第4話
次にシルヴィアが目を覚ました時、彼女は簡素な木のベッドの上に寝かされていた。
傍らには、クリストフが静かに座り、眠っていた。疲労が顔に色濃く浮かんでいる。
(私にベッドを使わせてくれているんだものね。悪いこと、しちゃったわね……)
窓の外は、雨が上がり、柔らかな光が差し込んでいた。眠ってから、どれだけの時間が経過したのかはもはや分からなかった。
自分の体を見下ろすと、装備は脱がされ、代わりに肌触りの良い、少し大きめの寝間着のようなものが着せられていた。おそらく、彼が用意してくれたのだろう。
「……あの」
シルヴィアが声をかけると、クリストフはぴくりと肩を揺らし、慌てた様子で目を覚ました。
「あっ、気がついたかな?」
クリストフは少し寝ぼけたような、それでいてシルヴィアの顔を見て安堵したような表情でこちらを向いた。その柔らかい雰囲気に、シルヴィアは先ほどまでの緊張が少し和らぐのを感じる。
「こちらは……どこかしら?」
「ああ、ここは俺の診療所だよ。ミドリバ村って言って、そのはずれにあるんだ。服は装備のままだと休めないと思って、村の女性が着替えさせてくれて……俺は別に何もしていないから。それより、体の具合はどうかな?」
クリストフは優しい口調で続ける。
「……ええ、大丈夫よ」
「それはよかったよ。一応、この村で治癒士をしているんだけど、君ほどの重傷者の治療なんてほとんど見ることはないからね。とりあえず、元気になって良かったよ」
穏やかな彼の言葉に、シルヴィアは自身の体に意識を向ける。
あれほど酷かった痛みは完全に消え去り、腹部の傷も、折れていたはずの腕も、完全に元通りになっていた。指先一つ動かすにも困難だった体が、まるで嘘のように軽く、自由に動かせる。
「ありがとう……あなたのおかげで、私は後遺症もなく、こうして無事に生存できたみたいだわ……」
「完全に治ったのは、君自身の生命力が強かったのと、運が良かったんだと思う。痛みはないね?」
「え、ええ」
シルヴィアは彼の言葉に驚いていた。
生命力が強かった? 運はよかったのかもしれないが……それだけは断じてないと言えた。
あの場で、即座に傷の完全な治療がされたのは紛れもないクリストフ自身の力だ。
だからこそ、シルヴィアはその問いを投げかける。
「……クリストフさん。ちょっといきなりでこんなことを聞いていいのか少し迷ったのだけど……いいかしら?」
「何かな?」
「あなたは、これまでずっとこちらで治癒士として活動をしていたの?」
「少し昔に冒険者として活動していたことはあるけど、基本はこの村とあとは周辺の村にたまに顔を出すくらいかね」
「……」
その事実にシルヴィアは驚愕させられた。これほどの力を持つ人物が、こんな辺境の地に埋もれていたということにだ。
「……これほどの腕の治癒士なら、王都とかであれば活躍できるはずなのに……どうして、この村に残っているの?」
シルヴィアはその疑問を、抑えきれずに問いかけた。特別な理由がある可能性も考えられたからだ。大事な故郷、あるいはほかの何かしらの理由。
クリストフは、少し困ったように視線を泳がせた。そして、何かを誤魔化すように、あるいは本当に過去の失敗を笑い飛ばそうとするかのように、わざと明るい声を作った。
「俺の? ……俺の治癒士としての腕なんて大したことはないよ」
「え? 別に……そんなこと――」
「触れないと発動しない回復魔法なんて欠陥品、だろう?」
彼は落ち着いた様子とともにそういって笑った。
シルヴィアはただただ茫然とするしかない。
(触れないと……確かに、その条件は厳しいけど……でも、あれほどの回復魔法なら……評価されると思うけど。それとも、昔はここまでの回復魔法を使えていなかったのかしら? それかあるいは、周囲の人たちも彼の能力に気づいていなかったとか?)
シルヴィアは冷静に思考を巡らせていく。自分が冒険者になったときを思い出し、どのようにして成長していったのかを。
(クリストフさんがどれだけ冒険者をしていたのか分からないけど、例えば低ランクであれば大怪我を負うようなことってほとんどなくて……擦り傷とか軽い怪我程度の治療ばかりを受けていたとしたら、彼の触れて治療するという部分はデメリットに見えるかしら?)
確かにクリストフが言う通り普通の回復魔法は、遠距離から発動するのが普通だ。かすり傷程度、軽い骨折程度であれば普通の回復魔法で事足りる。
だが、それらの回復魔法では、シルヴィアが受けたような重傷を瞬時に、それも後遺症もなく完全に治癒させることは不可能に近い。
大怪我を負った場合、ポーションによる体内からの治療と何日にもかけての回復魔法を施すのが基本だ。それでも、完全なる治療は難しい。
「とにかく、回復魔法の練習をしておいてよかったよ。君のような未来ある子を救えて何よりだ」
クリストフは、シルヴィアの内心など露知らず、心底安堵したようにそう言った。
その純粋な優しい表情にシルヴィアは驚き、そして胸が熱くなるのを感じた。
彼の瞳には、名誉欲も、自己顕示欲も、何一つ映っていない。ただ、目の前の患者を救いたいという、純粋な献身だけがあった。
シルヴィアは、だからこそ自然と口が動いた。
これほどまでの力がありながら、それを正当に評価されず、自分を卑下し、どこか悲しげな諦観を漂わせている彼を、何とかしたい、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます