第七話:決断を迫られるヒーロー

悠真くんの、あの悲鳴にも似た声が、

私の耳から離れない。

「もう、どうしたらいいんだ…!」

彼の葛藤は、最高潮に達している。

「選ばれなかったら不幸になるぞ~!」

座敷童の警告が、私たち令嬢だけでなく、

悠真くん自身にも、重くのしかかる。

この花婿争奪戦は、

いよいよ最終局面へと向かっていた。

私の心は、焦燥と、

そして、彼への激しい独占欲で満たされていく。


麗華の攻勢は、もはや躊躇を知らない。

学園の昼食時。

彼女は悠真くんのクラスに堂々と現れ、

彼のために特別に用意したらしい、

高級料亭の仕出し弁当を差し出した。

「藤堂様、わたくしのお母様が、

あなた様のために作らせたお弁当ですわ。

どうぞ、召し上がってくださいな」

その言葉は、完璧な笑顔とともに、

私への明確な当てつけだった。

悠真くんは、戸惑いながらも、

周囲の視線に耐えかねたように、

弁当を受け取ってしまった。

私の胸が、チクリと痛む。

こんなことまでして、私から彼を奪うつもりなの?


私も負けじと、悠真くんへのアプローチを強化した。

夜、彼の自室を訪れる。

今回は、いつもの可愛らしいネグリジェではなく、

もっと大胆な、肌の露出が多い、

薄手のルームウェアを選んだ。

ドアをノックする私の指先が、熱い。

「悠真くん…今、少しよろしいかしら」

彼の返事を待たずに、部屋に入り込む。

彼は、私が現れたことに驚き、

持っていた本を床に落とした。

その白いTシャツの隙間から見える、

彼の胸元に、私の視線が釘付けになる。

彼の肌の僅かな汗さえも、私には見逃せない。


「桐生院さん…その…」

彼の顔が、みるみるうちに赤くなる。

心臓が、大きく跳ねる。

「どうしたの、悠真くん?

