漫画。やっぱり『BLAME!』が好き!

※ストーリーや印象的な場面に触れています。事前情報ゼロで楽しみたい方はご注意を。あんまりネタバレが影響する漫画ではないと思いますが……。ラストや核心には触れていません。




言わずと知れたSF漫画界の巨匠、弐瓶勉にへいつとむ

一番の有名作は『シドニアの騎士』でしょうか。アニメ化、映画化もしてますね。

しかし。私が好きなのは『BLAME!ブラム』。

『バイオメガ』も『アバラ』も『人形の国』も『カイナ』も『タワダン』も好きだけど……

でもやっぱり『BLAME!』が好き!


この漫画はとにかく説明が少なく、描写で圧倒させてくるタイプだ。先日綴ったズジスワフ・ベクシンスキーの画集、あの世界観にもどこか通じている。しかし決定的に異なるのは、その舞台は荒涼とした大地ではなく……人工物の群れ、群れ、群れ。

とにかく狂ったスケール感。長過ぎる階段。大きすぎる建造物。果てしない回廊。階層都市。全てが人工物。自然なんて存在しない。「大地って何だ?」なんてセリフが冒頭に出てくることでこの世界の異質さがよく分かる。


――この物語の主人公は「霧亥キリイ」。なんの目的で、どこに向かって旅をしているのかも、初めは詳しく説明されない。

ただ彼はこの無限とも思える増殖した建造物の群れをひたすら歩き、時に理由もわからず襲われ、戦う。時に人々と出会い、助け合う。ただ上を上を、目指す。読者はその圧倒的なスケール感と奇妙な生命体、点在し細々と暮らす人々の営みに触れ、無口な霧亥本人ですらよく分かっていなさそうな使命感と共に、希少な出会いに喜び、別れに涙し、仲間とも言える人物の登場に心躍らせる。そうして彼らとともに、時に立ち止まりつつこの無限回廊を移動し続けるのだ。

一読じゃよく分からない、ほぼ説明がない。でも何度か読み返すうちにわかるから大丈夫。全10巻、ちょうどいい。分からなくても大丈夫。ただ観ているだけで楽しいから。


――ヒロインはシボという科学者の女性である。

主人公の霧亥が旅の途中に辿り着く廃棄階層、そこで出会うのは、霧亥に比べてかなり背が高い種族の人々。そして情報を得て向かうのは塊都かいとという大きな街。そこを支配するのは大企業、生電社せいでんしゃ。(この世界にも稀に塊都のような大きな街があり、大企業―労働者、という搾取関係すら存在する)

シボはこの生電社の主任研究員で、ある研究の失敗により下水が流れ込む地下に長年幽閉されている。霧亥との初めての出会いのシーン、その時、彼女の眼窩にはムカデが這っている……こんな登場のヒロイン、ほかに居るだろうか。 

シボ、めちゃくちゃ良い。ヒロインと言っていいのかわからない、恋愛感情とか、そんな話ではない。だがとにかく霧亥と共に助け合っていく存在。好奇心旺盛で情に厚く……ある意味、猪突猛進型の科学者。物語の進行上、シボは何度か体を換装するが、彼女のイメージとして定着しているのはやはり、長身痩躯で金髪(白髪?)セミロングのストレートヘアー。2人に恋愛感情など存在しないだろうが、霧亥と彼女はお互いのために奔走し、何年もかけて相手を救う。それは愛とも違うような……本能、使命感、あるいは初めからプログラムされた仕組み、世界のことわり、とでも言いたくなるような、そんな関係性。


――それからこの世界に存在するのは珪素生物けいそせいぶつという、人型ではあるが人間とは異なる種族。霧亥と彼らは敵対関係。なぜなのかははっきりとは明かされない。だが読み進め、ほかの作品(『NOiSE』)を読むうちに大まかな輪郭は掴める。とにかく互いに積年の恨みを募らせている。霧亥も結構、彼らに対して非道ひどいことをしている。

基本的に悪役の珪素生物。しかし妙に人間味がある個体もいる。おそらく配偶者関係なのだろうと思われる、男女ペアでの行動例もしばしば見られる。ベルトやレザー、鋲など、メタルやインダストリアルを彷彿とさせる出で立ち。カッコいい。マリ◯ン・マンソンみたいな。

珪素生物の親玉ダフィネ・ル・リンベガの圧倒的存在感。唯一まともに話が通じそうな個体、プセルは可愛い。


ここからは個人的に大好きなエピソードの話。(9巻) 名前も来歴も明かされていないのに妙に印象に残る、ある珪素生物。

この世界の建造物は上へ上へと増殖、密集しているのだが、霧亥はあるとき巨大な空隙くうげきに出る。しかし残念ながら、無限に増殖する建物群の外へ出たわけではない。この巨大な空間は球状で、直径約14万3千キロメートル。明言はされないが、木星と同じサイズ感。つまりこの世界の都市は、木星のような太陽系惑星をも素材として飲み込み増殖を続けているのである。そしてそのすべてが素材として使い尽くされ、この場所には果てしなく広がるように思われる巨大な空間だけが残されている。このとき霧亥はたまたま出会ったmoriモリという、メモリースティックのような緊急保存パックに人格が格納された人物と旅路を共にしている。moriはこの空隙に出た際、「あれっ、大変だ、俺の放射計が壊れた!!」と勘違いして慌ててしまう。そんなレベルの空間の広さ。これまで密集した階層都市のなかを歩き続け、〝外〟という概念すら無い世界に居たのだから、むべなるかな。(mori? 緊急保存パック? なんのこっちゃ、ですね。原作を読めばわかるので大丈夫です、続けます)

――そこに静かに佇むのが、研究者のような風貌で望遠鏡のような観測機を覗き込むある一人の珪素生物。霧亥の存在を認めても襲いかかってこない。それどころか全く意に介さず、冷静にmoriと会話し、観測の邪魔だからそろそろどっか行ってくれ、などと言うだけだ。これまで出てきた珪素生物は問答無用で霧亥に襲いかかり、激闘の末打ち負かされる存在ばかりだったのに。

そしてそんな無害な非戦闘珪素生物に対して霧亥は……

霧亥の内なる激情が垣間見えるエピソードである。


読み進めるうち、霧亥がなにを探し求めてこの異常な世界を彷徨さまよい続けているのかがわかってくる。それは「ネット端末遺伝子」をもつ人間。

都市が無作為な増殖を始める前の世界、人々はネットスフィアというインターネット空間に自由にアクセスできた。だがあるとき「感染」と呼ばれる厄災が起き……人々はネットスフィアにアクセスできなくなり、狂った都市機能の異常増殖を誰も止められなくなってしまった。数千年を経ても止まらず増殖し続けているのがこの異様な世界であり、鍵となる「ネット端末遺伝子」をもつ人間を見つけてネットスフィアにアクセスすること――それこそが霧亥の果てしない旅の目的である。


霧亥は目的を達成できるのか。彼はそもそも何者なのか。出てくる人々や彼らの集落はどうなるのか。東亜重工とは、AI管理者とは、珪素生物とは、そしてもう一人のヒロイン、サナカンとは……


正直な話、解説サイトを読んでやっと理解できた部分も多い。それぐらい、あまり説明もなく圧倒的で異様なスケール感の世界を、異常な時間感覚で霧亥が歩き続ける物語。

それなのになぜ、なぜこんなに面白いのか。


エッシャーの騙し絵のような無機質な異常増殖階層都市。

長過ぎる距離。

突如として挟み込まれる「目的地まで最低でも800時間かかるエレベーター」や「2244096時間後」とかいう狂った時間感覚。

頑丈すぎる霧亥。

セーフガードという、能面のような顔の侵入者破壊プログラムのおびただしい群れ。(これが不気味で良い!)

建設者と呼ばれる巨大ロボット。

その圧倒的な不気味さに畏怖、興奮すら覚える、上位のセーフガード。

臨時セーフガードの2人――少年イコに、純情青年ドモチェフスキー。

統治局――代理構成体。

重力子放射線射出装置じゅうりょくしほうしゃせんしゃしゅつそうち

どうです。ワクワクしませんか。


とにかく全てが、カッコいい。

これに尽きる。本当に。


一部のエピソードが劇場アニメ化、Netflixで配信されたこともあったので、ご興味あれば是非。(電基漁師編。2017年)


ちなみに全10巻と書いたがそれは1998〜2003年にかけて発売された初期版で、2015年には新装版が全6巻で出ている。私は初期版のほうしか所持していないが、新装版も買って読み比べたくなってきた。(どちらも講談社、アフタヌーンコミックス)

エッシャーの騙し絵、ハンマースホイの誰も居ない静寂な室内、ジョルジョ・デ・キリコの不安になる風景……そういうのが好きな方にも刺さるかもしれません。


それから(まだ続くんかい)、この漫画の元ネタとも言われているグレゴリイ・ベンフォードの『大いなる天上の河』(早川書房 , 1989)だが、キリーン、シボ、サナカンという名の登場人物が出てくる。そしてこの小説もかなり特殊な舞台設定で特殊用語もゴロゴロ出てくるが、『BLAME!』を読んだあとだと、なぜか分かる。なぜか、場面が頭の中で想像できてしまう。この体験、かなり楽しかった。





やかましい独り言、おわり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る