Day11 蝶番

 道路を白い陽射しがじりじりと焼いている。中天にさしかかった太陽は容赦がなかった。麦わら帽子を被っていても全く涼しくはない。熱風と化した風が汗をさらってはくれるものの、後に残るのは逃れようのない暑さだった。汗が雫のように路面へ落ちて、さすがにくらくらとしてきたので凍らせて持ってきたスポーツドリンクを飲む。

 ややすっきりとした視界の先で片影は少しずつその範囲を狭めていくところだった。

 その影の、際を見つめている。影と陽射しの間、周囲の風景の色をひと匙ほど含んだわずかなあわいにふらりと陽炎のようなものが立った瞬間、手を伸ばしてそれを掴んだ。

 指先に感触はあれどその姿はほぼ透明、影か陽射しのどちらかに置くとはっきりと視認出来るようになる。

 それは蝶だった。形はモンシロチョウに近く、小柄で丸みを帯びた羽を震わせている。この影の大きさでは仕方がないか、と溜息をついた。ビル群の片影ともなればアゲハ大にも出会うことがあるが、衆人環視の中で今と同じことをするのは難しい。昔は城の影でも出来たといい、時代は良くも悪くも変わっていく。

 掴まえた蝶と、虫かごに既に掴まえてある蝶とで見比べると間違いなく同じである。異なる種では働かないのが蝶番というものだった。

 一息ついて矢立を出し、中から筆を取る。綿に染み込ませているのは甘い水で、筆に含ませて片影の中に二か所、短めの線を引く。掴まえた蝶をそれぞれに置くと、枝につかまるように蝶は落ち着いてゆっくりと羽ばたいた。

「よしよし」

 その羽ばたきに合わせて煙が集まり、やがて小さな扉を形作る。

 蝶番とは傍らの世界への扉を繋ぐ要。そして傍らの世界とは、本来見てはいけない場所である。

 だが、見てはいけないと言われたら見てみたくなるのが人情というもので、そうして堕ちた人が通った扉は蝶番が緩んで開きやすい。だから、新たな蝶番を付け直し、鍵をかけて管理する必要がある。

 重い鍵束から古臭い銅製の鍵を取り、扉に指して回した。かちゃん、と思いの外軽い音がして鍵がかかり、羽ばたきをやめた蝶は眠るように消えていく。

 終わった、と息をついて立ち上がり、スマホを確認した。今日はあと五件、同じように蝶番の選定、確保から鍵かけまでしなければならない。

 夏は鍵屋の稼ぎ時とは言えせめて特別ボーナスくらいはとうらめしく思いながら、休憩がてらアイスを買いに行った。

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