第18話 倉庫にて


「そこのジェントルマン様!私がお守り致します!今いざ参らん!!」


――ピィーピィー

 甲高い音と共に、やってきた。

 異国情緒、漂わす燕尾服に貼り付けた様に乗せた

花柄のティーポット。


 誰しもが一度は見て通り過ぎれば、振り返ってもう一度その姿を見たくなる様な。

 そんな気品と奇抜な姿。


「っち!!またお前かよ!」


 雄叫びを挙げて、駆け寄るティーポット殿に目掛けて金属バットを振り回しながら奴も走り行く。


「ベレッタ殿!」


 何やら鋭利な物が高速で飛んできたと思えば、鉄の柱に巻かれていた手縄が解かれた。


 手縄が外れて久しぶりに自由に手足を動かせることに感動していたいのだが、今はそれどころではない。急いで奴を止めなければ。


――人を守る為に学んだのだろ護衛術を!


「うおおお!」


 ガラ空きな奴の後ろ姿を追いかけて、ワタクシも飛んで行った。不規則に振り回された金属バットに躊躇いつつも、奴の腕を抑えた。


「やめろ!触るんじゃねぇ化け物共が!」


 腕を抑えてバットの自由が効かなくなると、ティーポット殿は無理矢理、手から離させた。


「もう、観念して下さい。抵抗もせずに静かに、此処で民兵が来るまで待機して下さい。」


「ハハっ!民兵だろうとお前ら癖者の言う事を聞いて信じてくれると思っているのか?」


 抵抗を精一杯にするので力強く腕を抑える。

 これでは反省も戦意喪失も望めないな。

 ワタクシはティーポット殿と顔を見やる。


 「取り敢えず縄に巻いておきましょうか。」

 ティーポットどのが提案した。


 一ヶ月振りのティーポット殿との再会は呆気なく、感動や募る感情も湧いてはこない。

 何せ突如として解雇を言い渡され、その日に国を追い出されたからな。

 

 その真逆の感情は少なからず湧いてはくるが……


 あの日、王座の間にティーポット殿はいたが、口は一つも開かず目も合わせずだったのを覚えている。

 仕方のない処罰に抗う事もしなかった印象で酷くショックを受けていた事も……


「ベレッタ殿……申し訳ございませんでした」


 奴を縄に縛りかけながらワタクシはティーポット殿の声に傾けた。


「あの日、貴方を解雇させてしまった事、そして今日、貴方を助けるのが遅れてしまった事、全てに」


「解雇させられたのは不可抗力ですよ。実際、無断でユパロンに出向いてしまいましたし……今日だってワタクシは一言も皆さんに助けて欲しいとは懇願していませんでしたし。」


 奴は縄に静かに巻かれていると思っていたが、目を瞑って眠っているらしい。


 ワタクシは縛り付けて改めてティーポット殿の姿を見て続けた。


「――謝罪なんて求めてないですよ、誰にも。」


 ティーポット殿は何も言わず、真摯にワタクシに頭を下げていた。高価そうな燕尾服に砂埃が付いていて地面を蹴って急いでワタクシを探していたのを伺える。


 単身でやってきたのかは分からないが、何の為にワタクシと顔を合わせようと思ったのだろうか。

 こうして謝罪をする為なのか、或いは天地がひっくり返って、またポロペ国の王宮で護衛兵として働く事が許されるのか。


「ゴルド王子が正式に女王の愛人となられるとしても、確かに……不可抗力であったかもしれません」


「なっ、今なんと……」


 ――女王の愛人だと?


「シュルツ外交官の采配と思われます。あの夜の記事を元に両国民にプロパガンダを仕掛けたのです……二人の結び付きを得る為に」


 やはりシュルツ外交官が動いてしまった。

 止める事ができなかった、ワタクシが増長になって女王に近づきすぎたんだ。

 

 ワタクシは手を強く握り締めて、遣る瀬無い想いを凝縮していた。

 

「あの号外が虚報であると、国民に再び示す代わりに女王はゴルド王子との交際を認めました。ただ、きっとそれも……」


 ティーポット殿が俯き口を滞らせた


「癖者が不利になる様な、悪印象を受ける様な訂正の仕方……」


 ティーポット殿が軽く頭を縦に振る。


 ユパロン国の国民に悪意を振り向いてしまっては両国に溝が出来てしまう。

 女王からしたらそれは何としても避けるべき――自国民の信頼低下にもなり得るし貿易物にも影響が出てくるから。


 確かに交際して無理にも結び付きを得れれば両国の利益になる得り、持ちつ持たれつの関係性が強固になるかもしれないが


 ユパロン国民の声は女王ではなくゴルド王子から女王を取ろうとした癖者と言う概念に飛び火する。


 女王にとって、もう一つ回避しなければならない

 ――癖者の強制送還に繋がってしまう


『そこで――君だよ。君を利用して……君から始まめるのだよ癖者共の楽園の終焉をな。』

 

