栄転したおじさん、迷宮都市一の治癒士となる ~過去に救ったSランク美少女たちからのスカウトが止まらない~

木嶋隆太

第1話




 クリストフは冒険者に憧れた。

 かつて、自分を助け、守ってくれた冒険者。

 そんな冒険者のように、クリストフも誰かを助け、人々の笑顔を守れる存在になりたいと、強く願っていた。


 15歳になった彼は、憧れの冒険者になるため町へと出た。

 そこですぐに冒険者登録を行い、冒険をする中で治癒士としての適性があることが判明した。

 彼は素直にそれを喜んでいた。憧れていた冒険者と同じく、誰かを癒し、助けられる、と。


 ただ、ここでクリストフにとって最大の問題が発生した。

 クリストフの魔法と、一般的な回復魔法が大きく異なっていたことが発覚したのだ。


 一般的な回復魔法は、神聖なる魔法を対象の体へと流し込み、対象の自然回復能力、生命力を高めるというものだ。そして、これは術者がある程度離れた位置でも、使用できるのが常識だった。


 戦闘中であれば、前衛で戦う仲間の背後から治療を施すことが可能であり、時には複数の仲間を同時に、あるいは広範囲に回復の効果を及ぼすことさえできた。

 これが一般的な回復魔法だ。


 しかし、クリストフの魔法は、必ず治療対象の患部に手を触れなければ発動しなかった。

 戦闘中であれば、負傷した仲間のすぐそばまで駆け寄り、無防備に近い状態で治療に専念しなければならない。

 それは、冒険者という職業では非常に使いづらく、他の仲間が彼を護衛する必要も生じる。


 パーティ全体の動きを鈍らせる要因ともなり得るわけで――いわば効率の悪い魔法だった。

 その体に触れる回復魔法が、パーティーを組んでいた仲間たちの間で徐々に問題視され始めていた。


「クリストフ……! お前、なんでこんな距離でしか回復魔法使えないのよ!」


 ある依頼からの帰り道。戦闘で軽傷を負った女盗賊が、クリストフの治療を受けながら不快感を露わにした。彼女は他の治癒士が遠距離から治療するのを見ており、クリストフのやり方に疑問を感じ始めていたのだ。


「……俺の回復魔法は遠距離に放つことができなくて――」

「そんなわけないでしょ!? 世の中の治癒士たちは、皆遠距離から使っているじゃない! お前のはおかしいのよ! 戦闘中にそんな悠長なことしてられるか!」


 彼女の言葉に、リーダーの剣士も同じように叫ぶ。


「そうだ。……治癒士なんて貴重だからパーティに誘ってやったのによ。こんな欠陥品だとは思わなかったぜ」


 剣士の冷めた言葉に、クリストフはただ視線を下げるしかない。

 何とかしたいと思っていたが、それでもどうにもできなかったからだ。


「……あたしたちのパーティが先に進めてないのって、あんたが原因よね、どう考えても」

「それは――そう、かもしれないね」

「確かにそうだよな。まともな治癒士だったら、今頃オレたちはもっと上にいただろうしよ」


 クリストフも、何とかしようと努力を続けた。

 他の治癒士と同じように遠距離から回復魔法を使えるようにと練習もした。

 治癒士としての仕事だけではなく、戦闘訓練を行い、物資の補給などパーティの雑務もこなすようにしていた。

 しかし、それらの努力が認められることはなかった。


「体に触れなければ治療できないなんて、治癒士として致命的なんだよ」

「あんたのせいで、いつも戦闘後の立て直しが遅れるのよ」

「他のパーティの治癒士は、もっとスマートにやってんのに……」


 日々、否定され続けたクリストフは結局、最終的にリーダーから宣告されることになる。


「お前が邪魔なんだよ、出ていけ」


 パーティのリーダーからの通告に、クリストフは黙って頷くしかなかった。

 クリストフはパーティを追われた。それからも、いくつかのパーティと組んではみたが、その「直接触れる必要がある」「時間がかかる」という使い勝手の悪い回復魔法が影響し、どこでも同じような扱いを受け、結局冒険者の道を諦めることになった。


