switch

「超能力を消したァ!? 何言ってんの!?」

「俺も自分で何言ってんだって感じだけど……多分、消した……」

 あの後、その場でメッセージアプリを開きディケのグループチャットに【いまロキの奴らに会った。話したいことがある】と送った。

 すぐに既読がつき直接話そうという流れになったため、三人で部屋に集まり今に至る。

 黒瀬は長い息を吐きながら机に項垂れた。

「無事だったならとにかく良かったよ〜。……けど、消したなら礼奈の暴走も収まってるはずだよね」

「粒子化から戻ってないのが良い証拠でしょ。絶対気のせい」

「え〜!? 綿来くん、私にもできる? その消すやつ!」

「やるの!?」

「だって戻せる感じはするんでしょ?」

 疑って信じない黒瀬に対抗するためか宝木さんが自ら買って出た。怖いもの知らずにもほどがある。

「ちょっと待って。それで戻らなくなったらどうすんのさ」

「あれ〜? 彗は信じてなかったんじゃないの〜?」

「もしもだよ。信じてるわけじゃない。……綿来、僕にやってみてよ」

「マ、マジで言ってる!?」

「マジ」

 黒瀬の目は覚悟が決まっていた。一番最悪なのは黒瀬の超能力が消え、戻らないこと。これなら何も起こらない方が良いのではないか? と色々考えていれば黒瀬から「早く」と催促される。

「俺責任取れねぇぞ!?」

 差し出された腕を掴み感覚を研ぎ澄ませ——発動した。

 黒瀬の腕から手を離しパイプチェアに座り直す。

「……なにも変わった感じしないけ……ど……!?」

 空になったガラスのキャニスターに手を翳すがなにも起こらない。黒瀬の念動力サイコキネシスが発動しないのだ。

「す、彗の超能力が……!?」

「え、嘘でしょ。調子悪いだけ……とか今まで無かったな、本当にそんなことが……」

「ヤバいヤバい、戻す! 戻すから!」

 絶対に戻せるという確証はないが机から身を乗り出し、黒瀬の肩を強く掴んだ。深呼吸し心を落ち着かせ、もう一度発動させる。

「……あ」

 次は無事にキャニスターが空中に浮遊した。

 黒瀬の念動力サイコキネシスが戻った証拠だ。

「よ……良かった…………」

 俺は緊張から解放され、背もたれへ重心を移し天を仰いだ。

「本当に消せるんだね!?」

「黒瀬今の本当か!? 演技じゃねぇよな!?」

「なんで疑ってた人間が演技すんのさ!? てか綿来が言い出したのになんで驚いてるんだよ!?」

「お、俺だって自分で信じられなかったし!」

 俺の慌てる反応に続いて黒瀬も驚く。部屋の中はプチパニック状態だ。

「……で、切替能力スイッチが判明したところで……これ、報告する?」

 黒瀬は副リーダーである宝木さんに尋ねた。

「うーん……一応報告だけしておくね。綿来くんはまた検査になると思うよ〜」

「超能力波がやっとキャッチできるかもね」

「いやーどうだろな〜?」

 とは言いつつも、黒瀬の言葉に浮ついた心持ちになっていた。

 

 そうして話題は来留さんへ移った。

「来留さんって、粒子化してたら精神感応テレパス使えないのかな。少しでもキャッチできたら良いのに」

「どうなんだろ、聞いた事ないなぁ〜」

「それより来留はなんで見つからないんだろね。あの人の強化能力ブーストは三分なのに」

 黒瀬に言われて今更ながらハッとした。

 暴走しない程度の強化が三分という制約なら、暴走させる強化ならもっと時間が短縮されるはずだと考えるのが普通だ。

 なのに来留さんは一向に発見されない。

「佐倉さんの仮説を基に考えられるのは、暴走自体はすでに終わってて元に戻ってるけど、遠い場所で戻るに戻れないパターンとか? 暴走が続いてるなら、強化能力ブーストはあくまできっかけにしかすぎなくて、自分で暴走状態から抜け出せない……とか?」

「ループ状態ってこと?」

「そうそう。ちょっと分からないことが多すぎて、どれも憶測でしかないけど……」

「ま、とにかく綿来が第二の超能力に覚醒したってのは本当だったってことで。……来留が帰ってきたら忙しそうだね」

 二人が同時にこちらを見る。

「……えっ?」

「任務がすぐ終わりそ〜!」

「お役御免にならないように頑張らないと」

 好き勝手言いながら椅子から立ち上がり帰る雰囲気を出す。俺はまだまだ超能力者エスパーと対面で渡り合える人間ではないのだから、大きな期待は寄せないでほしいところだ。

「あ、連絡返ってきた。綿来くんは明日、支部で検査してって」

「分かった、行ってくる」

「いや僕も行くよ。検査結果気になるし」

「え、私も」

「そんなに気になる!?」

 二人の野次馬魂が炸裂し、結局全員で向かう約束をした。


「今日はエビフライですよ〜」

 帰宅後。ダイニングテーブルにはご飯、味噌汁、きゅうりのサラダ、そしてエビフライが五尾鎮座している。

「いただきます」

 いつものように味噌汁から始まり、エビフライへかぶる。ぷりっとした歯応えとざくざく食感に舌鼓を打つ。

「綾人、最近任務の方大丈夫なのか? 大変だったんだろ?」

「そうなんだよ。今は休止中」

 親には心配をかけると思い、オブラートに包んで説明はしてあった。あまり探られないよう、簡単に答える。

「はぁ〜そうか」

「あと、俺……本当に超能力に目覚めたかもしれない!」

「え〜ほんと〜?」

 真剣に言っているのに母は笑いながらきゅうりサラダを食べている。ほんの少しムッとして今日の出来事を一部掻い摘んで伝えた。


「——って、ことだから。これは本当に超能力でしょ!」

「う〜ん……」

 父はエビフライを見つめながら考え込んだ。

「なに?」

「それな……もしかしたら……もしかしたらだぞ」

「だからなに」

 父は食物を嚥下すると真っ直ぐにこちらを見た。

「雪女の血……かもしれない」

「……ゆ、雪女……?」

 挟んだはずのきゅうりが箸から滑り落ちる。

 どうしてここで新たな妖怪の名が出てくるんだ。

「雪女? 初めて聞いたわよ?」

「俺も今まで忘れてた。だいっっぶ古い血だけどな」

「……そ、それがなんでこの力と関係あるんだよ……」

「雪女は精気を吸い取る力があるんだ。それが変化して目覚めたのかもな」

「退化というか、進化? なんだろうね〜」

 先祖に雪女の血が入っているというところまでは理解した。だが、精気を吸う力が超能力の切替能力スイッチに変化した? 流石にこじつけにもほどがある。

「父さんが言ってるのは無理矢理だ。それっぽく繋げてるだけ」

「だからもしかしたらって言ったじゃんかよ〜! 推測だからそんなに怒るなって!」

「別に怒ってないし」

 俺は茶碗からご飯をかき込み、両手を合わせてから食器を運んだ。


 階段を駆け上がり自室のベッドへ背面からダイビング。

 先ほどからやたらモヤモヤとイライラが渦巻いて消えてくれなかった。

 どれだけ俺を妖怪の枠から出ないようにしたいんだ、と父への怒りが収まらない。

「……くそ……明日分かることだし……!」

 俺はやるべきことを最低限済ませ、さっさと眠りの海に潜った。


 *


 一旦睡眠を挟んでしまえば怒りは薄まっていた。だが薄くなっただけで消えてはいない。

 朝食を取り身だしなみを整え制服に袖を通し学校へ足を運ぶ。教室でスマートフォンをいじっていると一瞬だけ教室の中がざわついた。

 思わず反応してしまい教室全体を一瞥する。

 

 紅茶にミルクを垂らした色をしたふんわりとうねる髪に色素の薄い目。

 来留さんだ。

 けれど本当に彼女か? 見間違い? 夢? いやそんなわけない、これは現実だ。

 彼女がバッグを机に置くとこちらの席へ向かってきた。

「…………心配、かけたな。ごめ——」

 俺は来留さんの腕を引いて廊下へ出た。階段を降り、その裏側の空いている隙間に入る。

「本当に……来留さん……!?」

 両腕を握ると、形がある。熱がある。生きている。

 目の奥がじんと痛くなった。

「そうやで。……昨日の夜にやっと戻れてん。多分暴走させられたらしいな。……それと、綿来くんが別の超能力に目覚めたかもしれんって話も聞いた。戻れたのも綿来くんのおかげなんやろ?」

