第9話 責務

 執務室にて目を通さなければいけない書類の山が複数、卓の上に並ぶ。

 その卓に座り、はぁー、と妾は吐息をする。


 ユパロン国との貿易拡大の件、新たな癖者の受け入れの書類、国民の要望としての新たな建設事業などの書類や資料、記録文書だ。

 コレらに全てに目を通し印を押す作業じゃ。


 確かに業務の委託をしようと思えば全然、出来たのだが、妾は女王としての責任を持っている。

 進んで王政をせずに王は名乗りたくない。


「……ん?」


 ふと山の文書から気になる紙が覗かせた

 それは妾の好奇心を増幅させた。

 

 ――分類 銃の曲者 ベレッタについて


 どうやら、ベレッタの身辺に関わる文書の様だ、やれとくと拝見させてもらおうか。


 その紙をサッと抜き去り、妾は内容を見た。


 家族構成、出身、年、出国理由などのプロフィールが書かれていた。


 ティーポットから大まかに聞いていたが、彼の母親は相当な患難かんなんに見舞われているな医者に診せる為の資金集め、生活費目当てか……


「なっ!!」


 驚いて思わず、声が出てしまった事にも妾は驚いたが、問題なのは彼の年齢だ。

 

 なんと妾と同じ十九ではないか。

 人の年齢などに難癖などを付けるつもりはないが、あまりにも彼の立ち振る舞いを鑑みて同じ歳である事は想像し得なかった。


「それに奴の故郷と言うのは“モ・ルエニラ”であったとは。確かに南の遠国ではあるが……」


 また一つ、彼のことを知れたな。

 彼が護衛になって一ヶ月近く経ったが中々に彼は興味深いな、飽くる日は来るのやら。


 妾は椅子の背もたれに、沈んだ。

 まだ紙の山は三号目も登っていないので今日は徹夜を覚悟する。


 

 ――コン!コン!


「女王様、ご報告があります!」


 突然、勢いのあるノックで執務室を揺らす。


「誰じゃ、入れ。」


 扉が開くとトカゲの傭兵が顔を出した。

 名は確かアルベスと言ったな。


「突然の喚きと訪問、失礼いたしました。門番を担当しています傭兵でございます。女王様に緊急のご報告があります」


「なんじゃ……」


 妾は紙の山を避けつつ頬杖をついた。

 緊急か、何を持って緊急なのか深く聞き入れてやろうか。丁度、集中力が切れたところじゃ


「私と門番を担当していた銃男が、仕事を抜け出しのです!」


「なんじゃと誠か……?」


「あ、はい!奴は恐らくユパロンに向かったのだと思います。コレは立派な仕事放棄です!奴は女王様のご厚意に甘んじで怠惰を働かせたのです!」


 あのベレッタがユパロンに向かったじゃと?

 何か訳があるのかも知れぬ。

 だが、何のために?


「今すぐにでも奴を解雇させるべきです!

 そして捕えて罰を与えましょう、コレは女王の尊厳と信頼を裏切る国賊行為だ!」


 彼がそんな事をするのだろうか、あの紳士的態度と素直な性格じゃぞ?

 いや素直な性格だからこそ、何かの拍子で自暴自棄になり逃げ出したのか。


 ――否


「お主、傭兵のアルバスじゃな」


 妾は席を立ち必死に訴える傭兵にジッと目を通し、其奴の態度を深く観察する。


「え、はい……よくお分かりで」

 自身の名前を覚えられていた事に動揺を見せる、相変わらずのゴツゴツとした緑の肌は硬そうじゃ


「ベレッタとは、知り合って幾つじゃ?」


「……い、一ヶ月ほど?」


「ならば、分かるだろう。彼が何も前触れなく業務を放棄する訳なかろうし職も失いたくないさ。ならば、なぜ離れたのか、お主は想像できるか?」


 トカゲの傭兵は茫然と妾の顔を見る、静止しているが明らかに汗の量が増えている。

 此奴、矢張り何か嘘をついているな


「……え、えと……自分の為?」


「人のため、世の為じゃ戯け者。」


「発端となったのは例の号外じゃろう。あの記事で妾やゴルド王子の著しい悪評を避けるために自身の悪評など諸共せずに独りで誤解を解こうとしているのじゃぞ?」


「あ……えと」

 アルバスの威勢が消え去った。

 

 まあ妾も、ちと強く当たり過ぎたな。


 妾は席を座り、また頬杖を付く。


「取り敢えず、ベレッタが帰還するまでは解雇か否かの決定は待つとする。良いな?」


「はっ!」

 アルバスは頭を下げて執務室から離れようと歩みを進め、汗が滴るのを妾は確認した。


 報告は、有難いが主観や私情を多分に含んだ発言は辺りに混乱と誤解を与えかねぬ。

 多少のベレッタへの嫌悪も、発言から窺えるな。


「アルバスよ、悪かったな語彙を強くして。だが同じ人間として大切な事を胸に抱き続けろ」


 扉を開け離れようとするアルバスに声を掛けた。


 ――皆、生きてる


 故に人間じゃ。

 だからこそ過ちはある

 それを許せるかは別の話だがな。


「……あ、きょ!恐縮です!」


 彼は焦りを見せて、先程の軽いお辞儀よりも遥かに深い直角なお辞儀を妾にして見せ――

 

 そして


 バタンと扉を閉めた。


「はぁ……何が起きているのやら」


 独りになった執務室で紙の山に囲まれる中、深い深い溜息を吐いてしまった。

 

 厄介な事に共に巻き込まれてしまったな

 ベレッタよ。

 

 ユパロンのあの聡明な外交官は何を考えてる。

 ポロペとの政治的な結び付きを求めているのか?

 それは何故じゃ、ポロペ国の領地を得たいが為なのだろうか。


 だからと、あの号外を発行すれば国家間と国民の関係は悪化するのは目に見えている筈。


「あぁ頭が痛くなるな、何を企てているのだ?」


 執務室の窓から王都を眺めた。

 少し頭と目が疲れた……


「ベレッタ、お主も気負いわなくて良い。全て妾の責任にある誤解を解くのも妾の務めなのだから。」


 妾は目を思い切り瞑り、思考を整える。

 息を吸い、目の裏で未来の行動を考える。


 ――バタン


 瞬時に思い立ち、執務室の扉を開けた。


「ティーポット!ティーポットはおるか?」


 さあ、最後までしっかりと責任を負うとしよう。


「はい!ここにおります」


「今すぐ、ユパロンに妾を連れて行け」


 ベレッタは何も悪くはない、妾は王としての責務と重圧を通すまでじゃ。

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