第17話 わけ探し

佐久間くんが開いていたページ。読んだことがある。途中までだけど。

繁華街から少し離れた住宅街で死亡事故が起こった。

厳密に言うと、事件性の有無が微妙で最終的に事故扱いになったのだとか。

遺体には複数の打撲痕があり、死因は首の骨折だったという。

要は、誰かと争った末に…。あくまで可能性の話。

詳細は明かされていないが、家族構成は妻と娘を加えた3人家族で、当時の年齢的に中学校に上がる直前。そして、私たちと同年代。

恐らく佐久間くんは澪が関係していると感づいたのだと思う。

私は…動けなかった。そして、今は練習部屋に閉じこもっている。


気づけば河川敷まで来ていた。見たことない景色、どこまで走ったのだろう。

夕日でさえジリジリと肌を焼いてくるように感じた。

それから逃れるように高架下に入る。風が通る、涼しい。

少し落ち着いたのか力が抜け、座り込む。今日はここで眠ろう。野宿なんてしたことない。未体験から『未』が抜ける。その感覚は嫌いじゃない。そんなこと言っても、自分の中には全てが残っている。学園に来る前は色恋営業で生計を立てていたけど、『初めて』は好きな人と決めていた。だから守って来た。寂しくない。でも、心細い。


「ここに居ましたか。」

いつの間にか隣に立つ人の姿があった。

「り、理事長。何でここに?」

「何でって…随分探したからですよ。」

答えになっていない。私は、どうしてここが分かったのかと聞いているのに。

普通に考えてピンポイントでここが分かるはずがない。

「答えになってないんだけど。」

「まぁ、手段なんて何だって良いじゃないか。」

理事長から敬語が抜ける。わざとらしく作られた敬語が。そうか、これが本当の理事長の話し方なんだ。

知的で、落ち着いていて、気づけばくだらない蘊蓄うんちくを延々と話しているあの感じ。恐らく理事長は隠していたのだろう。でも、今、さらけ出してくれている。

無防備に手を広げてくれている。

「はぁ、やっぱり、『大人』なんだね。」

「精神年齢は若い自信があるがね。」

「ねぇ、知ってるでしょ?」

「我はたくさんの事を知ってるよ。」

「もう、性格悪いなぁ。雑誌に載ってた事件のこと。」

「…知ってるよ。」

「やっぱり。お見通しかー。」

「…」

「…言わなきゃダメ?」

「どちらでも。」

終わったはずの過去。固く蓋をしたはずの過去。それを自分で開けるのが怖い。別に開けない選択もできる。でも、それじゃダメな気がする。

「…私が殺したの。」

「そうだね。」

そのくらいの情報は掴んでいるのは何となくわかっていた。常に何かを見透かしているような理事長の目が嘘も誤魔化しも、私の選択肢から静かに消し去っていく。

「ねぇ、どこまで知ってるの?」

「情報としてなら、全て。」

「なら、早く捕まえてよ!目の前に犯人がいるでしょ!ねぇ!」

「理由がないから。」


「…は?」

意味が分からない。理事長は何を考えているの?普通は捕まえて、然るべき所に差し出すでしょ?逆にそれをしない理由があるの?あの時、私の周りには追手しかいなかったのに。


「この事件は既に『未解決』として処理されている。すなわち、この雑誌も陰謀論とか都市伝説とかを扱うそれと相違ない。まぁ、『事実』はあるわけだから完全に同じとも言えないが。」

「でも、犯人はここにいるじゃない。」

「ふむ…我は捜査のプロでないからね。それに、『情報としてなら』全てを知っていると言ったはずだ。」


「月森、君には理由があった。その理由が、我々が君を捕まえて差し出さない理由であり、君がこの学園に来た理由だよ。」


雑誌の内容にはいくつか『抜け』がある。執筆者の取材不足か個人の特定の防止かは知らないが。長ったらしい文章の割に核心を突き切れていないゴシップ雑誌特有の文章になっていた。その『抜け』こそが理事長が言うところの『理由』だと思う。

事件被害者の家族構成は妻と娘の3人家族。そこは雑誌の通り。娘は私。

でも、被害者…父とは血が繋がってない。小学6年の時に母と共に家に来た。

今だから言えるが、私は周りと比べて大人びており言葉を選ばずに言うと発育が良かった。

ここまで言えばたいていの人は察するだろう。そう、襲われた。母の留守中に。

厳密に言えば、襲われかけた。

手の届く物は全て投げ、手足をバタつかせた。がむしゃらに抵抗した。

蹴りが男の首を正確に捉えた。鈍い音と共に動かない、動かなくなった男がそこにいた。

その後のことはあまり憶えていない。ただ、幼い全身をフル稼働させて遠くまで引きずって運んだあの感触と疲労は憶えている。今思えば、そう遠くまで運べてはいなかったと思うけど。


これが雑誌の内容の『抜け』で理事長が言う『理由』。

佐久間くんは雑誌特有の『抜け』のおかげでここまで辿り着けなかった。それだけ。


「さてと、どうする?戻るかい?」

「佐久間くんと凛ちゃんは勘づいてる。」

「話すかどうかは、自分で決めると良い。」


理事長と少し歩く、近くのスーパーマーケットの駐輪場にバイクが止まっている。

それに近づき、ヘルメットを渡してきた。

「これの方が小回りが利くからね。さあ、乗って。」

促されるままに理事長の後ろに跨る。

「しっかり捕まって。思いっきり抱き着いてもらって結構。私の運転は荒いからね。」

そんな言葉とは裏腹にブレーキも含めて極めて丁寧な運転で学園に到着するのだった。

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