 俺は来留さんから手を離さなかった。離せず、そのまま屈み込むと二、三滴の雫が床に落ちた。

「俺は……あのときなにも、できなかった……来留さんが戻ってくれて……生きてて……良かった……」

「なんか、そんなに言われたら恥ずかしいわ」

 薄紅色の頬をした彼女が眉尻を下げながら笑みを浮かべた。俺も、彼女につられて口角を引いた。


 夕刻。支部で再度検査することになったため、黒瀬と宝木さんを部屋で待つ。事情を知った来留さんも「私も行くわ」と言い出し、彼女も同様に待機。

「おつかれ〜……って、れ、礼奈〜!?」

 来留さんを見るや否や、宝木さんはダッシュし抱擁した。抱きしめられた強さから「ぐえ」と潰されたような声を上げる来留さん。

精神感応テレパスでもなんでもいいから、戻ったなら教えてよ! なんで黙ってたの!」

「いきなり精神感応テレパスでもしたらびっくりさすと思て……ご、ごめん」

「戻ったのは良かったけど……体とか、超能力は大丈夫なの? 安静にしてる方が良いんじゃない?」

 黒瀬はキッチンでなにやら作業をしながら冷静に尋ねる。

「検査も異常なかったし、体調も万全やで。夜に研究員バタバタさせたのは申し訳なかったな……」

「テミスからも礼奈の調子次第で任務再開、ってメール来てる。……礼奈、本当に無理しないでね」

「分かっとるよ。二、三日様子見てみるわ……お?」

 キッチンから出てきた黒瀬が持ってきたのは切り分けられたホールのシフォンケーキ。真ん中にどんと置き、小皿を四人分並べた。

「暇だったから作ったんだけど、快気祝いってことで」

「うわ、黒瀬のお菓子久々! いただきます〜」

「あ、なんか甘い匂い! メープル?」

「正解」

 皆シフォンケーキに群がり、しっとりと弾力のあるケーキを味わう。噛めばメープルシロップの香りが広がった。

 来留さんはすでに二切れ目に突入している。

「食べるの早くない? 喉詰まるよ」

「いけるいける」

「礼奈ゆっくり食べなよ〜」

 心のどこかでもう無理なんだと絶望が襲ってくるたび、必死に掻き消して押さえ込んでいた。

 そんな諦めかけていた景色が、目の前にある。

 メープルシロップを混ぜ込んだシフォンケーキは少しだけしょっぱかった。


「他人の超能力を操作する超能力……ねぇ。礼奈ちんの暴走といい、分からないことが多すぎて頭がこんがらがるわ〜!」

「あの佐倉さん、検査は……」

「いまやっとお昼ご飯だから! 食べ終わってからでいい? ……あっち! あ、その辺座るなりご自由に!」

 支部に来たものの健診ルームで佐倉さんは見つからず、医務室にてインスタントのカップうどんを啜る彼女を発見。

 俺と黒瀬はパイプチェアに、来留さんと宝木さんはベッドに腰をかけた。なんとも自由気ままな空間だ。

「礼奈ちんは本部で検査してもらったんでしょ? なんて言われたの」

「状況からして暴走させられたのは確実やて。三分でそれは終わったけど、広範囲に散らばってもうたから回復にだいぶ時間かかったみたいや」

「ほー。じゃあ結局アヤトンの目覚めた超能力は関係なかったってこと?」

「けど……綿来くんがロキと接触して強化能力ブーストを消した時あたりから、急激に回復が早まったらしい。私を感知てくれた接触感応能力者サイコメトリーの研究員さんが言うてた」

「へえ〜。じゃあ本来ならもっと時間かかってたってわけか」

 表情が崩れそうになるのを唇を喰んで誤魔化す。来留さんが気を遣って嘘をついてくれているんだろう、と心の中で唱え続ける。

「それにしても、何を狙ってるんだろうね。礼奈を戦力外にさせた次は、綿来くんを連れて行こうとしたんでしょ?」

「暴走させようとしたけどできなかったから、物理的に消そうとしたんじゃないの? ……いや、それなら四人目の仲間が強行手段に出るはずか」

「分からないことが多すぎる〜! 仕事をこれ以上増やさないでくれ!」

 佐倉さんはヤケ食いするようにうどんをずるずると吸い込んだ。

 今考えればもっと相手の情報を引き出すべきだったな、と反省。

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