第17話 性悪男との接触準備、そしてライブ本番……
岡嶋翔という人物の名が知れたことで、俺たちの調査は大きな進展を遂げた。
正体に気づいてからの一週間で、着々と準備を進めてきた。
最近の染川は、気分が比較的安定していたように思う。
推しのライブが近い、というのは精神を安定させうる。
「だいぶ派手に動くんだね。岡嶋のライブに参加するとは」
霜浦と、いつもの喫茶店で最後の詰めをおこなっている。
「直接対決はしたいと思ったんだ。なにを考えているのか、突き止めたい」
「下手をすれば、ここまでの隠密行動を無に帰しかねない手とも思うが」
「尻尾を掴んでいるんだ。いまさら染川にはもみ消せない」
信じられない非行を招いた原因は、少なからず「推し」との出会いがあると考えていた。
もちろん、染川の歪みが進んだ原因を「推し」に求めすぎてはいけない。
いくら悪影響を受けたとしても、思想信条や行動を変化させるのは、染川本人。
まっとうな判断力と倫理観を持っていれば、甘い誘惑には打ち勝てたはずなのだから。
「いよいよ、あしたか。成功するのを祈っているよ」
「まったくだ」
岡嶋の個人アカウントは、メッセージを受け入れる設定にはなっていなかった。
グループの方にメッセージを送るわけにはいかない。
ゆえに、ライブ後に本人と接触をはかり、話を持ちかけるという方針である。
CDの販売会には、岡嶋が立ち会い、ファンと交流する。
ライブ参加者のみが、岡嶋らメンバーと話せるわけだ。
残念ながら、物販だけ参加する、というわけにはいかなかった。
染川と顔を合わせるリスクは織り込み済みだ。最悪の場合、会っても仕方ないとさえ考えている。
染川が熱狂的に愛している「推し」の前で、どんな顔を見せるのか。気にならないわけではない。
そうはいっても、なるべくバレないよう動くのは鉄則である。
「それぞれ単独行動でいいんだよね」
「あくまで無関係を装う。最低限のリスクはとるが、余計に増やすこともない」
「直接ぶつかるときには、ボクや西条を巻き込みたくないのかな」
「元々は、俺が始めた復讐だ」
強く拳を握る。
「大事なところは、自分ひとりでけりをつける。それが筋だと思う」
「湊人くんらしいね」
「ここまで、情報提供と協力をしてくれていることには、感謝しかない」
「好きでやってきたんだ。むしろ、こんなかたちで接近を許してくれたボクこそ感謝すべきだ」
「利害の一致から、ビジネス的関係っぽくはなった。けどな」
俺は霜浦を見据える。
「目的のために、霜浦は真摯に向き合ってくれている。いい意味で裏表がない」
「染川さんみたく、複数の顔を使い分けるなんて
「不器用だって自己評価するにしても、霜浦の良さではあると思う」
「褒められた、と思っていいのかな」
「そうだね」
人心掌握術にたけ、器用になんでもこなす。
それだけが、人の良さのすべてではない。
染川のように、ダークサイド側にどっぷり浸かってしまっては、せっかくの器用さもかすんでしまう。
「湊人くん、なんだか終わったつもりみたいに語るけれど……本番はこれからだよ」
「いけないな。気が早すぎた」
「大丈夫だよ、湊人くん。信じている。ここまで、協力して頑張ってきたんだからね」
霜浦の言葉は、俺を鼓舞するには充分すぎるものだった。
ライブ当日。
夕方六時からという話になっていた。
染川の動向は、霜浦と西条のふたりに尾行をまかせている。
三人とも、学校にいるときとは違う格好だ。
変装をし、できるだけ染川から目につかないようにする。
ライブハウスには、染川が早い段階で入っていった。なるたけ席が離れるよう、ギリギリでの入場。
ドリンク代やチケット代は必要経費。岡嶋と接触する機会を、金を払って買ったと考えることにした。
「こちらの席へどうぞ」
言われるがままにパイプ椅子に座る。
十五分もしないうちにライブが始まる。時間は一時間弱ほどの予定。
メンバーの登場シーンに、目をこらした。
「きょうはよろしくね。ファンのみんな!」
それぞれ紹介シーンがあるのだけれど、岡嶋のそれは一番反応がよかった。
決してメジャーそうなグループではないが、すくなくともバンド内では人気メンバーの座を得ているらしかった。
長い髪に、ふわふわとした声。格好をつけたような発声だ。
憂いのあるオーラを放っている。
これが、「推し」なのか。
写真では見ていた。顔は知っている。彼の行動も。
ただ、それは一部分に過ぎない。人の側面は多様だ。ギタリストとして、男として、などなど。
染川は、俺がまだ知らない一面に心酔したのかもしれない。そう考える。
ギターボーカル。
どちらの腕も優れている。まったくのド下手ではない。
聞かせる技術に、惚れ込んだのか。音楽に打ち込むところに、格好良さを覚えたのか。
考えても仕方ないのかもしれない。
が、演奏時間は長い。次々と浮かんでくる思考に向き合う余地が、多いに残されている。残されすぎている。
最後、一番盛り上がるパートに入る。
そこで俺は、いよいよそのときが来るのか、と身構えた。
岡嶋と接触し、必ず染川に関する情報を引き出す――。
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