第30話 巽の行方②
落ち着いて周囲を見回せば、力尽きたように蹲ったまま動かなくなった大司教、奏太に力を向けられて青を通り越して白い顔で震える光耀教会側の護衛と従者、力こそ向けられていないが光耀教会の者たちを威圧した奏太に恐れをなして青ざめ口を開くこともできなくなっている白日教会の者達、という酷い状態で、室内はシンと静まり返っていた。
奏太が少し動いただけで、ほぼ全員が震え上がる始末だ。
奏太はビクビクしている白日教会の者達に目を向けて小さく息を吐く。
「別に、こいつらに手出ししなきゃ、何もしないよ」
実際、奏太を馬鹿にした者も、嫉妬で部屋に閉じ込めた者もいたが、奏太自身は何もしていない。
奏太が知らないだけで、奏太に悪意を向けた者は巽や亘、椿、汐によって制約に触れない範囲で相応の報いを受けさせられているようではあるが。
奏太はテーブルの上の巽を、もう一度、両手で持ち上げる。陽の気をゆっくり与えながら、巽に呼びかけた。
「巽、聞こえるか? しっかりしろ」
一度、奏太の力を分け与えているので、命の危機は脱した。体の中の力も、弱いが安定している。
「巽」
「……う……うぅ……奏太……様…………」
小さな
「ごめんな。お前に行かせなきゃ、こんなことにならなかったのに」
「……いいえ……僕で……良かったです……奏太様に、何も……なくて……」
途切れ途切れに言う巽に、奏太はギュッと眉根を寄せた。
「無理に喋らなくていい。しばらく力を与え続けるから、このまま寝てろ」
「……僕は……大丈夫……です。……どうか、ご無理……なさらず……」
「無理じゃない。お前にこれ以上何かある方が困るんだ。黙って寝てろって」
奏太はそう言いながら、巽を両手で包み込むように覆う。巽はそれ以上口を開かず、体を完全に奏太の手に預けた。
「光耀教会の者達はどうしましょう?」
状態が落ち着いたのを見て取った椿が口を開く。
「こいつら、なんて言ってたっけ?」
改めて、床に蹲り震える者達の姿を、奏太は冷たく見下ろす。
せっかく落ち着いた胸がイライラと波立ち、奏太の瞳に僅かに金が滲み揺れる。
「侵入者を送り込んだ嫌疑で、俺のことを調べたい、だったか?」
「グッ……ウゥ……ッ」
意識のあった従者と護衛が苦しそうに表情を歪めた。
「奏太様」
「わかってるよ、亘」
亘の厳しい声音に、奏太は苛立ちを胸の奥に無理やり押し込む。
奏太が従者に近づき目の前に座ると、従者はガタガタと震える体をさらにビクッと跳ねさせた。
「巽と一緒にいた奴らをどうした? 護衛と従者がいたはずだ」
しかし、大司教の従者は何も言わない。恐怖で声にならない、という方が正しいだろうか。どうにか奏太の視線から逃れようと、俯き床に視線を落としたままだ。
「なあ、喋るのと焼かれるの、どっちがいい?」
従者はヒッと息を呑むと、そのまま、突然フッと意識を失い、ふらりと体を揺らして倒れ込んだ。
「奏太様!」
亘が鋭い声を上げる。けれど、奏太は何もしていない。力も使っていないし、ただ、言葉で脅しただけだ。
「勝手に倒れたんだよ」
そう言いつつ、護衛の方に目を向ければ、今度は護衛の方が息を呑んだ。
「……お…………お、俺達は何もしてない……っ!」
「大司教様が、そこの妖が何も言わないからと、見せしめに……!」
その言葉に、奏太は眉を顰める。
「……見せしめ……? 殺したってことか?」
奏太の声が低くなる。
「そ、それは……、…………う…………ぐぅ…………っ!」
護衛二人は苦悶の表情で荒い息をしながら喉や胸を掻きむしり、その場に蹲る。
「なあ、聞いてるだろ? 殺したのか?」
「「ウグアァ゙ア゙ァ゙ァ゙ッ!!」」
「奏太様!!」
亘の慌てたような声が、遠く聞こえる。
「椿! そいつらを、奏太様から遠ざけろ!!」
「は、はい!!」
「奏太様、落ち着いてください!! こちらを見てください!」
