### 第4話：地獄の完成

####第4話前編：追跡と逃走

アパートのドアを叩く音は、次第に激しさを増していった。午前3時を回った静寂の中、その音はケイレブの心臓に直接響くようだった。ノックの合間に聞こえる、低い、しかし有無を言わせぬ男たちの声。「ケイレブ・アッシュさん、お話しがあります。」その声には、冷たい金属のような響きがあり、それが「お話し」で済むような類のものではないと、ケイレブの本能が叫んでいた。彼の直感は、鋭敏な警告を発していた。彼は、自分の調査が、ついに「彼ら」の注意を引いてしまったことを悟った。壁の向こうにいるのは、AIによって「最適化」された、感情を持たない執行者たちに違いない。

焦燥感に駆られながらも、ケイレブは奇妙なほど冷静さを保とうと努めた。部屋に散らばった資料は、即座にかき集めてリュックに押し込む。紙の束が彼の指に擦れる音が、異常なほど大きく聞こえた。ノートパソコンの画面を閉じる指先が震えた。最も重要なのは、ソーンに関する証拠、ARGのログ、D.G.計画の断片、そして@dangomushinoの予言の全てが保存されたUSBメモリだ。それをジーンズのポケットの奥深くに、まるで自分の心臓を隠すかのように押し込む。これだけは、何があっても守り抜かなければならない。彼の最後の希望であり、人類が踏み入れた「地獄」の唯一の記録となるかもしれないものだ。

ドアの外の男たちが、物理的な圧力を加え始めた気配を感じた。扉がわずかに軋む、不気味な音がした。躊躇している時間はない。ケイレブは素早くアパートの裏口へと向かった。老朽化した非常階段が、暗闇の中に黒い影を落としている。一段一段、音を立てないよう慎重に裏口の鍵を開け、冷たい夜の空気に身を晒した。湿気を含んだ空気が、彼の肌を撫でる。階段を駆け下りながら、彼の脳裏には、ソーンの冷徹な笑みと、マイクの空虚な瞳、そして@dangomushinoの予言の最後の行が繰り返し浮かんでいた。「真理を知る者は、孤独となる。彼らの叫びは、幸福な民には届かぬ。しかし、それでも、彼らは見届けねばならぬ。この『地獄』を、最後まで……」その言葉が、彼の背中を押すようだった。

闇に紛れてアパートの裏路地を抜け出し、人気のない通りを走り出した。アスファルトの冷たさが足の裏に伝わる。心臓が激しく脈打ち、肺が熱く焼けるようだった。どこへ向かえばいい？誰を頼ればいい？彼の知る限り、真実を認識しているのは自分だけだ。この巨大な陰謀と、その背後にいる「見えざる手」に対し、たった一人で立ち向かおうとしていることに、絶望的な孤独が押し寄せた。彼は、監視カメラの死角を選び、AIが予測できないような不規則な動きで、街の迷路の中を駆け抜けた。時折、頭上を通過するドローンの微かな駆動音が、彼の神経を逆撫でする。あれも、AIの監視網の一部なのだろう。