第22話 躓きの意味

「お待たせしました。揚げたて大盛りポテトのピリ辛ケチャップ付きです。」

「ありがとうございます。…結構多いね。」

「……」

「美味しそうだよ。ほら、食べよ?」

「……」

「…じゃあ、お先に一つ…あっつ!ホントに揚げたてだ!」

「……」

目の前でポテト一本で盛り上がる。多分、元気付けようとしてくれてる。

不器用な優しさ。でも、そのせいか、目が合わせられない。

そんな自分は我儘わがままなのかな。多分、我儘なのだろう。

目線を落とし、絆創膏だらけの手を見つめる。

「まだ痛い?」

「…うん。」

「そう…だよね。ごめん。」

「…うん。」

謝ってほしくなかった。謝る必要なんかない。私の手を握ってくれた。血だらけでヌメヌメした私の手を。保健室で絆創膏を貼ってくれたのも彼だ。

帰り道、誘われるままファミレスに入った。ごちそうすると言ってくれた。

でも、彼は私をギターから引き剝がした。私の音は、もうない。だから、その優しさを素直に受け取ることができなかった。

そんな自分の器の小ささに、今は心底嫌になる。

思えば、最初からそうだった。私は私の音の強さだけを見て、自分の強さだと勘違いした。

操ることをせず、メンバーを翻弄し、バンドを何度も潰した。

弱さは罪で、私の音に負けたメンバーが悪いと本気で思っていた。

実際はその逆だったのに。私は私の音の強さに負けた。だから、私の音は私の身体から出て行き、私を襲った。私の音がなくなったのは、私のせいだ。

本当は分かっているはずなのに。心のどこかで彼のせいにしようとしている私は、やっぱり性格が悪い。


「神代さん。俺が言うのも違うかもだけどさ。多分、そういう時期なんじゃないかな。」

「…どういうこと?」

「何と言うか…やりすぎて逆によく分かんなくなる的な?俺はたまにあるけど。」

少しだけ、腹が立つ。雑誌ばかり読んでる彼に何が分かるの。察しが良くて、たまに見透かしてくるような事を言ってくる。別に何とも思わないけど、今はそれが深く胸に刺さる。

「佐久間くんに何が分かるの。」

彼に私の苦しみなんて分かるはずない。分かってもらってたまるか。これは、突き詰め続けている者だけが感じて良い苦しみだ。こいつなんかが絶対に分かるはずない。


「わかるよ。少なくとも半分は。」


「…え?」

反射的に顔を上げ、彼を見る彼の目を見る。彼は、真っ直ぐに、真剣な表情で私を見ていた。言われたくない言葉のはずなのに不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

「俺だって、何かに打ち込んだことくらいある。でも、神代さんほど長く続けていたわけでも熱量を持っていたわけでもない。だから、神代さんの苦しみは半分だけわかる。」

いい加減なことを言わないで。瞬間的にそう思った。でも、彼の真剣な表情にその言葉は声になる前に消えていった。真剣なだけじゃない。その目はどこか悲しく、寂しそうでもあった。

「俺はね、個人種目の出身だから限定的な話にはなるんだけど、どれだけやっても1番になんてなれなかったんだ。2位が限界だった。」

「何それ。自慢?」

言葉に刺激され、咄嗟に声が出る。本当に、私は性格が悪い。染み着いた卑屈さが、出し慣れた棘が、条件反射の如く表に出るのだから。

「ううん。その逆。俺はね、1位を取りたかったんだよ。1位を取れば、みんなから『凄い!』って言ってもらえるから。いや、ごめん。嘘。本当は、ただ単純に憧れてたんだ。1位という肩書きに。そして、それを持っている人が羨ましかったんだと思う。」

「……」

私はただ聞くだけしかできなかった。音楽は別に勝負の世界じゃない。少なくとも私はそう思っている。でも、何となく、本当に何となく、共感できる部分があると思えてしまった。

「『憧れ』って言葉、嫌いなんだよね。ゴールというか、自分の上限を決めてしまっているような気がして。だから、少し濁しちゃった。」

彼はきまり悪そうに微笑み、コップに入っているコーラを一気飲みした。そして、少し不快そうな顔を一瞬見せた。淹れてから随分経ってる。多分、炭酸が抜けた上にぬるくなってしまっていたのだろう。

