転生尊師は異世界で建国する

SHOKU=GUN

【1】2018.7.6…そして転生異世界

かつて、東アジアに存在する小さな島国に起きた大事件が世間を恐怖と震撼に追い込んだのは今も昔…


当時は半世紀近く前に本土空襲が行われた事を最後に戦争の気配もすっかり消え失せ平和を享受していた人々は突然の事件に恐怖していた。

とある一人の男のカリスマ性と行動力によって『教団』を立ち上げ、自らは『尊師』を名乗り知名度を挙げつつ信者たちを増やし、政党を立ち上げ国政進出をもくろむも失敗。

理想国家を立ち上げるために武力を蓄え、武装蜂起を企むものの教団が引き起こした犯罪への強制捜査を恐れる最高幹部が強硬的に引き起こした化学テロによって、教団は強制捜査され幹部は一斉検挙されたが国中を恐怖と混乱のどん底に陥れた。

教団の影響力はかなり高く、警察などといった公権力組織にもスパイが多数浸透していた状態で情報は筒抜けだったため、最高幹部である『尊師』は逃亡。

だが…数日後に関連施設の隠し部屋にて大量の札束と共に発見、拘束されてしまう。


事件の裁判は多数の関係者と証拠品の整理により長引いたものの、十数年後に検挙された多数の幹部と共に尊師もまた極刑が言い渡され、刑務所の高い塀の奥で刑の執行を待つ身だった。

そして…数十年経過し事件そのものの記憶が世間から風化しかけた時に刑の一斉執行が決まったのである。





「…」


男はぐったりとした状態で二人の刑務官に付き添われる形で通路を歩いていた。

その様子は凶悪犯を二人がかりで拘束し連行するというよりも、くたびれた痴呆老人を支える介護員のそれに近いであろう。

かつてその言葉で人々の心を魅了し、類稀なるカリスマ性によって構成員一万を超える教団を立ち上げた男の面影は微塵もなく、理性すら感じない虚ろな瞳で引きずられるようにして連れられる尊師の姿は実年齢以上に老いた見るも同情を誘う姿だった。


男は刑の執行を告げられると少し驚いたような顔をしたが、すぐに無気力な表情に戻り、頷くとも独り言とも知れない言葉を短く発しただけであった。

絞首台にフラフラとした足取りでまたもや刑務官に付き添われるようにして昇らされる尊師の姿はもはやカリスマ性などない弱々しい老人でしかない。


尊師は絞首台の階段を一歩一歩登るたびに、僅かに残った理性の片隅で過去の栄光が薄れゆくのを感じていた。

かつての彼は、信者たちの前で神々しく輝く存在だった。

教団の教えを説き、人々の心を掴んだその瞬間が今では遠い幻のように思えた。

今の彼は裁きを受けるただの老いた罪人だ。彼は無気力な瞳を絞首台に向ける。

そこには、一筋のロープが彼の末路を暗示するように待ち構えていた。


周囲には静寂が支配していた。刑務官達の緊張した表情が、彼に向けられる視線の重さを物語っている。

尊師はその視線に反応する事はなく、絞首台の上に立つと刑務官が首に縄をかけたが特に反応する事は無かった。

死刑囚達の中では最後の抵抗として刑の執行を直前に暴れる者もおり、そういう場合は刑務官達が数人がかりで無理矢理抑え込み刑の執行をするのだが、尊師にそういう気配がみられない時点では今回の仕事はやりやすいともいえた。


「最後に何か言いたいことはありますか?」


刑務官の一人が尋ねた。尊師は一瞬、虚ろな視線を天に向けるように顔を上げたが何も言葉を発しなかった。長い拘留期間と過酷な取り調べの毎日、弁護士との謁見すらも厳しく制限された彼はもはやまともな精神状態を有してはいなかったのだ。

