9.5. 老魔導士の追憶
セントラルの宿の一室で、私は静かに目を閉じていた。指先から放つ淡い光が、ベッドに横たわる少女、リリアの額を優しく撫でる。少女の顔色が穏やかになったのを確認し、私は安堵の息を漏らした。
「まさか、これほどの純粋な魔力だとは…」
思わず呟く。昨晩から感じていた魔力の乱れ。それは、まるで嵐の前の静けさのように、街全体に不穏な気配を漂わせていた。その中心に、これほどまでに強大な、しかし未熟な魔力が暴走しかけている存在があるとは思いもしなかった。
リリアの顔をじっと見つめる。黄金の髪、透き通るような碧い瞳。その面影に、私は遠い昔の記憶を呼び起こされた。
(やはりか...)
かつて、私はエルバート聖王国に仕える宮廷魔導師だった。その知識と魔力は王国随一と謳われ、人々からは「賢者」と尊敬を集めていた。しかし、権力争いの渦に巻き込まれ、無実の罪を着せられ王国を追われた。
全てを失い、絶望の淵にいた私を救ったのは、旅の途中で立ち寄った小さな村、フロン村の娘だった。
素朴で、しかし芯の強い彼女に、私は惹かれていった。身分も過去も関係なく、ただ一人の男として私を受け入れてくれた。そして、二人の間には愛が芽生え、やがて一人の息子が生まれた。
しかし、幸福な日々は長くは続かなかった。王国の追手が未だ私を追っていることを知ったのだ。愛する妻と幼い息子を守るため、自らフロン村を離れる決意をした。二度と彼らに危険が及ばないように、私の存在を完全に消し去るために。
それから数十年。私はエルムンドという名を捨て、旅の魔法使いとして各地を放浪し、困っている人々を助けることにその身を捧げてきた。二度と家族に会うことはないだろうと、そう思っていた。
だが、セントラルで感じたこの魔力。それは、私自身の魔力と、驚くほど似通っていた。そして、その魔力の持ち主が、フロン村から来たという少女であると知った時、私の心臓は激しく脈打った。
(間違いない…儂の血を引く者。儂の孫娘だ…!)
リリアの体から放たれる魔力は、まだ制御されていない未熟なものだが、その根源にある純粋さと強大さは、私がこれまで見てきたどの魔法使いよりも、私よりも優れていた。そして、その魔力が街に漂う邪悪な気配に呼応し、暴走しかけていたのだ。
「この街の闇は…儂が思っていたよりも深いな」
静かに呟く。子供たちの失踪事件。ギルドが動かない不自然さ。そして、リリアの魔力暴走。全てが繋がっているように思えた。
ヤマトと名乗る剣士は、彼の瞳には、リリアへの深い信頼と、この街の闇を断ち切ろうとする強い意志が宿っている。
「この子を…儂に指導させてほしい」
私はそう言って、リリアの寝顔を見つめた。あふれるのは、かつて自らが守りたかった家族への、そして今、目の前に現れた新たな家族への、偽りのない愛情だった。
「この子の才能に惚れてしまっただけだよ」
私の言葉に、ヤマトは一瞬戸惑いの表情を見せたが、やがて静かに頷いた。
(この子には、儂がついていなければならない。そして、この街の闇を、ヤマト殿と共に…)
私は、数十年の時を経て再会した孫娘と、彼女を守る剣士の姿に、新たな使命を感じる。この街に蠢く邪悪な存在を、そしてこの世界に潜む真の闇を、この子と共に切り拓いていかなければならない。
老魔導師の心に、再び熱い炎が灯った。それは、かつて王国を追われた絶望を乗り越え、新たな希望を見出した証だった。
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