EP.3 冒険者ギルド

 ギルドの扉をくぐると、ざわついた空気と、鼻をつく鉄と革の匂いが僕を迎えた。

 広いホールのあちこちで、冒険者らしき人たちが談笑したり、掲示板の前で依頼に見入ったりしている。

 酒場を併設しているらしく、奥では真昼間から飲んだくれている冒険者もいる。


「おっ『陽焔の雷華』が来たぞ」

「あのガキは誰だ?」


 すぐに聞こえてきたのは、周囲のざわめきだった。

 近くのテーブルに座っていた3人の冒険者が、こちらを見ながらひそひそと、いや、ほとんど聞こえる声で言い合っている。


「天使みてぇ」

「あの2人の子供に決まってるだろ。はー百合最高」

「は? あのガキどうみても男だろ。百合に挟まる男とか死ねよ」

「男の娘ならいいのでは? 薔薇で出来た百合の造花とか言うだろ?」

るか?」

「あ゛あ゛?」


 あの人達は何を言い合いしてるんだ。

 それと、僕は男の娘を百合とは認めないよ?

 百合に挟まるのは別にいいと思ってるけどね。


「この子の冒険者登録をお願いしたいのだけど」


 アリスさんが、受付に声をかけた。

 すぐに、落ち着いた雰囲気の受付嬢が笑顔で対応してくれる。


「ではコチラの紙に記入してください」


 渡された紙とペンに視線を落とす。少し緊張しながら、僕は項目を埋めていった。

 名前はライ・オチマで出身は日本。

 天職は偶像アイドルで役割は……とりあえずサポーターでいっか。


「ライ様ですね。それではコチラのカードに血を1滴垂らしてください」


 受付嬢が差し出してきたのは、教会で渡されたものと同じ、細い針だった。

 僕は同じように針を押し当て、カードに血を垂らした。


「はい、これで登録完了です。それでは規則を説明していきますね」


 冒険者ランクはF〜A、S、EXと言う風に上がっていく。

 依頼クエストは自身のランクの1つ上まで受けれる。

 パーティーを組んでいる場合は一番ランクの高い冒険者に合わせる。

 依頼失敗時は違約金として報酬の半分を払う(報酬がお金以外の場合は要相談)。

 冒険者同士のトラブルは話し合い、もしくは決闘で解決する。

 ギルドは基本不干渉。

 等など様々な規則ルールを教えてくれた。


「ありがとうございました!」


 最後にぺこりと頭を下げると、受付嬢は柔らかく微笑んだ。


「いえいえ。また何かございましたら私にお尋ねください」


 さあ、これで僕も晴れて冒険者。

 次は装備だ。


「戦闘スタイルはどうするの? アイドルだし後ろで踊るの?」

「あー、その、一人で戦えるようになりたいなって思ってて……近接武器が欲しいなって」

「一人で……? 私たちと来るんじゃないの?」

「ずっとお世話になってるから、これ以上迷惑をかけるわけには……」

「あら、迷惑なんて思わなくていいのに……」


 そういうわけにはいかない。

 町に入る時や冒険者登録の時に費用を肩代わりしてもらって、服だって買ってもらっている。

 その上装備まで用意してもらうのだ。

 いつまでもヒモでいるわけにはいかない。


 どちらにせよ、元の世界に戻ったら寄生虫ヒモに永久就職させられるのだから今のうちに働かないと。

 凄い最低なことを言ってる自覚はあるけど僕の意志じゃないからセーフ。

 いやセーフかこれ?

