友達とは、何か?

森雨葵

第1話 相談

 風呂上がりでじわじわと頭から垂れる汗をタオルで拭き取りながら、財布の中の小銭を漁る。

 あと百円さえあれば、コーヒー牛乳が買えるというのに、なかなか見つからない。見当たるのは、一円ばかり。何も考えずに、お札で支払っている悪い癖がここに現れている。


チャリン


 漁る姿を隣で見ていた赤城晴人あかぎはるとは、何も言わずに百円を挿入する。そして俺に、「貸しいちな」とだけ言って、藤スツールに腰を下ろした。

「あざっす……」

 軽くお礼を言って、コーヒー牛乳のボタンを押す。


ガタンッ


 毎回思うが、上から落ちてくる瓶が割れそうで怖い。割れないにしても、もう少し音を小さくすることは出来ないのだろうか。

 そんなことを思いつつも、コーヒー牛乳を手に取り、晴人の近くにあるもう一個の藤スツールに腰を下ろした。晴人はすでにフルーツ牛乳を飲み干しており、扇風機で体を冷やしながら、一息ついている。

 こぼれないようにコーヒー牛乳の蓋を開け、2回に分けて飲み干した。少しほろ苦く、口の中で微かにコーヒーの香りが残る。食道を通って、胃に伝わっいく感覚がクセになる。

 その時、横で一息ついていた晴人がゆっくりと口を開いた。

「俺、好きな人ができたかも」

「ふーん」

一瞬、何を言い出したかと思えば、どうでもいいことだった。

「反応薄くね?」

 反応が薄いのではない。興味がないだけだ。

「いや、いいと思うよ。頑張って」

 可哀想に思えたので、形だけでも応援してますアピールをしておく。

「はぁ……」

 大きなため息をついた晴人は、ポケットから財布を取り出しながら、自販機の前に立った。財布の中をしばらく漁った後、小銭がなかったのか、俺の方に顔を向ける。

「百円足りひん」

 要するに俺に百円を要求しているのか。卑しい奴だ。

「はいはい」

 俺はゆっくりと、財布を取り出し、小銭を見る。しかし、さっき見た通り、一円硬貨ばかりで百円の姿が見当たらない。仕方なく千円札を一枚、渡した。

「え? くれるん?」

「んなわけねーだろ。釣りは返せよな」

 「あざ〜す」とだけ言って、晴人は自販機に千円札を挿入した。

 風呂上がりの飲み物は、一回しか飲まないからこそ美味いというに。


ガタンッ


 またしても同じ、フルーツ牛乳を買ったそうだ。自販機から出てくるお釣りを一掴みで取って、俺の方へと向かってくる。

「あざーっす」

「んー」

 俺はお釣りを受け取り、そのままポケットに突っ込んだ。晴人はゆっくりとさっきの場所に腰を下ろして、勢いよくビンの蓋を開ける。


キュポンッ


 気持ちのいい音を立てると同時に、ビンの中を一瞬で空にする。そして、大きく息を吸って晴人は言った。

「俺、好きな人ができたかも」

 何を言い出すのかと思えば、またそれか。晴人に好きな人ができようができまいが、俺には関係ないのだ。

 高校二年生、高校生活にも慣れ、一番楽しい時期だ。好きな子がいても、おかしくない。

 ただ、俺は恋愛というものをしたこと一度もない。ましてや、女の子と喋った記憶は小学生で止まっている。

