第13話 砕かれた誇りと新たな楔

「……ふざけるな!」


静寂を破ったのは、ライアスの怒声だった。

彼は傷ついた身体に鞭打ち、リリムを睨みつける。その目には、屈辱と反抗の色が燃え盛っていた。


「誰が……誰がお前なんかの奴隷になるか! 俺たちはS級冒険者、『暁光の剣』だぞ!」


「ほう? まだそんな寝言を言うか。お主たちは、妾の城に不法侵入し、封印を解き、そして妾に敗れた。ただの敗者じゃ」


リリムは玉座にふんぞり返ったまま、心底つまらなそうに言い放つ。


「黙れ!」


理性が焼き切れたライアスが、最後の力を振り絞ってリリムに斬りかかろうと地を蹴った。

愚かな行為だ。


「ライアスさん、やめて!」


リーファの悲鳴が響く。

だが、ライアスの刃がリリムに届くことは、決してない。


ガキンッ!


甲高い金属音。

ライアスの前に、いつの間にか漆黒の騎士ゼノンが立ちはだかっていた。その巨大な盾で、ライアスの剣を赤子をあしらうように軽々と受け止めている。


「なっ……!?」


「身の程を知れ、人間」


初めて聞いたゼノンの声は、まるで地の底から響くような、重く冷たい響きを持っていた。

彼は盾でライアスの剣を弾き飛ばすと、その鎧の籠手でライアスの首を掴み、いとも容易く持ち上げた。


「ぐ、あ……っ!」


「ゼノン、殺すでないぞ。まだ使い道があるやもしれぬ」


「……御意」


リリムの言葉に、ゼノンはライアスを床に投げ捨てる。

ライアスは激しく咳き込みながら、なすすべもなく床に這いつくばった。

絶対的な力の差。それは、もはや戦いと呼べる次元ですらない。


「あらあら、威勢のいい殿方だったのに、もうおしまい? 残念ですわ」


ルナリアがくすくすと笑いながら、俺の腕に自身の柔らかい身体を絡みつかせる。甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「ねえ、アレン様。ああいうのを調教するのも、なかなか一興ですわよ?」


「……趣味が悪いぞ、ルナリア」


俺は彼女の腕をそっと外しながら、這いつくばるライアスに視線を落とした。

リーファは意識のないシリルに寄り添い、涙を流している。グスタフは顔面蒼白で、完全に戦意を喪失していた。


哀れだとは思う。

だが、同情はしない。

これは、彼らが選んだ道の結果だ。


俺はゆっくりと彼らに歩み寄った。


「アレン……」


リーファが、助けを求めるように俺の名を呼ぶ。

俺は彼女を一瞥もせず、ライアスの前に立つ。


「ライアス」


「……なんだ」


「いい加減に認めろ。お前は負けたんだ。俺にじゃなく、この魔王城の主にだ」


「……っ!」


「ここで無駄な反抗を続ければ、次は殺されるだけだ。死にたくなければ、今は犬にでも何にでもなれ。それが、お前たちが生き延びる唯一の道だ」


俺の冷たい言葉に、ライアスは顔を上げた。

その目には、怒りよりも深い、絶望の色が浮かんでいた。

俺が彼にかける、これが最後の情けだった。


「エリア」


リリムがメイド長の名を呼ぶ。


「は、ここに」


「その者たちを地下牢へ。傷の手当てくらいはしてやれ。死なれては、つまらぬからな」


「かしこまりました」


エリアが静かに一礼し、ライアスたちに歩み寄る。


「さあ、こちらへ。お客様方」


その丁寧な物腰は、今の彼らにとっては最大の侮辱に聞こえただろう。

グスタフは大人しく立ち上がり、リーファは意識のないシリルをなんとか支えようとする。


メルキアがすっとリーファの隣に寄り添った。

「……手伝います。彼は、仲間を救おうとした勇敢な人ですから」


「……ありがとう、ございます」


リーファは小さく礼を言う。魔族の情けに、彼女の心は更に乱されているようだった。


最後まで、ライアスだけが動かなかった。

エリアに促され、彼はゆっくりと立ち上がる。そして、連行される直前、俺の方を振り向いた。

その瞳には、狂気と紙一重の、凄まじい光が宿っていた。


「アレンッ!」


彼の声は、もはや怒鳴り声ではなかった。

静かで、だが腹の底に響くような、呪詛に近い響き。


「俺は……必ず、お前をそこから引きずり下ろす。魔族に堕ちたお前を、この手で救ってやる……!」


彼は、救う、と言った。


「たとえ、そのために……お前を殺すことになったとしてもな!」


その言葉を最後に、ライアスは地下へと続く扉の闇に消えていった。


広間には、再び静寂が訪れる。

俺は、ライアスが消えた暗い通路を、ただ黙って見つめていた。

右腕に、ルナリアのしなやかな指が再び絡みつく。


「大変ですわね、アレン様。元仲間に、殺してでも救いたい、だなんて言われて」


彼女は、楽しそうに喉を鳴らした。

俺の心に渦巻く感情が何なのか、自分でもよくわからなかった。

ただ、確かなことが一つだけある。


俺たちの関係は、もう二度と、元には戻らない。

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