早めの合宿
「わたーしはー、貴方をまーもーりーたい〜!」
「失礼しま〜す。フライドバスケットと、チョコバナナパフェになりま〜す」
「ありがとうございま〜す」
「……って、行くところってカラオケ!?」
ミュージックがジャンジャンと個室内に響き、モニターには追うように塗り潰される歌詞が表示されている。
宝木さんはマイクを片手に歌い、来留さんはカリカリに揚げられたポテトを頬張るのに夢中だ。
「鬱憤は晴らした方がええやん?」
「けど……黒瀬の……ぐっ!?」
言葉を紡いでいる途中で突然ミニアメリカンドッグを口に突っ込まれた。
「とりあえず黒瀬の身は大丈夫やと思う。……たしかに、いっつも
「そうだよな……俺こそ、ごめん」
いつの間にか指示通りの行動に対する反抗心や先に情報を握っている嫉みが心のどこかで芽生えていたのだ。
適材適所、役割分担、そう思っていたはずなのに驕りが侵食し始めていたのだと平静になって気づけた。
歌い終わった宝木さんはマイクを置き、「ごめん!」と両手を合わせる。
「彗のことで一気にパニックになって、迷惑かけました……ホント〜に申し訳ない……」
そのあと小さな声で「年上なのに……」とぼそり呟いた。
「いや、むしろ言うてくれて助かった。じゃないとこのまま無理させてたやろし……ほんじゃ、情報の整理しよか」
暴走の件、アンドロイドの件、黒瀬の件、すべてはロキの首領である雲切の計画によるものだった。
暴走の件は来留さんの存在を消したかったから。
アンドロイドの件はテミスを潰すため、そして
黒瀬は
「——今、分かってるのはこのくらい。ちょっとしか
「ちょっとってか、だいぶだけど……」
三十秒にも満たないあの時間で、これだけの情報を抜き取れた事実に感嘆した。いや大人しく聞いているだけじゃダメだと穴埋めを考える。
「そっか……辞めたっていうのは雲切さんのことだったのか……なら予知を撹乱させる方法も知ってそうだね。そこでアンドロイドを使って
「おかげで佐倉にまで皺寄せ来て、今はテミスの戦力を削ぐのが目的みたいや」
来留さんはロングスプーンでチョコソースのかかったホイップクリームとバナナを掬い口へ運ぶ。
話している内容は深刻なのに甘い香りがほぐしてくれる。
「管理下にって……俺らは家畜かよ。黒瀬を思考操作させたのって、やっぱりロキの仲間か? それとも、協力者が?」
コーンフレークをざくざくといわせた後、ロングスプーンをパフェグラスへ差し込んだ。
「
「なに? 彗の考えがどうなってるの!?」
言い淀んだ来留さんに詰め寄る宝木さん。
来留さんは何度か瞬きし、歯切れ悪く声を発した。
「……
「私……のため……」
宝木さんはソファの背もたれに体重をかけ、下を向いた。
「宝木さん……心当たり、あるんだよね……?」
「…………ある」
「私らに聞かしてくれへん……?」
「……うん。話すよ」
彼女はミルクティーを一口飲んでから語り始めた。
*
——宝木七花、黒瀬彗、中学三年生のとき。
彗がディケに入って半年くらいの頃だった。
「ただいま……」
ゆっくりと鉛のような玄関を開ける。良かった、今日は静かだと肩の力をほんの少しだけ抜く。
リビングへ向かうとビール二缶目の父とおつまみをせっせと作っている母。
「七花、ご飯そこ」
「ありがと」
テーブルの上にはご飯と豆腐の味噌汁、ししゃもが三尾。父親の前にはそれプラス角煮、茄子の煮浸し、お刺身と小皿が並んでいた。
この空間から脱したい一心でご飯を温めもせず胃に入れる。
八割がた食べたところで父がビール缶を叩きつけるように置いた。
「いーよなぁ……子どもはよぉ……遊んでばっかで!」
空になったビール缶を壁に投げつけ、怒声がリビングに響き渡る。
