第17話 さよなら、またね


「また来いよ」

「いつでも待ってるからね」

「次を楽しみにしているわ」

「次はあなたの世界のアレのことを是非くわしく!」


 みんなが口々に言ってくれる別れの言葉に手を振りながら歩き出した。


「あの子たちにはまだ『あの魔法』を見せたくないんだ。もう少し歩いてもらうよ」


 そう言って門から少し離れた場所で足を止めた学園長は、ソフィーちゃんに声をかけた。 


「ソフィーくん。これから詩雛くんと二人で話すことがあるんだ。少しだけ待ってくれるかい?」

「はい、わかりました」


 ソフィーちゃんから少し離れたところまで来ると学園長さんが言った。


「……さて、詩雛くん。少し大事な話をするよ」

「はい」


 ここへ来た時と同じように、人差し指を前に出して軽く振る。


「これから僕が、君を迎えるために使った次元魔法を特別に見せるから、その時に使う呪文を覚えて欲しいんだ」


 そう言って意味ありげに笑う。


「ええっ、あたし覚えていいの? やったー!」


 飛び上がって喜んでいると学園長さんが言った。


「では、始めるよ。次元ディメンションズ回廊ゲート、開け《オープン》」


 学園長さんが呪文を唱えると、来る時に通ってきた大きな鏡が目の前に現れた。


「どうだい? 覚えられたかな」

「わ、分かった。ディ……ディメンションズゲート、オープン! ……合ってる?」


 パチパチと拍手の音がする。


「さすがだね。うん、完璧だよ。それが次元回廊を開く呪文だ。では次に、閉じる時の呪文だ。次元ディメンションズ回廊ゲート、閉じろ《クローズド》」

「ディメンションズゲート、クローズド」


 そう唱えると、鏡は跡形もなく消えている。学園長さんがにっこり笑う。


「うん、いいね。……さて、詩雛くん。この後もう一度、ゲートを出すから、君は自分の部屋に戻ってこの門から出たら、呪文を唱えて閉じてくれるかい?」

「分かりました。うわぁ、あたしも魔法使えるんだね! 楽しみっ!」


 ── すごいよ、ついにあたしも魔法使えるんだ!


 その時、学園長さんが急に真面目な顔になった。


「さて、その前に君に暗示をかけさせてもらうよ。元の世界に戻ると君は『異世界通話』のアプリを自分からは使えなくなる。これからはソフィーが連絡したときに、アプリの存在とこちらの世界のことを思い出すようになるんだ。これは保険みたいなもので、君の世界にこの世界の痕跡こんせきを残さないようにするためのものだよ。この暗示は通話を切って五分後に発動するようにしてある。……ああ、心配しなくてもソフィーはきっと毎日君に連絡するよ、きっとね。それにこれは暗示だから、本当に必要なときにはちゃんと思い出せるようにしておくからね」


 学園長さんの話は少し難しくて、どうして暗示が必要なのかいまいちよくわからなかった。けれど……。


「んー、よく分かんないや。でも学園長さんを信用してるから、これは必要なことなんだろうなって思うよ。だから、わかりました。……ねえ、また来れるかな?」


 そう聞くと、パチンとウィンクして学園長さんがが耳元でこっそりと言った。


「戻ったら君のスマートフォンを確認してごらん。きっと面白いことが見つかると思うよ……ソフィーくん、ありがとう。話は終ったよ」


 その言葉に振り返ると、少しうつむいたソフィーちゃんが立っていた。


「ソフィーちゃん、どうしたの?」


 ソフィーちゃんは黙って首を振るとそのままトトトッと駆け寄ってきてギュッと抱きついてきた。ふわふわのソフィーちゃんの体は少しあたたかい。ソフィーちゃんの目からぽろりと涙がこぼれ落ちた。


「え、え? ソフィーちゃん、大丈夫? どこか痛い?」


 オロオロしていると、ソフィーちゃんのくぐもった声が聞こえた。


「しーちゃん、今日はすごく楽しかった。しーちゃんに会えてとっても嬉しかったよ。だけど、これでお別れだと思うと寂しくなっちゃったの。笑顔でお見送りしようと思っていたのにごめんね」


 そう言うとまたうつむいてしまう。あたしもつられてまた泣きそうになったけど、グッと我慢して無理やり笑顔を作った。


「ソフィーちゃん、学園に呼んでくれてありがとう。あたしもとっても楽しかったよ。また来れるといいなっ。ね、ソフィーちゃん、これからも毎日通話してくれる? あたし、これからはソフィーちゃんからの連絡がないと通話できなくなるんだって」

「え、そうなの? うん、大丈夫よ。毎日連絡するからね」

「ありがとう。ソフィーちゃんからの連絡、楽しみにしてるね。……じゃあ、そろそろ戻らなきゃ」


 名残惜しいけど帰らなくちゃね。ソフィーちゃんから離れると、学園長さんがまた鏡を出してくれた。


 ── お別れを言わなくちゃ。


「ソフィーちゃん、学園長さんありがとう。お世話になりました」


 ペコリとお辞儀をして、まっすぐに鏡に向かって歩き出した。


「詩雛くん、帰ったら必ず通話するんだよ」

「うん、5分以内なら使えるんだよね。わかりました! ……それじゃ、またね」


 あたしはいろんな気持ちに蓋をして、思い切って鏡の中に飛び込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る