまでは5キロ以上。

しかも、まあまあな山道。

歩いて行くのだけは避けたい。

むしろ絶対嫌だ。


「あ、あーなるほど。これはこれは私とした事が。申し訳ない。そ、そうですね。と、とりあえずカフェ!カフェ行きましょう。ほら、頂上にある景色のいいカフェ!」


怒り方が完全に母親、雪乃さんに似てきている。 静かに、冷徹に詰めてくるタイプだ。遺伝子って怖い。


だが、俺はそんな雪乃さんの逆鱗に何度も触れながら乗り越えてきた男!

ここは貢いで誤魔化そう!

所詮中学生の小娘。

母親程恐れる必要はない。

「なるほど。なるほど。お昼は頂上のカフェと言うことですね。中々の金額になるとは思いますが。夜はどうされますか? 父上。」


高いんだよなぁ、ココ。 キャンプ料金も高いし、温泉、薪、食べ物、飲み物など、ここへ来ると出費がかさむ。 でも、その分満足感の高い場所でもある。


「売店や温泉の売店に売っている物で、なんとかご理解いただけないでしょうか? あ、朝は……そうですね。 贅沢にも、日の出を温泉で見たあと、卵かけご飯定食なんていかがでしょう?」

 温泉の目の前に早朝から開店している卵かけご飯屋さんがあるのだ。

お値段なんと700円からです。


もうこの際、仕方ない。奮発しよう。 雰囲気が悪いままのキャンプなんてイヤだ!

「なるほど。それでは、夜と朝の2回、温泉で手を打ちましょう」

俺は力なく頷いた。

「夜ご飯もなんとかなりそうですね。分かりました。では、とりあえずカフェに行きましょう」

娘はスタスタと歩き出した。

俺は未開封のまま、ぬるくなったビールを見つめてため息をつく。


……まあ、それでも中3の娘がまだ一緒に遊んでくれるんだから、ありがたいと思うべきか。 ブランド品をねだられる訳じゃないし。


俺は翌月のカードの請求額を見て、深く反省するのだった。


娘と行ったちょっと贅沢なキャンプ。

それは、きっとプライスレスだ。

 

そんな事を思いながもまた日が暮れていく。

 そろそろ焚き火を始めよう。



 

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