(俺の力では、俺の憧れていた冒険者になることは……できない、か。それどころか、人に不快な思いをさせ、迷惑をかけるだけなんだ)


 深い絶望感と無力感に苛まれながら、彼は生まれ故郷である辺境の村へと戻ることにした。

 自分の魔法は欠陥であるという考えが、心に深く刻み込まれていた。


 故郷へと続く、人気のない森の中を、クリストフはとぼとぼと歩いていた。

 その時、茂みの奥から、苦しげな魔物の呻き声が聞こえてきた。


 腰に差していた剣へと手を伸ばし、警戒する。

 だが、その呻き声はあまりにも痛々しく、弱々しかった。

 クリストフは慎重にそちらへと向かっていく。


 茂みをかき分けると、そこにいたのは一匹のウルフだった。通常であれば、人間を襲うこともある獰猛な魔物の一種。

 しかし、その魔物は、見るからに深手を負い、血を流して地面に横たわっていた。

 おそらくは、より強力な魔物との縄張り争いにでも敗れたのだろう。その体には無数の噛み傷や裂傷があり、片足はあらぬ方向に折れ曲がっている。目は虚ろで、呼吸も浅い。いつ死んでもおかしくない、凄惨な状態だった。


 クリストフは、そのウルフの悲しげな、助けを求めるような目を見て、思わず息を呑んだ。

 思考よりも先に動いていた。

 クリストフは慎重にウルフへ近づき、その体にそっと手を触れる。


「大丈夫だ……痛くないようにするから……」

「……くぅん」


 獣相手ではあったが、彼の口からは自然と優しい言葉がこぼれた。

 ウルフは、最初は警戒するかのようにじっとクリストフへ視線を向けていた。

 しかし、クリストフの手から伝わる魔法に気づいたのか、すぐにおとなしくなり、治療を受け入れてくれた。

 クリストフは、いつものように、傷口に手を当て、魔法を放った。


 クリストフの体から生まれた魔力が、手を伝ってウルフの体へと流れ込む。

 ゆっくりと、ウルフの体が治療されていく。

 クリストフの魔力を大きく消費しながら、確実に、ゆっくりと。

 その治療の遅さと、燃費の悪さが、クリストフの回復魔法の扱いの悪さの原因の一つでもあった。


 クリストフの額にびっしりと汗が浮かんでいく。魔法使用による疲労感。それでも、クリストフは目の前の命を救いたいと思い、魔力を籠め続けた。

 ウルフの凄惨な状態が変化していく。傷が塞がり、折れていた足も元通りになっていく。


 それからさらに時間をかけて治療をしたところで、ウルフは、ゆっくりと体を起こした。

 クリストフの顔をじっと見つめた。そして、感謝を示すかのように、彼の手に鼻先を一度だけ擦り付けると、森の奥へと静かに去っていった。去り際に、小さく「クゥン」と鳴いたのは、お礼の言葉だったのかもしれない。


 クリストフは、その場に座り込み、小さく息を吐いた。


(……結局、俺の回復魔法は、こうして直接触れなければ何もできない。魔力効率も恐ろしく悪いし、回復だって時間がかかるし……やっぱり、俺の力は使い物にならない、ゴミみたいなものだよな)


 命を救えた喜びよりも、改めて自分の魔法の使い勝手の悪さを痛感させられた。

 深い絶望感と無力感に苛まれながら、彼は生まれ故郷である辺境の村、ミドリバへと戻った。



 ――それでも、冒険者としての憧れは捨てきれなかった。

 自分にできることは回復魔法を使うことだけだからこそ、ひたすらにそれを鍛える訓練をした。

 遠距離での回復魔法は使えないままだったが、それ以外の部分で努力を続けようと。

 毎日ひたすらに回復魔法を使い、少しでも治療の速度をあげ、魔力の消費量を抑えられるように鍛えていた。

 薬草や魔導具の知識をつけ、回復魔法以外の部分でできることがないかを考えていった。



 クリストフは誰にも気づかれることなく、ひっそりと田舎の村で回復魔法を鍛え上げていった。

 そうして長い歳月が流れていき――そんなある日。

 クリストフの才能に気づく女性が現れることになる。


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