 僕がヒモになるのは星歌の提案だ。

 ハーレム作るんだし一人一人に割ける時間を増やす為に仕事はしないで欲しい、私たちが養うからって。

 ちなみに一番この提案に乗り気だったのは陽華だ。

 陽華の元カレもヒモだったし、ヒモを飼う才能がお有りのようだ。

 あったらダメでしょそんな才能。

 僕は前のヒモと違ってDVしないし、家事も全部するし、ちゃんと労ったり甘やかしたりして癒しとやりがいを提供するから許してほしい。

 DVしないとか人として当然のことのはずなんだけどね。


「残念だけど、仕方ないわね」

「であれば武器を買う必要があるだろう。武器はどうする。剣か、短剣か……」


 ハーレンが真剣な表情で聞いてくる。


「異世界人は極東の国と文化が酷似しているらしいわ。刀とかもいいんじゃない?」

「うーん、槍を使ってみたいなぁって思ってるんですけど……」

「槍か! ああ、槍はいいぞ! それに、槍であれば私が教えれるからな! お揃いだ!」


 びっくりするほどの食いつきっぷりだった。

 目がキラキラしてる。

 すっごい嬉しそう。

 そんなに槍が好きなのか。


 そして僕たちは鍛冶屋に入った。

 中には多種多様な武器が壁一面に並び、床に並べられたアーマースタンドには金属製の防具が掛けられている。

 そんな中、奥のカウンターに立っていたのは、いかにも職人という風格の男だった。


「なんだ、ハーレンの嬢ちゃんか。こりゃあ珍しい、二コラエルの嬢ちゃんまでいるとはな。……それとそこの小さい嬢ちゃんは……へぇ。お前さん、名前は?」

「越魔蕾……じゃなくて、ライ・オチマです。あと嬢ちゃんじゃなくて男です」

「ああ、そいつぁは失礼。それはそれとして、お前さん、面白れぇな。魂が理から外れてやがる……ああ、勇者召喚とかいう奴か?」

「!?」


 なんで分かったの!?

 理から外れてる?

 鑑定系のスキルでも持ってるのかな……。


「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はマサムネ、マサムネ・センゴ。ただの鍛冶師だ」

「センゴ?」


 それって確かさっき教えてもらった300年前の英雄の苗字だったよね。


「ああ、俺はリアム・センゴの子孫だ。そんでもって、鍛冶神リアムの技術を受け継いだ、世界最高峰の刀剣鍛冶師ってな」

「そんなすごい人だったんだ……。ん? 鍛冶神リアム?」


 リアムって英雄なんだよね?

 鍛冶師だったの?


「ああ、異世界人だから知らねえんだな。リアム・センゴは刀に人生を捧げた鍛冶師だった。つってもそのせいで、幼馴染たちが偽勇者に魅了されても気付かずに、鍛冶一筋だったせいで婚約破棄されたんだと思い込んでいたらしいんだがな」


 えぇ……?

 そんなことある?

 僕からしたら好きな人の、それも幼馴染の変化に気づかないなんて考えられないや。


「神域へ至って初めて、偽勇者の悪行に気づいたリアムは、己が肉体を、精神を、魂を材料にして究極の一振りを鍛え上げた。そしてその刀を神に過去の自分に送ってもらうことで、歴史を変えた。そして2週目で魔王を討伐したリアムは鍛冶神となり、幼馴染たちと神界で穏やかな余生を過ごしてるってわけだ。まあ神になって寿命もなくなったらしいから、余生って言い方は変かもしれねぇけどな」


 なるほど。

 そういう経緯があったのか。

 ハーレンは女神がリアムの魂を過去に送ったって言ってたけど、正確には魂を素材にした刀を送ったんだね。

 過去を変える為に自分の魂まで犠牲にするなんて、凄い覚悟だね。


「っと話が逸れちまったな。まあリアム・センゴについてもっと詳しく知りてぇなら、王都の図書館にでも行けばいくらでも調べられるぜ」


 へぇー。

 機会が会ったら寄ってみようかな。


「それで、なんでお前さんが異世界人か分かったのかっつうと、簡単な話だ。俺は鍛冶師だからな。武器を視るのも人を視るのも同じことだ」


 何を言ってるんだこの人は。

 やっぱりものづくりや芸術に携わる人間って全員変人なんだな。

 そりゃあ鍛冶師なら武器や金属を視る目はいいんだろうさ。

 でもだからって人を視る目までは養われないよね?

