第24話 変わる空気

光が顔にあたる。目を瞑っていても眩しい。瞼は光を完全には防いでくれない。

太陽の光は瞼を閉じてても存在感を主張してくる。

どうやら寝ちゃったみたい。保健室のベッドも悪くない。

いや、家のベッドの薄い安物のマットレスよりもずっといい。

隣に向けて手を伸ばす。伸ばした先はただの空いたスペースだった。

「あれ?朔たん?」

どうやら先に起きてどこかへ行ってしまったみたい。

体を起こしあたりを見渡す。部屋の真ん中にあるテーブルと長椅子。

そこに朔たんはいた。椅子に座り、本を読んでいる。メガネを外し、体操服にジャージを羽織った服装で文庫本を開いている。少し湿った髪、首にはタオル。光のおかげだろうか、少女漫画のキラキラシーンのようなドラマチックな光景が目の前に広がっていた。

「月森さん。起きたんだ。おはようございます。」

彼が私に気づき声をかける。顔の所々にはやはり絆創膏が貼られている。

「朔たん…おはよう。」

目の前の彼の姿に私も笑いかけながら挨拶を返す。胸の内側がじんわりと温かくなる。

少し目線を上に向け時計を確認すると午前5時をちょうど指したところだった。

「月森さん。お風呂、入ってきたら?5階にシャワーがあるよ。」

彼の姿の理由に納得した。それにしても、この学校、シャワーもあるんだ。

全然生活できる。何なら、私の家よりいいかも。ボーっと、そんなことを考えていた。

「着替えある?一緒に行きますか?案内も兼ねて。」

彼は立ち上がり動く準備をする。彼なりの優しさであり、おせっかい。

あの日ぶつかって、あの日救われて、そして繋いでくれた。ようやく、分かることができた。

私は、私らしくそれを受け取る。

「着替えは教室に体操服とジャージがあるから大丈夫。シャワーは5階だっけ?それも大丈夫。一人で行けるよ。それとも…」


「一緒に行きたいの?」


わざと悪戯っぽく言ってみる。素直じゃないけどそれが私。受け入れてほしいわけでも愛してほしいわけでもない。

でも、そうしたくなった。私って…本当に子どもだ。


「え…いや、べつに…そんなんじゃ…。」

朔たんが焦る。爽やかさが台無し。でも、かわいい。かわいいというか…愛しい?