「歯切れの悪い話でごめんね。2位が俺の限界だったんだ。限界…いや、上限の方が正しいか。今だから言うけど、俺は努力だけでのし上がって来た。スタートは最下位だった。でもね、努力だけじゃトップには成れないんだよ。凄い先輩がいてね、その人はこうも言っていた。『賞が取れなければ4位も予選落ちも同じだ』って。流石に俺はそこまでは思わないけど、理解はできる。でもね、才を持つ人も努力だけの人も躓く時期がある。でも、最後に勝つのはいつだって前者だ。」

「…何が言いたいの。身の上話だけなら帰るけど。」

あー、腹が立つ。本当に腹が立つ。彼は何が言いたいのだろう。それを聞かせて私に何をしてほしいのだろう。握りこぶしに力が入る。爪が食い込み、血が滲んできているのがわかる。

「俺は、断言するよ。神代さん。貴方は間違いなく前者だと。」

「…は?」

「才を持つ人は躓いている時間にも意味がある。俺はそうじゃなかった。だから、勝負の世界から逃げた。でも君は、良い音を持っているじゃないか!」

「…」

「この際だからはっきり言わしてもらう。俺は、君の音が好きだ。初めて聴いたあの日から耳に残って離れないんだ。弾きこなす指の動きが好きだ。聴衆なんか気にせずに真剣な顔でギターだけに視線を向けている顔が好きだ。神代さんの音が聴けなくなるのは、俺が嫌なんだよ!」

「…!?」

「それに、神代さんもまだ、諦めてないでしょ?」

彼の問いに私は頷く、何も言わずにただ、頷く。諦めてない。諦めるはずがない。

答えなんて分かりきったことだった。

「才を持つ人は躓いている時間にも意味がある。俺は本当にそう思ってる。だから大丈夫。今は、そういう時期なんだよ。ほら、元気を出すためにまずは食べないと。」

彼がポテトを1本取って差し出す。私は、そのポテトを咥える。

「…えっとー///」

「ん?なに?」

彼の顔が赤くなる。私はポテトを咥えたまま理由を聞く。

「神代さんに…あーん。しちゃった…///」

「……!!??」

理解した。何も考えてなかった。本当に無意識。でも、理解してしまった。

顔が熱くなる。多分、私の顔も真っ赤なのだろう。

「神代さん。顔真っ赤だよ(笑)。」

「ち、違う違う!ケチャップ!ケチャップが辛かったの!」

「ケチャップ、付けてないけど(笑)。」

「え…えっと…じゃあ、ポテトが熱かったの!」

「もう冷めてるよ(笑)。」

「う…うるさい…!」

たまらずそっぽを向く、顔全体が熱い。佐久間くんは照れながら笑ってる。初心うぶって言うんだっけ?私が言えたことじゃないけど。

その後のポテトは驚くほど味がしなかった。


「さてと、そろそろ帰ろっか。」

「…うん。」

佐久間くんが伝票をレジに持っていく。財布を取り出す。

「揚げたて大盛りポテトとドリンクバーで合計800円になります。」

店員が金額を告げる。佐久間くんが財布を開けて小銭を漁る。

「これで。」

横から、割り込むように千円札を店員に差し出す。

「1000円お預かりいたします。200円のお返しです。」

「神代さん!?」

「お礼。気にしないで。」

彼の手を引き店を出る。途中まで一緒の帰り道を横並びで歩く。

「今日は、ありがとね。」

「いいよいいよ。結局奢って貰っちゃったし。こちらこそ、ありがとう。」

「…佐久間くんさ、私のギター、そんなに好きだったんだ。」

「え?あー、そうだよ。初めて聞いた時から、大好きだよ。だから、月森さんが羨ましかった。」

「そ…そんなに好きなら…聴きに来れば良かったのに。」

「何となく…恥ずかしくて。」

「フフッ(笑)。なにそれ、気にしなくてもいいのに。」

「男はそういうもんなの!」

「ふーん(笑)。」

必死な佐久間くん。新鮮で面白い。

「…あー!もう!神代さん!コンビニでアイス買おう!今度は俺が奢るから!」

佐久間くんが少し先のコンビニを指さして言う。もう、しょうがないな。


「わかった。今度は大人しく奢られるね。」

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