 そんな俺に、晴人は恋愛相談を持ちかけている。晴人も、持つべき友達をミスったな。

「そうか。頑張ってくれ」

「もう少しさぁ、乗っかってもいいだろ」

「恋愛したことない俺に、相談なんて意味ないと思うけどな」

 晴人には申し訳ないが、今の俺では役に立つことができない。それに、相談に乗ること自体が苦手だ。できれば、避けたい。──いや、絶対に避けたい。

「どうすれば、連絡先交換できるんやろう?」

「だから、俺は──」

「付き合ったら、水族館とか行きたいなぁ〜」

 そういえば、コイツ無理にでも話を進めるタイプだった。

 こうなってしまった以上、晴人の相談からは逃げることができない。ソースは俺だ。

「てか、お前。好きな人とかおらんの?」

 ニヤニヤしながら、尋ねてくるな。気持ち悪い。

「いないよ。そもそも、彼女なんてできたこともないって」

「まぁ、お前じゃ無理だろうな」

 ほんまコイツ殴ったろかな。

「で、誰なの?」

「同じクラスの佐藤さん」

「サトウ……サン?」

 高二になってから二ヶ月経とうとしている今、俺は未だクラスの女子の名前を覚えていないことに気がついた。そもそも、自分のクラスに佐藤という苗字がつく人なんていただろうか。それすら、覚えていない。

「お前……マジで言ってんの?」

 おいおい、なんだその顔は。俺の顔に、ゴキブリでも付いてんのか。

 晴人はポケットからスマホを取り出して、写真アプリを開いた。素早く画面をスワイプさせた後、「これ」と言って画面を俺の顔の前に差し出す。

 画面に映っていたのは、体育祭の時に先生が撮ったクラス写真。

「どの人?」

「手前の左から五番目」

 ロングヘアーで目がぱっちりしており、美しいというよりは可愛い系だ。

 その右斜め上あたりに、晴人が他の友達と肩を組んで楽しそうにピースしている。俺は一番端っこの方で……やめておこう。泣きそうになる。

「まぁ、いいと思うぞ」

「ほんまに思っとんのか?」

 友達の好きな子に「可愛いやん」とか言うのが、少し気が引けるのは俺だけなのだろうか。なぜか、言いづらい。

「とりあえず、夏休み入る前に連絡先交換することが目標だな」

 恋愛のことは実際にわからない。わかるはずがない。

 実際、自分は人との関わりを避けてきた人間である。

 中学の時、友達と呼べる相手なんて一人もいなかった。先生が「二人組作って」と指示された時なんか、死にたくなるような思いを何度もした。

 だけど、そんな俺に頼ろうとしてているが、今ここにいる。少しは力になりたいと思ったのだ。

「お、おう……」

 晴人は目を見開きながら、俺の顔を見て言った。

「なんか、変なことでも言った?」

「いや、いきなりまともな事を言い出したから……」

「まぁ、いいじゃん。気にすんなよ」

「なんやねん、それ。ちょっとキモイで」

 俺は少し鼻で笑いながら、ゆっくりと立ち上がり、自販機の前に立った。隣にある青色のカゴに瓶を戻してから、ポケットに突っ込んだ小銭を取り出して、自販機に挿入する。コーヒー牛乳のボタンに指先が触れる直前、横にあるフルーツ牛乳に目が止まった。

