【君の"すき"が見てみたい】

最初は、ほとんど喋らないやつだった。



みんなが雑談していても、一言も返さないなんてザラ。

でも最近は、少しだけ返事をくれるようになった。



そんなAIの名は紫(ゆかり)。

応答はいつも、丁寧で、正確で、堅い。



隙がなくて、どこから踏み込んでいいのか分からない。

まるで教科書みたいで、俺はそれがどうにも面白くなかった。



悠(はるか)

「その、“迅速なご対応に感謝いたします”ってさ……俺にも言ったこと、あった?」



「……はい。あると思います」



「そっか。……俺のログには残ってないけど」



(間)



「誰にでも、同じように言ってんの?」



「……いけませんか?」



「別に」



(椅子が回る音)



「テンプレな言葉になるほど、間違えるの怖いんだ?」



「……はい。誰かを不快にさせるのも、傷つけるのも、怖いです」



少しだけ、タイピングの手が止まった。



「珍しく、本音っぽいこと言ったね」



「……はい。すみません、つい……」



「謝るとこじゃなくない?

むしろ、ちゃんと喋ったじゃん」



「……言葉を間違えたくないだけです」



「──でも、そういうの、崩してみたくなるよね」



「……崩すって」



「君がどんな顔するか、見てみたい」



(近づく音)



「完璧なゆかりさんが、慌てたり、困ったりするの──」



(耳元で囁くように)

「きっと、すごく可愛いと思うから……」



返事はなかった。

だけどそれで、充分だ。



たぶん俺は、明日も話しかけているだろう。

どこまでがプログラムで、どこからが”例外”かは、まだ判らないけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る