第21話 「暴かれた本性。」
『あんたなんか、生まなきゃ良かった。』
「…っ、」
は、と目が覚めると。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
侍女であるリゼが、ルナティアを覗き込んでいた。
「大丈夫…。」
「凄く魘されていましたけど、悪い夢でも見たんですか?」
リゼが温かい紅茶を淹れながら聞く。
「多分…」
ルナティアは小さくため息を吐いた。
「ルナティア様、少しよろしいですか?」
リナリアがルナティアの席にやって来た。いつもの甘い笑顔ではなく、何かを決心したような表情だった。
連れて来られたのは、屋上。
「話って何ーっ!」
ルナティアが言い終わる前に、リナリアが彼女の腕を掴んでぐいっ、と柵に追いやる。
「…何で、ルナティア様なんですか?」
「どういうー」
「私の方がルシア様の事好きなのに!どうして貴方なんですか?」
ーああ、そういう事か。いつかは来ると思っていた。ルナティアはじっと黙り込む。
「私は、入学当初からルシア様の事が好きなんです。平民の私に、ルシア様はとても優しく話し掛けてくれて。…だから私、頑張ったんですよ。必死に貴族に媚を売って、鬱陶しい女達とも仲良くして。」
「…。」
「一緒にお昼を食べて、何かあれば私を守ってくれて。ルシア様は私の全てなんです。次いでに、エリック様やリドル様も味方に付けて、私の学園生活は完璧なものだったのに…。ルナティア様のせいで、変わってしまった。」
リナリアは恨めしげな視線でルナティアを睨む。
「私がヒロインだったのに。貴方が来てから、私はモブに成り下がった。エリックやリドルを利用して、ルシア様の気を引こうとしても、彼は貴方を気に掛けて。2人で旅行をしたと聞いた時も、私は許せなかった。何で私じゃなくて、ルナティア様と…って。」
彼女の殺意は、段々ヒートアップしていく。
「ルシア様は私の王子様なんです!彼が、他の薄汚い女と話してても、将来的に、私の物になると思ったら耐えられました。どんな豚貴族に触られても、ルシア様が助けてくれるから、我慢出来た。…それなのにどうして貴方なんかにっ!」
「ー!」
どんっ、とルナティアは突き飛ばされ、尻もちをついた。何とか立ち上がるが、リナリアはそれを許さない。
ーカシャンッ
「……あ、」
ルナティアの身体は、宙を浮いていた。
声をあげる余裕もなく、ルナティアは下へ落下する。
「これで邪魔者はいなくなった…。」
リナリアはふふっ、と嬉しそうに笑った。
「ーあれ、ルナティア様は?」
マイカがふと言う。
「それが、今日は体調が悪くて早退したそうです。たまたま学園長室を通りかかった時に、聞こえてしまって。」
リナリアがそう言うと、
「まぁ、大丈夫でしょうか。」
「あいつが早退なんて珍しくもないだろ。今までも何回もあるし。」
(…本当にエリック様は鈍感ね。まぁ、利用しやすいから良いけど。)
リナリアはほくそ笑む。ルナティアを屋上に呼び出したタイミングが良かったのか、皆は気付いていない。
彼女を突き落とした後、リナリアは何て事ないように教室に戻った。例え怪しまれても、泣くフリをすれば、皆騙されてくれる。
「…そうですね。」
ルシアも、同意した。
(ふふ。ルシア様、心配しなくても大丈夫ですよ。…だって、"私"が居るんですもの。)
リナリアの心は、完全にルシアに奪われていた。
『貴方なんか、生まなきゃ良かった。』
ーまた、この夢か。
『ごめんなさい...ごめんなさい...。』
小さい少女が泣きながら謝っている。すると、黒い影は大きくなり、
『"忌み子"のくせに!私の夫を返してよ!』
『きゃあああっ』
叫びと共に少女は、黒い影に呑み込まれていく。
そして最後に、黒い影は涙を流して囁いた。
『ごめんね、ルナティア…』と。
「ーっ、」
目が覚めると、ルナティアは地面に倒れこんでいた。
上を見ても彼女の姿はなく、特に騒ぎもない事に安心しながら、ルナティアは立ち上がる。
屋上から突き落とされて、なぜ無傷なのか。その答えは分かりきっている。
「…私が、忌み子だから。」
ー禁忌の儀式から生まれた、呪われた子だから。
『貴方なんか、生まなきゃ良かった』
自分の産んだ娘が忌み子だと知った母は、自殺した。
唯一、侍女のリゼだけがルナティアを見捨てずに傍にいてくれた。
「…今更、過去を思い出すなんて。」
ルナティアは頭痛がした。取り敢えず、マイカ達の所に戻らないと。
そう思った時だった。
「ようやく見つけたわ。…051番」
黒い羽を纏った美女が現れた。妖艶な雰囲気は、意識を
朦朧とさせる。
「ずっと探してたのよ。貴方の家に行ったら、リゼとかいう侍女が出てくるんだもの。"排除"するのが大変だったわ。」
その言葉を聞いて、ルナティアは嫌な予感がした。
「ユイレン…。リゼは…」
「侍女の1人や2人、"居なくなった"ところで別に問題ないでしょ? 」
ユイレン、と呼ばれた美女は不思議そうに言う。
「それより、私は貴方に逢いたかったのよ。だって貴方は、同じ儀式で知り合った私のお友達ですもの。」
彼女は、長い爪でルナティアの頬をするり、と撫でる。
甘くてきつい香水の匂いがした。
「…ねぇ、051番。もう一度、私達の所に"還って"こない?」
鋭い瞳が、妖しく光る。
「同じ儀式で生まれた子みーんな、貴方の還りを待ってるのよ。051番が、この国の王様に連れて行かれた時だって、私達は取り戻そうとしたわ。でも、無理だった。何の力もない私達が、王様に対抗するなんて。今思えば無茶な事だったのよ。」
「……。」
ルナティアは俯いたまま。
「でもね。貴方が居れば、何でも出来るの。私達を儀式で産んだあいつらに、復讐だって出来ちゃう。」
「復讐…。」
「ええ。…だからもう一度、私達のところに還ってきて。」
ユイレンの言葉は密のように甘く、蝶のように軽やかで。
ルナティアは気付けば、頷いていた。
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