第7話 紫雨様のなでなで
紫雨の白い髪が、風に舞う。
その瞳はまっすぐに、実沙子を見つめていた。
「し、紫雨様……っ!?」
「娘……また泣いているのか……一体、何があった?」
責めるような声ではなく、静かで優しい声。
「紫雨様~! 花嫁様、嬉しくて泣いちゃったんだって」
「そうなの! これ、花嫁様にあげたら、泣いちゃったのーー!」
「だからみんなで抱っこしてたんだよ!」
子鬼たちが花冠を見せた。
みんなが紫雨の元に駆け寄ったり、実沙子の手を握ったり背中から抱きついた。
「嬉しくて? ……花冠が?」
「はい……みんながとても優しくしてくれるので……すみません。泣いてしまって」
「謝ることはない」
紫雨は着物の胸元から、ハンカチを差し出してくれた。
「あ、あっ……ありがとうございます」
「あなた達、お仕事はどうしたのです?」
紫雨の後ろから、キツイ声が聞こえる。
黒髪をきっちりと後ろでまとめた厳しい顔の鬼女。
「どうしたのです? 答えなさい」
彼女が、片眼鏡を直しながらザザ丸達に言った。
彼女も袴の上から地獄門番の紋が入った羽織を着ている。
銀色の紋なので、幹部だろう。
「えーっとぉ~俺は実沙子に城案内してて~~それで~~遊ぼうか……って」
ザザ丸と子鬼達は、皆がバツの悪そうな顔をする。
「あの、私がみんなに遊びましょうと誘ったのです。みんな私のためにお仕事を中断させてくださったのです」
「まぁ! 積渡実沙子様、貴女が子供たちにそんな命令を?」
「は、はい……私のせいです。ですからみんなを叱らないであげてください」
咄嗟に嘘をついてしまった実沙子を、片眼鏡の女が睨む。
「積渡実沙子様、貴女は人間側の罪の償いでこちらに来られた御方でしょうに……子供たちの仕事を邪魔するなど言語道断……」
「桔梗、やめないか」
紫雨が右手を上げて、静止させた。
「し、紫雨様。しかし……」
「子どもは遊ぶものだ。仕事の合間に息抜きぐらいいいだろう。ならば今の俺も叱るか?」
紫雨は、実沙子が座っている目の前に一緒に座った。
「俺も息抜きだ」
「わーい、紫雨様にも花冠つくる~!」
「紫雨様も一緒に遊ぼう~!」
「紫雨様! これから会議が!」
「三分だ」
子どもたちは紫雨の周りで大はしゃぎだ。
いつも紫雨が子供たちに優しく接してくれているのがわかる。
優しい……。
なんだかそれを見ているだけで、実沙子の瞳からまた涙が溢れる。
「紫雨様! お時間です!」
「あぁ。わかった。お前達、好きなだけ遊ぶがいい」
子供たちにそう言ったあと、立ち上がった紫雨は実沙子の頭を優しく撫でた。
「あ……」
「それでは」
そんな仕草が嘘だったように、紫雨は秘書のような片眼鏡の女を引き連れて颯爽と花畑を去っていく。
「ザザ丸くん……ここは会議室への通り道?」
「んなわけないじゃん~」
「……そうよね」
何故、紫雨はわざわざ此処へ?
秘書に怒られながらも、目の前に座って子供をあやして……頭を撫でてくれた紫雨。
優しい表情を思い出す。
「……なでなでされてしまった……」
美人で控えめで学びや仕事を頑張っている実沙子に対して、好意を抱く男性はそれなりにいた。
だが、美沙希を敵に回す度胸のある者はいなかった。
なので実沙子の自己評価も、恋愛偏差値も著しく低い。
「花嫁様、お顔真っ赤だよ!」
「な、なんでもないの! なんでも……」
ドキドキしてしまったが、自分は迷惑な生贄花嫁。
お詫びに、飾りを作り直して、またあの街へ戻らなければいけない……。
また、あの家族の元へ戻らなければならない。
美沙希のもとへ……。
殺されず、人間界へ戻れるというのに、何故か実沙子の心は苦しくなる。
部屋へ戻る前に、飾り創りの工房も見せてもらった。
鬼の子ども達が、水晶を加工して創るキラキラの飾り。
十日もあれば、飾りは創り終えることができるだろう……。
「じゃあ花嫁様、お手伝い楽しみにしてるねー!」
「うん、またね」
「実沙子、俺も一旦家に帰るわ。今日は俺が飯当番だから」
「ザザ丸くん、ありがとう。とっても楽しかったわ」
子たちやザザ丸とも別れて、桜階へと戻ってきた。
「実沙子様、おかえりなさいませ~お茶を御用意いたしますね」
オチバが笑顔で出迎えてくれる。
「ただいま帰りました……そんなお気遣いなく」
「喉乾いたでしょ~? 遠慮なんかしなくていいんですって」
『おかえりなさい』と言われるだけでも嬉しいのに、素敵な紅茶とクッキーが運ばれてきた。
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