 仮に養われたとしても魂がどうとかまでは分からないでしょ。


「そりゃ俺だっておかしなことを言ってる自覚はあるさ。だが出来ちまうんだからしょうがねぇだろ」


 そっか、出来ちゃうならしょうがない。

 まあ、異世界だしそういうこともあるよね。


「そんで? 今日はどうした」

「ライに槍を見繕って欲しい」

「そんじゃそこに置いてある槍を適当に握ってくれ」


 言われるままに槍に手を伸ばす。


「槍なんて初めて握ったよ」


 一応剣は使ったことあるけど、伊織には一度も勝てたことないんだよね。

 平然とアニメの剣術とか再現してくるんだもん、どうやって勝てと。

 まあ剣以外でも、みんなにそれぞれの得意分野で勝てたことはないけど。


「ふむ……」


 性質付与──槍使いランサー


 その瞬間、槍の使い方を本能的に理解した。

 握り方、振り方、突き方……。

 まるで、ずっと訓練してきたかのように、体が理解している。

 これならそれなりに戦える気がする。


「っ! 何をした?」

「『可憐なる玉座の天使メタトロン』の力で『偶像アイドル』に『槍使いランサー』の性質を付与してみたんだ。名付けて『輝く槍の戦乙女ブリュンヒルデ』ってね」


 まあ僕は乙女じゃなくて男なんだけどね。


「なるほど、クラスへの性質付与……そういう風になるのね」


 アリスが興味深そうに頷いた。


「ずいぶんと面白れぇスキルもってやがるじゃねえか。異世界人ってのは全員こうなのか? よし気に入った! 俺が本気の槍を鍛ってやろう」


 マサムネさんがにやりと笑った。


「なんだって?」


 ハーレンの驚きが、店内に響く。

 世界最高の鍛冶師が作るという本気の槍だ。

 どれほどの価値があるのか、僕にはとても想像できない。

 そんなものを僕が作って貰っていいのか?

 というか僕無一文だしお金払えないよ。


「はっ! 遠慮すんな! 異世界人ってこたぁお前さん、大魔王と戦うことになるんだろ?」

「まあ……多分そうなりますね」


 馴染たちが戦う気なら、僕が戦わないなんて選択肢は存在しない。

 僕はみんなを護りたい、護らないといけないから。


「なら気にすることはねぇよ。俺の鍛った武器が、大魔王との戦いに貢献できるってんなら、これ以上ない名誉だ。報酬は……そうだな、出世払いでいいぜ」

「……そういうことなら遠慮なく」


 みんなを護るための力が手に入るんだ。

 素直に喜んでおこう。


「3週間後に取りに来い。それまでその槍を使え。失敗作だが、そこらの鍛冶師が作るものよりよっぽど高品質だ。一週間ごとにメンテナンスしてやるから持ってこい」

「ありがとうございます! マサムネさん!」


 マサムネさんに礼を言い、鍛冶屋を出た。


「これで今日の予定は終わりだな」

「宿屋に帰りましょう」

「アリス、ハーレン、今日は本当にありがとう」

「いいのよ遠慮しなくて」

「ああ、気にする必要はない」


 本当に2人は優しいなぁ。

 初対面の相手にここまで手厚いケアをしてくれるとは。


 そんなことを考えながら2人について行くと宿屋に着いた。

 店の名は『春の黄金鹿』だ。

 通りに面した一階は賑やかな食事処で、香ばしい匂いと笑い声が外にまで漏れ出している。

 二階が宿屋となっており、旅人の疲れを癒す小さな安らぎの場所だった。


 扉をくぐった途端、明るい声が飛んでくる。

 笑顔を浮かべた少女がこちらへ駆け寄ってきた。

 年の頃は十代後半、栗色の髪を二つに束ねた、いかにも元気いっぱいといった印象の少女だ。


「あ! ハーレン様にアリス様! お帰りなさい! ってあれ? その子はどちらさまですか?」

「初めまして! 僕はライって言います!」

「ライちゃんですね! 私はミリアです!」


 ミリアと名乗ったその少女は、屈託のない笑みを浮かべた。


「ミリアちゃんはこの宿屋の看板娘。女将さんの娘でもあるのよ?」

「ミリアちゃん、開いてる部屋はあるかしら?」

「あー、残念ですけど埋まっちゃってます。もうすぐアレがあるので……」

「そうよね……」

「アレって……?」

「知らないんですか? もうすぐ、『星灯祭』って言う祭りが開かれるんですよ?」


 へぇ、『星灯祭』。

 異世界のお祭りかぁ。

 どんな祭りなんだろうか。


「部屋が全部埋まってるなら、私の部屋を一緒に使いましょうか」


 一緒に!?