よくわかんないけど、何だろう、この感じ。ドキドキともウズウズとも違う。でも、確かに胸が騒いでる。ちょっとだけ、恥ずかしくなる。

「じゃ…じゃあ、お風呂行ってくるね。」

足早に保健室を出ていく。教室で着替えを取って階段を駆けあがる。

タオルがない…よかった、シャワー室に置いてあった。理事長と黒森先生に心の中でお礼を言い、拝借する。

蛇口を捻り手に水を当てる。徐々に温度が上がり、ちょうど良いところで上昇が止まる。

体に当て、全身を流す。全てを洗い流す。少しずつ気分が冴てくる。

「ふぅ…さっぱりした!」


体操服にジャージを羽織り、教室に向かう。保健室じゃなくて教室に向かう。

朔たんならそこにいると思うから。

教室のドアを開ける。そこには箒を持った人影が一つ。私の良く知る姿が一つ。

「月森さん。お風呂あがったんだ。」

「うん。さっぱりした。」

体操服にジャージを羽織った男女が2人、朝の教室で向き合う。

「朔たん、お揃いだね!」

「体育の時と同じだよ。」

「メガネは?見えてるの?」

「コンタクト付けてる。ゴワゴワするから苦手だけど。」

「そっちの方がいいよ。」

「僕が嫌。だから選んで、約束通り。」

「わかってる。私が選んであげる。」


じゃあ、来週に。


「黒森、教室に入らないのか?」

「無茶言わないでくださいよ。後で出直しますよ。」

「そうか、我はもう少し眺めとくとしよう。」

「邪魔しちゃダメです。教務室に戻りますよ。それに、もうすぐ夏季休業です。」

「ほう、ようやく一息つけるのか。長かった。」

「一息つくのは早いですよ。補習の準備もありますし、休暇前の事前指導の準備もあります。だから、早く戻りますよ。さもないと徹夜です。」

「我の休息を守るためなら、致し方ない。」


五月蠅い目覚ましは…聞こえない。

どうやら随分早く目が覚めてしまったようだ。心臓の音が少しだけ軽やかで早い。

自分が思っている以上に楽しみにしているのかもしれない。それを認めざる得ない。

制服に着替え、階段を降りる。

「あ、おはよう。」

「あら、青。早起きね。ごはん、一緒に食べようか。」

台所に立つ母親と目が合う。リビングを見ると父親がソファに座って新聞を広げている。

父は無口だ。ほとんど言葉を交わしたことがない。

そのせいだろうか、どんな声かと聞かれても自信を持って思い浮かべることができない。

母親が朝食をテーブルに運び俺と父親を呼ぶ。

それに従う形で席に着く。出来立ての卵焼きを口に運ぶ。ふわふわ加減が違う。

こっちの方がずっと美味しい。そう、出来立ては美味しいんだよ。

食事もそこそこに両親は出発の準備をはじめる。

「じゃあ、青。行ってきます。戸締り忘れないでね。」

「わかってる。」

母親の言葉にシンプルに答える。父親は、俺と目を合わせ頷く。アイコンタクトってやつ。

何となく意味が読み取れるのは親子だからだろうか。


「あら?青!お友達が来てるよ!」


玄関で母親が声を張る。来客、平日の朝に。俺の家の前で、待つように。

不思議と驚かなかった。心当たりがあったから。

唯一予想外だったのは約束の時間より随分早いことだ。

「今行く!」

荷物を持ってきておいて良かった。手早く準備を整え、玄関に向かう。

その来客は両親と会話していた。

「神代 凛です。佐久間くんとはクラスメイトです。」

「あら、丁寧に。青の母です!うちの子と仲良くしてくれてありがとね!」

「…父です。」

「それにしても可愛いわね。あら、それギター?ギター弾くの?」

「はい。少しだけ…ですが。」

「この人もね。やってたのよ!ギター!そして、私が惚れた理由。」

「そう…なんですね。」

神代さんが母親のペースに呑まれている。母親は少しだけそういうところがある。

しかし、父親が音楽経験者なのは意外だった。というか、知らなかった。

「ちょっとちょっと!神代さん困ってるから!離れて離れて!」

慌てて神代さんの手を掴み足早に学校への道を進み始める。

振り返ることなく神代さんの手を引いて歩みを進める。


「あの子もやるわね。」

「…ギターか。お前によく似ている。」

「何それ(笑)。でも、まるで私たちの逆バージョン!なんてね。さあ!今日も頑張るぞー!」


家を出発してからしばらくして、その速度はゆっくりになる。

「神代さん。ごめんね。うるさい母さんで。」

「ううん。凄くいい人だったよ。楽しい人だね。」

神代さんが微笑みながら言う。そして、不思議と楽しそうでもあった。

「それにしても、神代さん。随分早く来たね。」

「…そうだね。友達と一緒に学校に行くの、初めてだったから。」

友達!?クラスメイトから友達にグレードアップした!?

いや、考えすぎか。言葉の綾というやつだ。

「佐久間くん。そろそろ夏休みだね。」

「あー、そういえば。」

「何して過ごすの?」

「全然決めてない。家で、ゆっくり過ごすかな。」

「それだけ?」

「…それだけ。」

「少しは外に出ないと。」

「それは、そうだけど…。」

「来週、夏祭りがあるの知ってる?」

「…知らなかった。」

「でも、空いてるよね?」

「…うん。」

「じゃあ、一緒に行こ?」

心臓が高ぶる。意外で、嬉しくて、ドキドキして、逃げ場のない誘い。

神代さんにバレないように平穏を装いながら、学校に到着した。

後から気がついたけど、手は繋いだままだった。

他意はない。本当に。

教室のドアを開ける。時間が一瞬止まる。そこには、雨宮くんと月森さんがいた。

月森さんが戻って来た。素直に嬉しい。でも、少し気まずい。

そして、2人ともなぜか、体操服にジャージを羽織った体育の格好をしていた。

気まずさの理由。多分、神代さんも同じ気持ちだと思う。

雑誌に載っていた1つの未解決事件。

俺と神代さんは、月森さんが関与していたと疑った。雑誌の明確でない文章だけを頼りに。

だから、月森さんは学校を飛び出し、行方を眩ませた。嬉しいはずなのに、素直に喜んで良いのか、分からなかった。


「みんなおはよう。早いな。」

「おはようございます。今日は私が最後ですか。」

黒森先生と、りじ…御堂が教室に入ってくる。

久々に教室に全員が揃った。完全に元通りではないかもしれないけど。

「今日は授業が少ない。なぜなら、もうすぐ夏季休暇だ。いくつか連絡事項があるが、まずは…」


「追試と補習についてだ。」

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