 シュルツ外交官の声が頭で聞こえてきた。

 ワタクシの脳内を侵すようにと……延々と声が聞こえてくる。


 その第一弾目として、ワタクシを国外通報させる様に仕向けたと言うわけか……


「二週間後に交際契約書を結ぶ為に女王はユパロンに赴きます……今回を逃せばきっと、後戻りは出来ないでしょう」


 ――楽園の終焉

 その重っ苦しい単語が頭にくっ付いて離れない


 ティーポット殿は深刻な声で続ける。


「ベレッタ殿が必要です……この事態を変えるには!ポロペ国の全ての癖者達を救うには!」


 ティーポット殿がワタクシに手の平を差し出した


 この手を取っていいのだろうか。

 いや、取らない訳ではない、純粋な感想である。

 

 「その役目はワタクシが適任なのでしょうか」


 急に手が震えて来た。

 きっとこれはワタクシの人生においてもポロペ国とユパロン国にとってもターニングポイント。


「ベレッタ殿しかおられません。貴方様は今、岐路に立っています。不当な理由で国外通報され、職も居場所を失われました。」


「これは私の責任であり国の責任……その後の事は何でも私が受け入れましょう」


「現在、ユパロン国にシルバー護衛隊長が出向いております。国民の声を直に聞く為そして……“ゴルド王子の意中”を探す為」


 ――ゴルド王子の意中?

 なぜティーポット殿がその事を


「な、なぜゴルド王子に意中がいる事が?」

 ティーポット殿は粛々と答える


「女王の予測ですが、確かに私も感じていましたゴルド王子から発せられる何かを隠している様なそんか独特な風情が。」


「そ、そこまで見通されていられるのですね……」


 ここまで推理されているならば、知っている情報は話した方が早い……

 だが、意中の相手を見つけたからと何が起きると言うのだろうか?


「その相手を見つけたら晒し上げるつもりか?」


「いえいえ、そんな非道な事は致しませんよ……ゴルド王子に説得してもらうのですよ。そして直接、号外が虚報である事、全て嘘であると」


 なるほど、確かに虚報の内容は王子が被害者。

 その被害者から全て虚報であると真摯に説明すれば、国民は信じてくれるかもしれない。


「そうなれば、大舞踏会でワタクシが女王と舞踏をした事実はどうなるのでしょうか。」


「それも全て虚報であると伝えるのが波風立てないでしょう……事実を虚報する事と虚報を事実にする事とは訳が違いますが仕方ないです」


「……そうですか」


 紳士として嘘はなるべくつきたくはないが

 仕方の無い……ことか。


「一つ約束をしてくれ」


 計画を整理するとこうだ。

 シルバー隊長がゴルド王子の意中を探し出し、その相手に直接、王子に号外が虚報であると国民に知らせる。それを交際契約を結ぶ二週間以内にしなければならない。


 だが、コレでは詰めが甘いのかもしれない……

 それは後々、王子の意中相手“クプルム”さんの情報を伝えると共に詰めるとしよう。


 「約束……私が出来る事ならば何でも」


 ティーポット殿が真っ直ぐワタクシを見つめた。


 「ありがとございます。ティーポット殿、貴方はいつの日も逞しく慎ましく、助けて下さいます。今後もそれに甘えることになるかもしれないけれど、どうか宜しくお願いします」


 ティーポットは深々と頭を下げながら、謙虚にワタクシに再び手の平をワタクシに向けた。

 ワタクシはその手を、ゆっくりと取った


「……家族をポロペに移住させて下さい」


「もちろん、そのつもりでございました。」


 ――ゴゴッ!


 手を取り共に握手をしていた時、ワタクシ達を照らしていた光が一瞬、遮られた。

 誰かが倉庫に来たらしい。


「キュウラン!キュウラン!」


 誰かを呼ぶ、嗄れた声が倉庫を反響させた。

 その声、ワタクシは一度聞いた事があった。


 姿を見ようと後ろを振り返ると驚愕した

 ――母の知り合いの男ではないか

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