Day29 思い付き
ギター一本持って駅前に立ち、溜息をついた。
ああ売れない。本当に売れない。歌ってみた動画がバズってオリジナル曲を出したはいいが売れない。前の方がよかった、本人を出さない方が、そもそも歌が下手、コメント欄を見るだけで具合が悪くなるので、路上ライブをやろうと思い付いて来たはいいが、訪れた地元の駅は閑散としていた。
地上にはバスのロータリー、駅三階部分からはロータリーを覆うように近隣の商業施設へ連絡通路が四方へ伸びるターミナル駅である。夜七時、常なら人出の多い場所のはずが何故、と思って調べてみると、どうやら地元サッカーチームの試合があるらしい。地域密着型で大変人気のあるチームで、興味はなくとも人の少なさで「今日は試合か」とわかるくらいだった。
(思い付きでここまで来て、思い付きでライブしようとして……)
ギターの調整をしながら苦い笑いがこみ上げる。オリジナル曲も思い付きで出したものだった。
ここで誰かの歌を歌って、皆に褒めてもらおうとしていた自分に嫌気がさした。
あぐらをかいて、手慣らしに短いフレーズを弾く。視線は落ちて来るが足は止まらない。その足を止めたいが、自分の歌にそこまでの力はない。ならもう、好きに歌うしかやることはなかった。
ギターを鳴らす。風に声が織り込む。歌が往来の中を通り過ぎていく。
歌いながら、何を伝えたいとか考えたっけと思う。多分、作った時にはあった。今はもう思い出せないそれを今ならどんなものにするだろう、と思った時、数少ないオリジナル曲は終わってしまった。
すると、一人分の控え目な拍手が響く。誰かに聞かれたくなさそうなその拍手は、少し離れて立つ少年から届くものだった。
少年は目が合うととぼとぼと歩み寄り、それでも距離を取ってその場にしゃがみこむ。
「他に、ないんですか」
かすれた声は出し慣れていないかのようで、ときおり躓きながら続けた。
「……色々嫌になって、そこから飛び降りようかなってここまで来たら聞こえてきたから」
びっくりしながら尋ねた。
「……思い付き?」
少年はこくりと頷いた。
「思い付きってあまりうまくいかないんだよね」
ぱらぱらと思い付いた短いフレーズをなんとなしに弾くと、少年が「そういうの好き」と言う。
「そう?」
ふっと笑ってギターを構え直した。
「じゃあ……歌ってみようかな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます