第12話 リアクティブ②
窓の外を見ると日が沈み始めている。古いビルで囲まれたこの場所は夜だと方向感覚が鈍るほどであった。今日は、車で彼らを家まで送ることになるだろう。
座っている雨宮を横目で見ながら受話器を手に取る。保護者連絡のためだ。
実を言うとこれまでも何度か、保護者連絡をしたことがある。
しかし、基本的には応答しない。したとしても学園の方針に任せるといったやや放任的な家庭ばかりだ。しかし、形式上でもしないといけない。正直、一番報われず、憂鬱な業務だ。
特に月森の保護者に関しては一度も連絡が取れていない。事情は良く知っているため不思議とは思わないが。
「バレたか。…入ってもいいかい?月森と話がしたい。」
保健室に理事長が来た。まぁ、当然か。一応この学校のトップだし。
「まだ手当てが終わってない。少し待ってて。」
御堂くんが理事長だと分かっても不思議といつも通りの自分だった。…いつでもそうか。
「わかった。」
それだけ言って彼は後ろを向く。全てがお見通しのような振る舞いだった。それは彼が教育者だからなのか、紳士だからなのか。
再び澪のところへ行き、傷の手当てをする。机や椅子ごと殴り飛ばされたせいか、ふくらはぎや顔に痣だけでなく擦り傷や切り傷がある。
「澪、消毒するよ。」
「うん…痛!」
「我慢して。」
澪を宥めながら丁寧に手当てをする。時間が経ったせいか、落ち着きを取り戻したようであった。
「凛ちゃん…傷、残っちゃうかな…いやだよ…。」
呟くように澪が聞く。ギターですっかり固く、歪な形になった自分の指を見る。『傷が残る』あまり考えたことが無かった。
「大丈夫。澪は可愛いから。はい!終わったよ!」
ズレた回答と共に手当てを終える。御堂くんを待たせている。本当ならすぐに呼ぶべきだろうが、疲れているせいかその気が起きなかった。
「凛ちゃん、今日のパーカー猫耳なんだね。かわいい。黒猫さんだ。」
澪が穏やかな表情で言う。落ち着いたというより、一通り泣き終わって気が抜けてしまっているのだろう。そういえば、今日のパーカーは黒の猫耳フードだ。澪に言われて思い出した。
何となくフードを被り、澪の方を向く。
「…にゃあ。」
何となく鳴いてみる。多分、澪がこのパーカーを着ていたらそうするから。
パーカーが好きだ。フードまで被れば全てを包み込んでくれる気がするから。
「凛ちゃん…なにそれ(笑)。」
澪が笑う。薄く笑う。やっと笑う。私も、多分笑ってる。
「澪、これ着てて…うん!可愛い。」
パーカーを脱ぎ、澪に着せる。似合ってる。
「御堂くん、いや、理事長が来てる。澪と話したいって。」
「…わかった。いいよ。」
「じゃあ、呼んでくるね。」
ドアの方へ向かう。
「凛ちゃん。」
澪が呼ぶ、私が振り返る。
「にゃあ。」
ニヤケながらフードを被った澪が鳴く。あー、ズルい。可愛くてズルい。
何も言わずに微笑み返して保健室のドアを開ける。
「理事長。いいよ。でも、あまり近くまで寄らないでね。やっと落ち着いたところだから。」
神代がドアを開け、そう告げる。月森の置かれている環境や背景は良く知っている。当然、他の生徒の事も調査済みだ。
「わかった。色々とありがとね。」
保健室に入り、近くにあった丸椅子に腰掛ける。神代の言う通り、長めに距離を取って座った。
「月森さん…ケガの具合は大丈夫ですか?」
「…まぁ…はい…。」
「バレてると思うけど、僕はこの学園の理事長でね。まぁ、好きなように呼んでくれればいい。」
「…わかった。」
難しい。こういう状況で、どう話を進めれば良いのか未だに答えは出ていない。月森のぎこちなさを見るに、踏み込んだ質問はもう少し後の方が良さそうだ。
「えっと…そうだね。僕はその場に最初からいたわけではない。雨宮くんと何があったか、聞いても良いかい?」
「……」
どうやら、少し踏み込む必要があるようだ。しかし、その加減が難しい。正直、苦手分野だ。
「月森さんにとって雨宮くんは、どう映っていたんだい?」
「…真面目だなって。」
「そうだね。彼は真面目だ。真面目なのは良いことだね。」
「でも…」
「でも?」
「それだと、損だよ。」
予想通りの解答だった。月森はよくわかっている。何も間違っていない。雨宮がなぜこの学園に来ることになったのか。そうなるように仕向けた本人だから分かる。
しかし、雨宮本人は知らない。それは他の生徒にも言えることだ。
今回の場合、雨宮は月森に思い切りそれを突きつけられたわけだ。当然、月森にその意図はない。
「損?なぜだい?」
「…分かるから。朔たん、このままだと使い潰されちゃうから!」
ダムが決壊するように月森の声が大きくなる。見方を変えれば彼女もまた真面目で素直なのだ。
「朔たん…いい人だから。少し硬いけど優しいし、一緒にいて楽しい。でも…そんな朔たんに…ひどいこと言っちゃった。よくわかんないけど…それは、わかるの。」
「確かに、雨宮くんは真面目で優しい。でも、僕に言わせれば、月森さんもそうだよ。お互いがお互いの痛いところを思い切り突いてしまったんだね。でも、雨宮くんは…。」
「待って!!!」
現実的な話をしようとしたところで彼女は遮るように声を上げる。再び、聞き手としての姿勢に切り替える。
「私、怒ってない。痛かったけど…怒ってない!お互いにごめんなさいする。それでいいでしょ?」
コンコンコン
唐突に保健室の戸を叩く音が響いた。少し開かれたドアの隙間から黒森が立っているのが見えた。
「黒森先生だ。入れていいかい?」
問いかけに神代と月森の二人が頷く。しっかりとそれを確認したのち、黒森に見えるように手招きをした。
「理事長、保護者連絡をしましたが、月森の家庭だけ繋がりません。」
本来、生徒の前でする会話ではないが、今回は理事長である我の許可だ。
「え…み、澪の方から電話してみたら?」
神代が少し焦ったように提案する。
「無駄だよ。誰が電話しても一緒。お母さんは出ない。理事長と先生は知ってるでしょ?」
すっかり落ち着きを取り戻した月森から出たその言葉は、低く、冷静だった。
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