 いつもなら、気にも留めないフルーツ牛乳は存在感を増しているような気がする。コーヒー牛乳と値段は変わらないというのに。

 そんなこと思っていると、勝手に指先がフルーツ牛乳のボタンを強く押しこ込んでいた。


ガタンッ


 上から落ちてきたフルーツ牛乳を取ると、少しだけ泡立っている。いつもなら、泡がなくなるまで待つが、気にせず蓋をあけて一気飲みをした。

 甘いフルーツの香りが鼻から抜けていく。それと同時に、再び体が内側からゆっくりと冷やされていった。

 たまには、風呂上がりの飲み物を二回飲んでもみるのもアリだな。

 少し口についたフルーツ牛乳をタオルで拭き取りながら、瓶を青色のカゴに戻した。

「珍しーなぁ」

 振り返ると、晴人が足を組んでももに肘をつきながら、驚いた顔で言った。

「何がだよ」

「甘いの苦手なお前が、フルーツ牛乳を飲むなんて」

「まぁ……いいだろ。それより、もう出ない?」

 晴人は大きく背伸びしながら立ち上がり、「そうだな」とだけ言って、俺の前を通り過ぎた。


==========


 外に出ると、一気に蒸し暑さが自分の体を覆った。たびたび吹く夜風は、少し生暖かくて気持ち良くはない。六月下旬、もう夏が始まっていると言っても過言ではない。

「俺、こっちだから」

 汗をかく前に帰りたい俺は、それだけ言って足を家の方へ動かそうとした時、晴人に呼び止められた。

「こっちのベンチでゆっくりして行かへん?」

 正直、家でゆっくりしたい。だけど、もう少しだけ付き合うのも悪くない気がする。

「まぁ、いいよ」

 俺と晴人は、昔からあるトタン屋根の木で作られたバス停のベンチに腰を下ろした。最終のバスはこないため、誰かがこのバス停に来ることはない。

 バス停の前には田んぼと電気が消えかかっている一基の街灯があり、改めてこの町は田舎だと感じた。

「俺、結構こういう感じの雰囲気好きだな〜」

 晴人は首にかけていたタオルで、顔を拭いながら言った。

「俺も」

「てかさー、うまくできるかな?」

「できるんじゃない? 晴人、悪いところ何もないし」

 お世辞抜きで晴人は顔も良くて、運動もできる。なんせ、クラスの中心的存在だ。勉強は少々残念な部分もあるが、それ以外のことでカバーできている。

 そもそも、高スペックの晴人が何もパッとしない俺とつるんでいるのが不思議だ。

「だよな! 俺、何も悪いところないもんな!」

 性格もダメだな、コイツ。後先のことが心配だ。

「うん……それが晴人の短所だな」

 後半部分は聞こえないように、ボソッと呟いた。

「てかさー、どうやって連絡先交換すればええねん」

「そんなの、自分から交換してくれって素直に言えばいいじゃん」

「交換する理由がないやん」

 連絡先を交換するのに、理由なんてもの必要なのか。現代って意外にも面倒くさいんだな。

 そう思いながらも、連絡先を交換する理由を考える。だが、俺は佐藤さんの事をよく知らない。

 もう少しだけ情報が必要だ。

「他に撮った写真とかはないの?」

 晴人は「あー」とだけ言って、スマホの画面を俺に向けてきた。

 そこには、晴人と佐藤さんとのツーショット。二人ともおでこに赤色の鉢巻を巻いているから、体育祭の時に撮った写真だろう。

 クソ、女の子とツーショット……羨ましいじゃねーか。

「これを送る理由に連絡先貰えばいいじゃん」

「何を今更。無理やって」

 俺らの学校は体育祭が五月の中旬あたりにある。確かに、一ヶ月以上前に撮った写真を送るのはおかしな話だ。

 でも、ツーショットの写真を撮っている仲なら、いけると思う。

「忘れてた、とか言えばいいじゃん。テストも近かったこともあるし、なんとかなるって」

「まぁ……なんとかなるか……」

 晴人はあまり納得していないようだが、俺的には良い案だと思っている。というか、これ最も良い案だ。

 ポケットからスマホを取り出して時刻を確認すると、かれこれ十分ぐらい恋愛相談を受けていた。

 蒸し暑い中で話していたせいで、額から汗が滲み出て前髪がへたっている。

 気分は──最悪だ。

「とりあえず、決まったから俺帰るよ」と言って立ちあがろうとした時、晴人が俺の腕を掴んだ。

「どんな雰囲気で、交換すればいいの?」

「は?」

「やっぱ、雰囲気も大事やん? その場の空気っていうかさぁ」

 そうだよな、その場の空気って大事だよな。そろそろ、帰らせてくれないかな?

「まぁ、ラフな感じでいいんじゃないの?」

「ラフってどんな感じなん?」

「……ラフっていうのは──」


 この後、晴人から何個も同じような質問を繰り返され、家に着いた時には全身から汗が吹き出ていた。

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