第34話
アルカディア迷宮の入り口を一歩踏み入ると、ひんやりとした空気がクリストフの肌を撫でた。
クリストフは地下と聞いていたため、完全な暗闇を想像していたが内部は真っ暗というわけではなかった。
通路の壁には所々に魔石が埋め込まれており、それらが放つ淡い光が周囲をぼんやりと照らし出している。
階段を降り切れば、外の喧騒は嘘のように遠のいていく。
代わりに聞こえてくるのは、規則正しいパーティメンバーの足音と、どこか遠くから響いてくるような魔物の咆哮だけだ。
クリストフにとって、迷宮に足を踏み入れるのは、生まれて初めての経験だった。これまでの魔物との戦闘などとは比較にならないほどの緊張感があった。
そんなクリストフの様子を察したのか、彼の隣を警戒しながら進むルフリーが、小声で話しかけてきた。
「クリストフさん、もしかして本格的な迷宮って、これが初めてだったりしますか?」
「ああ、そうだね。情けないことに、ダンジョンに潜るのは初めてだ」
「そうですか。でもでも、ボクたちのパーティならご安心ください。基本的に、シルヴィア様とリーリエ様がいる以上、問題はありませんよ」
ルフリーの説明を聞きながら、クリストフは前方をいくシルヴィアとリーリエの背中を見つめた。二人は時折、短い言葉を交わしながら、周囲の気配に細心の注意を払っている。
「……リーリエ、アナスタシアの気配は?」
「はい、シルヴィア様。現在、地下14階層付近にいらっしゃる可能性が高いです。依然として上層を目指しているご様子ですので、私たちがこのまま進めば、おそらく地下10階層あたりで接触できるかと……」
「そう……。それなら10階層で決着をつけるわよ」
シルヴィアの決意のこもった声が、クリストフの耳にも届いた。
その時だった。前方の通路の壁が、轟音と共に内側から突き破られ、鋭い爪と牙を持つ狼型の魔物が数体、土煙を上げて姿を現した。
クリストフは念のためにと剣へと手を向ける中、隣にいたルフリーがぼそりと口を開いた。
「……ウルフです。地下1階層に出る魔物ですね」
「ウルフ、か。おじさんも外で戦ったことはあるけど、迷宮だとまた違うものなのかい?」
「いえ、そんなに変わりません! 駆け出し冒険者でも倒せるとは思いますが……普段よりも凶暴化しているみたいです。なんだか、臭いがいつもより濃いです」
「ルフリーは、臭いで敵の強さがわかるのか、凄いね」
「ふふん、獣人ですので!」
クリストフに褒められたルフリーは嬉しそうに耳をぴんと立てて尻尾を振った。クリストフがじっと視線を前に向けると、すでにシルヴィアたちは戦闘態勢を整えている。
パーティの誰もが魔物の出現に驚く様子など見せていない。
指示などを出す様子もない。ただ、それぞれの役割を理解しきった者たちだけが可能な、無駄のない連携での戦闘が開始する。
「今の階層なら、細かい指示は不要なんです。皆、自分の役割と、仲間の動きを熟知していますから。見ていてください、クリストフさん」
「せっかくだし、今後のためにも参考にさせてもらうよ」
クリストフはルフリーとともに戦闘を観察する。
『閃光の翼』のタンク役が雄叫びと共にウルフたちの前に立ちはだかる。タンク役の声に反応するようにして、現れたウルフたちがとびかかるがその攻撃の全てを受け止め、はじき返している。
その隙に、シルヴィアの剣が閃光のように走り、一匹の魔物の首を刎ね飛ばす。他のメンバーも、魔法使いが的確な援護射撃を行い、剣士たちが確実に数を減らしていく。
『ローゼンリッター』の騎士たちも、ポプリを中心に冷静に周囲を警戒し、パーティの側面を固めていた。
戦闘の基本は、『閃光の翼』が行い、『ローゼンリッター』は周囲の警戒に努めるようだ。
戦闘はあっという間に終わり、魔物の死体は残っていない。迷宮の地面へと吸い込まれるように消滅し、後には魔石だけが残っていた。
素材の回収はしない。今回荷物持ちは連れてきていないため、無駄に荷物が増えるようなことはしない。
「……やはり、魔物の数が多いわね。魔素の活性化が顕著ね」
「ええ、この時期はいつもそうだけど、今年は特に酷いようです」
シルヴィアの言葉に、リーリエも同意するように頷いていく。そんな会話を聞きながら、クリストフはルフリーに問いかける。
「この迷宮って、季節によって結構変わるものなの?」
「そうですね。時期によって出現する魔物も変わりますし、内部の環境も変わります。攻略しやすい時期に活動を進めるクランや冒険者もいるくらいには、結構変わっちゃうんですよ」
「……だから、国内でもっとも難易度が高いって言われるのか」
「ですです」
クリストフは、じっとシルヴィアへ視線を向ける。クランリーダーとしてのシルヴィアの頼れるその背中に、改めて感嘆の念を抱いていた。
(……これがSランク冒険者。それにクランでの戦い方か)
短い戦闘の後、一行は再び迷宮の奥深くへと、慎重に、しかし確かな足取りで進んでいった。
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