尊師は何も語ることはできなかった。彼の頭の中には教団の未来や信者たちへのメッセージなど、もはや意味を持たない。


「…グフッ」


十数秒後にようやく彼は呟いた。それは言葉というより何かがのどに詰まった様な咳払いのようなもので、最後の言葉というにはあまりにも呆気ないものであった

刑務官達が一斉に装置のボタンを押した瞬間、床が左右に開き、重力に従って彼の体が落ちる。

ロープが首を締め上げる感覚が訪れると尊師は目を閉じ、かつてのカリスマの姿を思い描く。


彼の心に浮かぶのは…信者たちの狂信的な視線と、彼が描いた理想国家。

だが、その全ては今…もはや彼の手の届かないところにある。

彼の身体は、絞首台の上で静止したまま、過去の影を背負い続ける。刑務官たちの手が、運命のボタンを押したままぶら下がる彼の体を神妙な気持ちで見守っていた。


この瞬間、彼の人生が終わりを迎えると同時に築いた教団が迎える筈だった栄光の未来もまた永遠に消え去ることとなる。

この男が与えた影響を考えれば、ある意味では事件の一つの区切りとなる歴史的な出来事といえるだろう。

















「なんだここは?」


ふと彼が目を覚めると見慣れない光景が視界に入った。見慣れた冷たい灰色の兵に囲まれた建物ではなく青空と緑豊かな草原、そして遠くには小高い山々が連なる美しい風景が広がっていた。

彼は驚きと共に身を起こし、周囲を見回とそこは中世ヨーロッパのような街並みと自然が融合した世界だった。

色とりどりの花々が咲き乱れ、爽やかな風が彼の頬を撫でる。

しばし触れていなかった新鮮な空気を深呼吸して味わう。こんな体験は数十年ぶりであった。


「ここは…一体どこなんだ?」


彼は自分の声に驚いた。かつての威厳やカリスマ性は影を潜め、今はただの若い男の声が響く。

手を見ると若々しい肌と力強い指先が映る。再度驚嘆し近くの湖に映った自分の姿を見ると若い男の姿が映っており年齢は30代…いや20代に見える。一体何が起こったのであろうか?

新鮮な風景に影響されたのかずっと靄が掛かった状態だった思考も明晰になり、その事にすらも驚いてしまう。



彼は立ち上がり、その場を歩き始めた。

周囲には人々が行き交っており、楽しそうに笑い合っている。

彼らの衣服はシンプルだが、しかし豊かな色合いが施されていた。

尊師は、自分がかつて信者たちに与えていた教えや理想とはまったく異なる、平和で穏やかな光景に目を奪われた。


「これが…死後の世界なのか?」


彼は思わず呟いてしまう。かつての教団での権力や名声はもはや彼の中で何の意味も持たなくなっていた。ここには、争いや憎しみとは無縁の純粋な幸福が広がっているように見えた。


歩き進めるうちに、彼は一つの小さな村にたどり着いた。

村人たちは彼を見つめ驚いた様子で彼に近づいてくる。

子供たちが歓声を上げながらボールで遊んでいる。彼は戸惑いながらもまるで新しい人生が待っているかのような期待感が心を満たしていくのを感じた。


(もしかしたら、ここで新たな人生を築くことができるのかもしれない…)


彼は思った。過去の自分を捨て去り、この新しい世界で何かを成し遂げることができるのだろうか?彼の心の中で希望が芽生えていく。


(私は…何をすればいいのだろう?)


彼は自問自答を繰り返しながら、村人たちの様子を見守っていた。

自分の役割を見つけるために、まずはこの村の人々と交流を深めることを決意した。


「そうだ…私の名は…」


そう呟いてフッとある単語が頭に浮かび、それを口にする。


「ラハサァだ」


「へぇ…変わった名前ですね」 


美しい女性…リリアはそう言って朗らかな笑顔を浮かべた。

異世界に転生を果たした彼の新しい人生の幕が今、静かに開かれたのであった。








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