「ッんだよクソッ……オイ早くしろよ!」
「今できたから……ッた……!」
席を立った父は母の背中を蹴り上げた。力加減なんてされず、母は蹲った。
「お父さんやめて!」
父の腕を引いて止めようとするも焼け石に水。むしろ火に油だった。
「七花ァ……お前小銭稼ぐようになったからって調子乗ってんのか……?」
「ちが……」
またいつものパターンになってしまったか、と諦めた。
父が手を振り上げた瞬間、後ろの掃き出し窓から彗がこちらを見ていた。
手を伸ばし
別に父を守りたかったわけじゃない。ただ、彗を変なゴタゴタを巻き込みたくなかった。
その一心で父を精一杯突き飛ばした結果、彗の
怪我自体はどうということはなかった。
しかし彗には私を傷つけてしまったという意識が強く残り、距離が遠のいたままだった。
*
「——これが、私と彗が変な関係になった原因。……雲切に操られる隙を作った原因」
複雑な家庭環境を耳にし、俺と来留さんは絶句した。正直ドラマや映画でしか観たことのない世界が、すぐそばで広がっていたことに驚愕する。
そして黒瀬がずっと後悔していたことを知り、俺は自己嫌悪に襲われた。
黒瀬は、俺が落ち込んだときに励ましてくれた。
なのに俺は黒瀬の抱えていることを知ろうともしなかった。
「……七花、ありがとう。話しにくいのに話してくれて」
来留さんは立ち上がって宝木さんを抱擁した。
「小学生のときから一緒におったのに……全然……気づかんくてごめんなぁ……」
ビスクドールの肩が揺れ、声が震えている。それにつられて宝木さんの目が潤みだした。
「迷惑……かけたくなかったから……怪我は全部治して……隠してたから……」
俺も鼻を啜り一つもこぼさないよう必死に目を乾かした。
「……ほんでこれからどうするか……やなぁ」
液状化したソフトクリームとコーンフレークを食べながら唸る来留さん。俺もシナシナになったポテトをつまむ。
「これさー、このまま家に帰るのヤバいよな? 家族とか……」
「雲切は
「三人で固まってる方が良いのかな?」
「三人で……」
その瞬間、ポテトを詰め込んだ来留さんが声にならない声をあげた。
「うち、部屋余ってるから来ぃや」
「……うえぇ!?」
「お、ちょっと早い合宿みたいだね」
いくら三人で固まってるのが良いとはいえ、一つ屋根の下で女子高生二人と……さすがに不味すぎる。この前夕飯を食べにお邪魔したときとはワケが違いすぎる。
別にやましいことは一ミリたりとも考えてはいないが第三者から見て健全とは言いがた——
「綿来くんもええやろ?」
「……ハイ」
これは決して押しに負けたのではなく合理的でベストな判断を下したまでである。
「——ってことで、色々あって合宿になったから。一応毎日連絡入れるようにはする」
必要な教科書類や衣服を持っていくために一時帰宅。それと親への説明を兼ねて。もちろん詳しい内容は明かさず、技術訓練だとかなんだとかで誤魔化している。
「結構大変なのねぇ〜……ま、学校から近くなったのは良かったじゃないの! 合宿ってことは一緒にご飯作ったり、枕投げしたり? 楽しそ〜!」
組織壊滅の危機を隠しているのだから当然ではあるが、相変わらず能天気ワールド全開の母に気が抜けそうだ。
そういうところに助けられている場面もなくはないが。
「ごめんお待たせ」
「……枕投げ、しよか?」
「しなくていい!」
「えー、残念やな」
外で待ってくれていた来留さんの耳にしっかりと入っており恥ずかしくなる。
数回の
「ここ、この部屋使って」
案内されたのは玄関を入ってすぐ右側にある部屋。中にはラグマットが敷かれており、ローテーブルに座椅子があるだけの簡素な空間。
