Day27 しっぽ
疲れ切った足を持ち上げるように歩いて、帰路を辿る。効果音をつけるならとぼとぼと、という音が的確だろう。面倒な仕事の押し付け、嫌味な上司からの長い説教、悪いことには悪いことが重なるもので、自宅の最寄りの駅に着いたところで階段を踏み外し、盛大に転んだ。頭を守ろうとしたはいいが膝を打ち、二枚貼った絆創膏からは血が滲んでいる。ストッキングも破れたが日も暮れて目立たないのは唯一の幸いだった。
今夜は夕飯を作る気力もない。コンビニでお弁当と缶ビールと生クリームのたっぷり入ったロールケーキを買い、マンション三階の自宅に駆け込み、玄関扉を閉めたところでほう、と息をつく。そして靴を脱ぎすてばたばたと居間へ向かうと、大きなしっぽに飛び込んだ。
思わず「あー」という声が出る。
飛び込めば埋もれてしまうほどのしっぽはある日突然、部屋に現れた。幻覚と思ったが触った感覚は本物、しかも他にも出現した家があるようだがその法則は不明。出る家と出ない家の差もわからず、しっぽの種類も家によって異なる。同僚の家は柴犬の尻尾だが、自分のところは三毛猫のしっぽだった。
警戒しようにもかわいいしっぽを前に人は無力である。当面、データという名の観察日記の提供と定期的な獣医師による検診を受け入れることで、この謎のしっぽ騒動はひとまず落ち着いた。
どこから出て来たのかわからないしっぽなのに、不思議と暖かく毛並みは綺麗、ちょっと撫でてやると嬉しそうに動くのでペットを飼っている気分である。こうしていると嫌なことは忘れられるし、何よりしっぽヒエラルキーの上層に自分がいるという実感を得られた。
謎のしっぽ登場によって生まれたしっぽヒエラルキーとは、しっぽの有無に加えて、しっぽの種類による階層の上下である。やはりしっぽはある方が良いが、ワニのしっぽが現れた例もあり、一概に全てを歓迎できるわけではない。
やはりほどよい柔らかさと毛並みと暖かさ、それらをそなえた犬猫のしっぽが一番人気である。中にはペンギンのしっぽは適度な硬さがあっていい、という人もいるようだ。
それで言えば自分は三毛猫、しっぽヒエラルキーの上層にいると言える。対して、嫌味な上司のもとにしっぽはいない。そう思うとややほの暗い笑いがこみ上げる。
緊張も解れて思い切り伸ばした体を、三毛猫のしっぽが大事そうにくるりと巻いた。
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