ガシッと亘に両肩を掴まれ、真っ直ぐに目を覗き込まれた。
「怒りにのまれて、貴方自身を手放してはいけません!」
亘の瞳の中に自分が見える。金の光に塗りつぶされた瞳。ただの人であった頃の自分とは全く違う姿に、怒りがスウッと一気に引いていき、逆に寒気が襲ってくる。どうしようもないほどの吐き気がした。
「う……ぅ……っ」
巽を片手に、奏太は口元に手をあてる。
「奏太様」
背を丸めた奏太に、亘の声が心配のものに変わった。
「………………気持ち……悪い……」
「帰りましょう。商会へ。巽を連れて」
光耀教会の者達の処理を、白日教会の枢機卿であるセキに丸投げして、奏太達は商会に戻った。
セキは後始末を嫌がるどころか、ホッとしたような顔で、そそくさと奏太達を送り出した。
汐はずっとエントランスの階段に人の姿で座り込んでいたのか、扉を開けると同時にガバっと立ち上がり、一直線に駆け寄ってきた。
「汐、巽を頼むよ。力を与えたけど、必要があれば薬を使って安静にさせて」
巽を優しく汐の小さな手に移す。汐は巽を受け取りつつ、眉を下げて奏太の顔を見上げた。
「奏太様、御顔の色が優れません」
「俺も、部屋に戻って少し休むよ」
そう言いつつ、奏太は自分と共に帰ってきた者達を振り返る。
「椿、汐や他の者達に状況の説明を。そのうえで、白日教会が光耀教会をどう処理したか確認してもらえると助かる。あと、光耀教会にあるはずの、殺された者達の遺体の引き取りも……それから、燐鳳に状況を伝えて、弔いと補償を手配してもらわないと……」
さっきから、頭が痛い。胸がムカムカして気持ちが悪い。
「……奏太様?」
汐が、不安そうな声で奏太の腕に触れる。しかし、伝えるべきことは伝えておかなければ、休むこともできない。
「……外に出るときは、行動はなるべく多くで、単独行動は禁止。少しでも危険を感じたら引くように周知して。用が無ければ外には出ないように。商会の仕事も休業だ」
奏太が言うと、椿が言いにくそうな声を出す。
「巽や奏太様と商会の関係を隠すなら、いつも通りに動かしておいた方がいいのでは?」
しかし、奏太は首を横に振る。
「商会をどうするかも、ちょっと考える。今は、できるだけ外部との接触を控えてくれ」
その場にいた者たちが、それぞれに不安気に顔を見合わせる。けれど、奏太はそれ以上、何かを話し合う気にはなれなかった。
「ちょっと、部屋で寝る。しばらく起こさないで」
虚ろな気持ちのままそれだけ言うと、奏太はフラフラと自分の部屋に戻った。
護衛としてついてきた亘を廊下に残し、自室に入りパタリと扉を閉めると、奏太は鍵のかかった机の引き出しを開ける。
奥にしまい込んだ古い桐の箱の中。包みの布を払うと、薄汚れてボロボロになった、手作りの小さな水色の御守りがあった。そこには、濃い青の刺繍糸で 歪に “お守り” と書かれている。
奏太はそれにそっと触れようとして、すぐに指を引っ込めた。絶対に壊したくないものの一つだ。従兄姉達の思いの詰まった大切な御守り。
箱の中に入れたまま、椅子に座って突っ伏すよう机に体を預け、それを眺めるだけにとどめた。
「…………柊ちゃん…………ハク…………」
もう、誰も失いたくないのに。それでも、どんどん死んでいく。理不尽に殺されたり、病に冒されたり、寿命が来たり。理由や時期は様々だ。けれど、行き着く先は、みんな一緒。結局、いなくなっていく。奏太を置いて。
『これからも、同じことは起こり続けます。生き物に生死があり、貴方が永遠に生き続ける限り』
妖界の石碑の前で言われた、璃耀の言葉が思い出される。
「…………辛いなぁ…………」
ポツリと零すと、それに合わせたように、一粒の涙が頬を伝った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます