第28話 聖女の告白

「勘違いするな。お前を助ける義理はない。だが、こいつらに殺されるのは、もっとごめんだ」


俺は、聖女イリスの隣に並び立ち、剣を構えた。

敵は、『六枚の翼』。シオンを除いた五人。

聖女自身の懐刀が、今、その主と俺に、牙を剥こうとしていた。


「愚かな……。聖女様、あなたも、その男と共に堕ちましたか」

親衛隊のリーダー格らしき男が、仮面の下で、侮蔑の声を漏らす。


「わたくしは堕ちてなどいません。ただ、己の正義に従うまで」

イリスは、聖剣『サンクトゥス』を構え、毅然と言い放った。

「あなたたちこそ、教皇の言葉を鵜呑みにし、神の御心を見失った、哀れな子羊です」


「問答無用! 異端者どもに、神の鉄槌を!」


交渉の余地はない。

五人の暗殺者が、同時に、音もなく俺たちに襲いかかってきた。

その連携は、機械のように正確無比。一人が俺の喉を、もう一人がイリスの心臓を、寸分の狂いもなく狙ってくる。


「背中は任せます、アレン!」


「言われなくてもな! そっちこそ、足手まといになるなよ、聖女様!」


俺とイリスは、即座に背中合わせの陣形を取る。

イリスが振るう聖剣は、光の壁となって、降り注ぐ刃を防ぎ、いなす。広範囲をカバーする、完璧な『守り』の剣。

対して俺は、その守りの隙間から、一瞬の好機を突いて、敵の急所を狙う『攻め』の剣に徹した。


奇妙な共闘。

魔王の執事と、聖女。

そのちぐはぐなはずの二人の剣は、まるで長年組んできたかのように、完璧に噛み合っていた。


だが、敵もまた、教団最強の暗部。

じりじりと、俺たちは追い詰められていく。


「どういうことだ、イリス!」

俺は、刃を弾き返しながら、叫んだ。

「俺が……なんだってんだ!」


「あなたの魂です!」

イリスもまた、敵の攻撃を受け流しながら、必死に言葉を紡ぐ。

「あなたの魂は、聖と魔、光と闇、その両方を内包できる、奇跡の器! それこそが、わたくしたちが『黎明の力』と呼ぶ、あなたの資質!」


「魂の……資質……?」

なんだ、それは。俺の力が、技や魔法ではなく、魂そのものの性質だというのか。


「教皇は、あなたのその力を危険視し、幼い頃から監視していました。わたくしは……」

イリスは、一瞬、言葉を詰まらせた。

「わたくしは、その力こそが、神と魔の歪んだ戦いを終わらせる唯一の希望だと信じたのです! だから、わたくしは教団を裏切ってでも、あなたと接触する必要があった!」


彼女の告白に、俺は脳天を殴られたような衝撃を受けた。

過去の記憶の断片が、蘇る。

なぜか、俺だけが致命傷を負っても生き延びた任務。

無意識に、ありえないほどの力を発揮して、仲間を救ったこと。

全てが、偶然ではなかった。

俺の中に眠っていた、この『力』の片鱗だったのか。


そして、イリスが3年前にシオンを手駒にした理由も、今、ようやく理解できた。

彼女は、俺がいつかその力に完全に目覚めることを、確信していたのだ。


「……アレン!」

イリスの悲鳴。

俺の思考が一瞬途切れた隙を、敵は見逃さなかった。

一人の暗殺者の刃が、俺の肩を深く切り裂く。


「ぐっ……!」


「終わりです、異端者!」

追撃の刃が、無防備な俺の心臓へと迫る。


(やられる―――)


その瞬間。

俺の身体の奥深くで、再び脈打った。

違う。今度は、わかる。

これは、外から来た力じゃない。俺の魂が、俺自身の意志に応えて、叫んでいる。


―――まだ、死ねない。

―――俺は、帰ると、約束したんだ!


俺の身体から、白と黒が混じり合ったオーラが、奔流となって溢れ出した。

それは、暴走ではない。

俺の意志に呼応した、制御された力の解放。


「なっ……!?」

暗殺者たちが、その未知なる力の奔流に、たじろぐ。


イリスは、その好機を見逃さなかった。


「神よ、道を照らしたまえ!」

彼女は、攻撃ではなく、天に聖剣を掲げた。

凄まじい光が、彼女の剣から放たれ、戦場全体を純白に染め上げる。


「『聖光爆サンクチュアリ・フラッシュ』!」


それは、目を眩ませるだけの、非殺傷の光。

暗殺者たちの目が、一瞬、完全にくらむ。


「今です! 逃げますよ、アレン!」

イリスが、俺の手を、強く掴んだ。

その手は、聖女とは思えないほどに、温かかった。


俺は、彼女に手を引かれるまま、霧の奥へと駆け出した。

聖女と、魔王の執事。

追われる身となった俺たちの、終わりの見えない逃避行が、今、始まろうとしていた。

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