顔が真っ赤よ」

私は、彼の隣にそっと座り、

彼の額に、優しく手を伸ばした。

熱い。彼の体温が、私の指先に伝わる。

私の指先が、彼のこめかみを、

ゆっくりと撫でる。

彼の体が、びくりと震えた。

その反応が、私にはたまらなく愛おしい。

麗華だけに、彼を独占させてなるものか。


「麗華さんのアプローチに、

ずいぶん困惑しているようね」

そう囁きながら、私は、

彼の肩にそっと顔を寄せた。

私の吐息が、彼の耳朶をくすぐる。

彼の息遣いが、荒くなるのがわかる。

「私には…あなたしかいないのですから。

私を、選んでください、悠真くん」

甘く、誘うような声。

彼の耳元で、さらに囁きかける。

「そうでなければ…

桐生院家は…私は…不幸になってしまう…」

半分は本音。半分は、

彼を追い詰めるための言葉。

彼の体が、さらに震える。

その震えが、私にはたまらない。

もっと、彼を追い詰めたい。

そんな甘いサディズムが、私の中で芽生える。


その時、悠真くんの部屋の電気が、

激しく点滅し始めた。

彼の机の上の筆記用具が、

ガタガタと音を立てて揺れる。

座敷童の力が、コミカルに暴走している。

悠真くんの心の動揺が、

最高潮に達しているのだ。

彼は、顔を真っ赤にしたまま、

「わ、私は…その、どうすれば…」と、

言葉にならない声を出していた。

私の仕掛けた「身体を張る取り合い」に、

彼が、純粋にドキドキしている。

それが、私には、たまらなく愛おしい。

そして、同時に、

「よし、このままいける!」と、

闘志が燃え上がった。


麗華は、そんな悠真くんの迷いを見抜いていた。

彼女は、ある日、私と悠真くんの目の前で、

悠真くんの手をそっと取り、

自分の胸元に引き寄せた。

「藤堂様…どうか、わたくしを。

わたくしの鳳凰院家を、お選びくださいませ。

あなたの幸福を、わたくしが保証いたします」

その言葉は、まるで熱烈な告白。

悠真くんは、戸惑いながらも、

その手を振り払えないでいた。

私の心臓が、激しく波打つ。

麗華の胸元から漂う、

甘い香水の匂いが、

私をさらに苛立たせた。


悠真くんは、二人の間で、

板挟みになって苦しんでいた。

「どちらの令嬢も傷つけたくない…」

彼の心の声が、私にも聞こえてくるようだ。

そんな彼の迷いが、

座敷童の力を不安定にさせている。

まるで、彼の心の状態を、

具現化しているかのように。

教室の時計が、急に早送りになったり、

廊下の水道が、勝手に水を出したり。

学園全体が、彼の迷いに合わせて、

コミカルな異常をきたしていた。


悠真くんの逃亡癖は、この頃、

極限に達していた。

彼は、私たち二人から逃れるため、

休み時間には、校舎の隅々にまで隠れるようになった。

「僕は、ちょっとトイレに…」

そう言って教室を飛び出すと、

彼は猛スピードで階段を駆け上がり、

屋上へと向かおうとする。

しかし、屋上の扉を開けた瞬間、

そこには、先に到着していた麗華が、

優雅に微笑んで立っているのだ。

「あら、藤堂様、奇遇ですわね。

わたくしもちょうど、風に当たりたくて」

麗華の甘い声に、悠真くんの顔が青ざめる。

彼は、慌てて引き返すが、

今度は私が、廊下の角で待ち伏せている。

「悠真くん、そんなに急いで、どこへ行くのかしら?

何か、私に隠し事でもあるの?」

私の問いに、悠真くんは、

「ひ、ひぇっ!」と小さな悲鳴を上げ、

再び逃げ出そうとする。

彼は、まるでネズミが猫に追い詰められるように、

必死に学園中を逃げ回るが、

どこへ行っても、私たち二人のどちらかに、

必ず捕まってしまうのだった。


ある夜。

悠真くんが、私と麗華の、

どちらを選ぶか、激しく悩んでいるのが分かった。

私の心が、締め付けられる。

私は、彼の部屋を訪れた。

彼は、深く頭を抱え、苦しんでいた。

「私には…決めることができない…」

その言葉に、私の胸が痛んだ。

「私さえ諦めれば…

悠真くんは、麗華さんと…」

思わず、そんな言葉が口から出そうになった。

だが、その瞬間。

悠真くんが、はっと顔を上げた。

彼の目が、私をまっすぐに見据える。

その瞳の奥に、確かな決意が宿っている。


悠真くんが、私に一歩、近づく。

そして、強く、私を抱き寄せた。

彼の腕が、私の背中に回る。

私の身体が、彼の熱に包まれる。

彼の心臓の鼓動が、

私の耳に、ドクン、ドクン、と響く。

「そんなことは、させません」

彼の声は、低く、しかし、

決意に満ちていた。

「あなたを、必ず、選びます。

あなたを、不幸になんてさせません」

その言葉に、私の体中の血液が、

一気に沸騰するような熱さを感じた。

彼の胸に、私の顔が埋まる。

コミカルな焦りを滲ませながらも、

彼の瞳には、断固とした意志が宿っていた。

この瞬間、私の胸は、

甘く、そして、激しく震えた。

私を選んでくれる。

その言葉が、私の心を満たす。

彼の腕の中の私は、

もう生徒会長ではない。

ただの、一人の「女」だった。


翌日、学園の中庭。

悠真くんが、私と麗華の前に立った。

彼の表情は、真剣そのもの。

まるで、全ての決着をつけるかのように。

私は、息を呑んだ。

麗華も、固唾を呑んで彼を見つめている。

「私には…決めて、選ばなければならないことがあります」

悠真くんの声が、澄んだ青空に響き渡る。

ついに、この花婿争奪戦に、

決着がつくのか。

私の心は、期待と、

そして、微かな不安で満たされていた。

彼の視線が、ゆっくりと、

私と麗華の間をさまよう。

どちらを選ぶのか。

彼の、その選択が、

私たちの未来を、大きく変えるだろう。

このドキドキは、もう、止まらない。

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