「僕男だよ?」


 思わず確認するように言うと、アリスはクスクスと笑った。


「ええ、分かってるわよ? 私強いから、もし襲われてもどうとでもなるわ。それに、貴方はそういうこと、しないでしょ?」

「それはそうだけど……」

「なら何も問題ないじゃない」


 部屋がないからどのみち他に選択肢はないんだけど。

 そんなこんなで僕はアリスと同じ部屋で宿泊することになった。

 アリスの部屋に集まり、木製のテーブルを囲んで腰を下ろす。

 窓の外では日が暮れ始めていた。


「それじゃあ、これからの事を話しましょうか」


 アリスの真剣な口調に、姿勢を正す。


「1か月後、私たちはこの町を出るわ。王都へ向かうの」

「僕はこの町に残るよ」

「……ホントに遠慮しなくていいのよ?」

「うむ、ライであればすぐに私達に追いつくだろうしな。それに、王都にはお前の仲間たちがいるのだろう? これでも私たちはAランクだからな、会うことは出来ると思うぞ」

「本音を言うなら、みんなに会いたい。今までずっと一緒だったからね。離れ離れになってとっても寂しいよ」


 でも、今じゃない。

 今じゃダメなんだ。

 彼女達との再会は。


「では何故……」

「今町を出たら、後悔する気がするんだ」


 まあ、ただの勘だけどね。

 何か、とても嫌な予感がする。

 根拠なんてないけれど、確信していた。

 もしアリスたちと一緒にここを出たら、というかこの町を出たら、一生後悔する気がする。


「勘、ね……」

「これは自慢なんだけど、僕の勘が外れたことはないよ」

「確かにそう言った勘はバカにできない。私も何度も勘に助けられているからな……。そう言うことであれば、仕方あるまい。……それで? これからどうするのだ?」

「この町を出るまでの1か月、僕に修行をつけて欲しいんだ」

「なるほど、分かった」

「もちろんいいわよ。面倒見るって言ったでしょう?」


 2人は二つ返事で承諾した。


「となると……まずは魔術が最優先ね。最初に会った時のアレ、制御できてないんでしょ?」

「なんか体の中にあるやつをだしながら腕を振ったらなったよ」

「術式も何もないただの魔力放出でそこまでの威力……スキルの影響、『偉大なる勝利の女神ニケ』かしら」

「あー味方からの応援や好意で自身を強化、か」

「貴方の魔力量であの威力ってことは、かなり愛されてるのね」


 まあ、確かにそうだ。

 クラスの女子全員と先生に恋愛感情を抱かれてるし、義理とはいえお母さんとお姉ちゃんと妹と、馴染のお母さんからもそういう目で見られている。

 特に馴染と星歌からはだいぶ重めの愛を貰っている。

 だから全員恋人にしたんだけど……。

 改めて考えたら頭おかしいなこれ。


「心当たりがありすぎる」

「ライはモテるのだな……」

「モテモテ過ぎて体がいくつあっても足りない……」


 流石に彼女が21人はね……。

 せっかく異世界来たし体増やせる魔術習得しようかな……。

 分身じゃ駄目だな、偽物の身体でとか相手に失礼だ。

 となると、分裂?

 いっそスライムにでもなるか?


「まあそれは置いといて、やっぱり魔術が最優先ね。町中で暴発されたらたまったもんじゃないわ」


 それはそう。

 あの時は周りに人がいなかったから問題なかったけど、普通に不味い。

 僕のせいで人が大勢死ぬ。

 この世界の人間は一般人でも元の世界より強そうだけど、それでも限度はあるだろう。


「一か月で魔術の基礎を叩きこむわ。魔力操作も、その規格外の力を制御できるレベルまで持っていく」

「私も、一か月で槍術を教えよう。お前が槍を握った時分かった。お前には槍の才能がある。一か月あればスキルなしでもそれなりの戦士になれるだろう。スキルを使ってる時のお前はすでにそれなりと呼べるレベルだがな」

「よろしくお願いします!」


 こうして僕の異世界生活が始まった。




―――――




【真名】獣乃ジュウノ拳斗ケント

天職クラス狂獣戦士バーサーク・ビースト

【性別】男性

【身長/体重】189cm/73kg

【属性】混沌・善

【特技】運動、五感

【趣味】サッカー、ソシャゲ

【好きなもの】サッカー、肉、ラーメン

【嫌いなもの】イジメ、人の趣味趣向を馬鹿にする人間

【苦手なもの】甘いもの

【備考】

正義感の強い陽キャサッカー部。

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