「えっと、寝るのは……」
「クローゼットの中に布団あるから、それ使って」
「オッケー」
そりゃそうだよな、まさかキングサイズのベッドが一つしかないからそこで寝るとかバカな展開あるワケないよな、と一ミリだけバカな展開を想像してしまった自分にツッコみ、冷静にクローゼットを開け布団を触った。
「……もしかして枕変わったら寝れん?」
「あぁいや!? 全然大丈夫!」
「ほんだら良かった。じゃー七香が帰ってきたらご飯にしよか」
「あぁ、そうしようか」
彼女が部屋を出ると俺はラグの上で大の字になった。
今日は金曜日で明日、明後日が休日。そして月曜日が創立記念日で三連休。
今後の計画を立てやすいと喜ぶべきか、三連休が潰れると悲しむべきか。可能であれば月曜日までに解決したいところだ。
十八時半。宝木さんが家のご飯を作り終えたとのことでこちらに戻ってきた。
「お腹すいたよね、ご飯どうしようか?」
「ん〜、カップ麺はこれが全種類、冷凍の方は〜……」
「礼奈……毎日これ食べてるの……?」
横で言葉を失っている宝木さん。どうやら今まで知らなかったらしい。
「それ綿来くんにも言われたんよな〜。サプリメントで栄養補ってるしヘーキヘーキ」
「……ちょっと待ってて」
「え、七花?」
そう伝えると宝木さんは玄関を出て行き、数分で帰ってきた。エコバッグにはスーパーで買ったであろう食材が見えている。
「キッチン借りるよ」
俺と宝木さんはその様子を立ち尽くして見ていた。
決して手伝わなかったわけではない。手伝えなかったのである。このテリトリーに爪先でも入れたら焼かれそうな、そんな雰囲気が漂っていた。
「はいできた! てりたま丼と野菜スープ!」
テーブルにドンと置かれたのはタレを全身に浴び、つやつやのお肉と卵の丼。それときのこや野菜が沈んでいる黄金色のスープ。
「すごい……あの短時間で料理が……」
「ご飯はどうやって……?」
「パックご飯だよ〜。さ、食べながら作戦会議と行きますか〜!」
三人とも席につき、両手を合わせ唱和する。
スープはあっさりとした鶏ガラの風味。ほんのりしょうがも香り体が温まる。てりたま丼は鶏もも肉と半熟具合が良い卵が甘辛いタレと絡み、ご飯と最強タッグを組んでいる。
「うま……! 宝木さんすごいな!」
「美味しい……いや私も作ろうと思えば作れるけど……その目なんや!」
料理をしている姿が全く想像つかない彼女をじと、と見つめているとツッコミが入った。宝木さんはその様子を見てくすりと笑う。
「……で、まず報告に関しては私がもう
「雲切が姿を見せたのも、それだけ見つからない自信があるってことだろうしね〜……」
「……こんな人間やとは微塵も思わんかったな……」
来留さんは箸を止め、じっと丼を見つめた。
雲切は元々計画を立ててテミスに近づいたのか。それとも何かがきっかけで途中から計画を立てたのか。だがそれを知る術はない。
「人って見かけによらないって言うしな〜! 難し〜!」
俺は両手を上に組んで天井を向いた。
ふと、黒瀬は今何をしてるんだろう。何を考えているんだろう。と脳裏をよぎる。
「……私、テミス行くわ。雲切の痕跡が残ってる今のうちに」
「えっ、でも、もう向こうでできることはやってるし——」
「私の
来留さんは「ごちそうさま」と席を立ち器をシンクに持って行った。
その後、お風呂どうするか問題についてはシャワーで済まそうとなり、女性陣の後に俺が入ることとなった。
俺は脱衣の瞬間からシャワーを終えるまで無となり、煩悩は一つも飛び出さずに済んだ。
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