第42話 男の勝負
騎士団長は、かつてシアが語った通り、男でありながら魔力を有しているようだった。
特別な魔法を使える、という雰囲気はないが、洗練された剣技に魔力の威力向上が乗る。そういうスタイルに見える。ちょうど、俺の母親と同じタイプだ。
隙が無い。そう思う。そもそも、城の崩壊に巻き込まれて負傷らしい負傷がない時点で、手練れに決まっていた。
だから正面から対峙しながら、俺は思う。
……どう攻め入る。奴は重装備だし、一度逃げて
ならば、正面対決しかないか。そう考えていると、再び騎士団長は言った。
『貴公、魔力がないのか。ならば、男は負けたのか。身勝手な魔女の呪いは、ついに男を蝕み切ったというのか』
「だから、何の話をしてんだッ。魔女って何だよ!」
俺が言い返すと、騎士団長は答える。
『魔女は、魔女だ。男を恨み、男を呪い、世界中すべての男に解けえぬ呪詛を紡いだ。「歪んだ魔女」。……まさか、知らないのか』
「知らねぇよ。どんだけ前の話だよそれ」
歴史の授業は受けているが、有史以来ずっと男は魔力もないし数も少ない。
……つまりシアが以前語ったように、太古の時代の騎士という事なのか、奴は。
そして、その太古の時代で、『歪んだ魔女』なるヤバい奴が、男に呪いをかけ、こんな貞操逆転世界が生まれた……と?
俺の答えに、騎士団長は震える。
『……惨い。それほどまでか。それほどまで、時が過ぎたか。歪んだ魔女に男は敗北し、女に虐げられるみすぼらしい世になり果て、それが当然となるまで時が過ぎたか……!』
騎士団長の言葉に、俺たち全員が困惑する。
だって、俺が今まで生きてきたこの世界は。男女比1:30のこの世界は―――
「……逆じゃね? 男たちに、女の子たちが虐げられてないか?」
いや、確かに気持ちは分かるんだけどさ。
男が強い前世みたいな世界で、男が徹底的に弱くされたら、虐げられ始める! みたいな危機感を覚える気持ちは分かるんだけど。
そうじゃない世界に生きている身としては、そうならなかったよ、というか。
『何を、言っている……』
「いやだから、逆だろ。女の子の方が、よっぽどひどい目に遭ってるぞこの世界」
俺はどうにか説得できないか、と話しかける。
しかし、それは功を奏しなかった。
『―――よもや男に、そのような言葉を吐かせるほど深く洗脳しているとは……ッ!』
騎士団長の憤怒が、あふれ出す。
『何という冒涜……! 許せぬ、許さぬ……! 魔女よ……! 魔女の子らよ……! 我は、貴様らを決して許さぬ……!』
騎士団長は頭鎧の奥で、男泣きしている気配がある。騎士団長は高く剣を掲げ、怒気を膨らませる。
それに危機感がぶち上がった。格上の殺意がまき散らされ、全身が恐怖に硬直する。
だが、今ここで、動かないわけには行かなかった。
恐らく、次の瞬間誰かが襲われる。その時に対策を打っていなければ、その誰かが死ぬ!
誰だ、と考える。俺か、ウィズか、アイギスか、シアか―――
違う。命がかかった場面で、博打なんて打つな。すべてを守れるように動けッ。
「アイギスッ! ウィズを守れ!」
「分かったわ!」
俺は大声で指示を出しながら、シアに向かって飛び出した。
「シア!」
「きゃっ、テクトっ?」
シアに抱き着き、そのまま押し倒す。その直後に、今までシアが立っていた場所に、騎士団長の剣閃が走った。
「こっちに来やがったか! 時代遅れの
『貴公ッ! 男でありながら、魔女の子を庇うとはッ!』
瞬時に距離を詰めてきた騎士団長は、返す刃を俺たちに振り下ろす。そこに、呪刀を合わせた。
金属音が走り、騎士団長の剣が俺の呪刀を滑る。俺は剣を踏みつけ、返す刃を浴びせようとする。
『猪口才な!』
「うぉおっ!」
だが、騎士団長は魔力の籠った剛腕で、俺ごと剣を振り上げた。俺は宙に投げ上げられ、グラップルで素早く地面に帰還する。
その着地を狩るように、騎士団長は踏み込み一閃。だが俺も、その手の攻撃には訓練で慣れている。歩法で躱し、背後跳躍で距離を作った。
思う。強い。高い技量に、魔力の支援を受けた身体能力。特別な魔法なんて必要ない。これだけで、奴は俺が相対した敵の誰よりも強い。
俺は再び呪刀を構えながら、再び騎士団長と対面する。
すると、奴は言うのだ。
『何故だ。何故それほどの腕があってなお、魔女の子に屈服する。魔力もない身でそれほどまで武を練り上げられる貴公が、何故ッ』
「屈服なんてしてねぇよ! むしろ、ずっと優しくされてきた! すぎるくらいにだ!」
『それが洗脳だと、何故気付かない!』
「お前こそ凝り固まった頭を良くほぐして考えろ! お前はいつ、俺が洗脳されてるのを見た! 俺がみんなにひどい目に遭わされる姿を見た!」
『魔力も持たない身で、このような死地に連れてこられていることこそが、その証拠!』
「俺がみんなを連れてきたんだよバ――――――カ!」
再び切りかかってくる騎士団長に、俺も切りかかる。
魔力の分だけ、奴は俺よりも力に優れる。だから力で勝負するな。速度でも力でも負けているなら―――技で勝負しろ!
俺は関節を柔らかくして、鍔迫り合いに見せかけ、騎士団長の剣を受け流す。そのままに一閃。騎士団長の胴を横薙ぎにする。
だが、有効打にはならない。以前のオークを斬ったあの異常な切れ味には、程遠い。
『……我が、先に一太刀入れられた、か……』
しかし、騎士団長はこの一撃に、思うところがあったらしい。奴はその鎧の脇腹に入った、ささやかな傷に触れる。
『貴公。魔力を持たないままに、これほどの腕を持つ傑物よ。やはり分からぬ。我は、分からぬのだ』
「何がだよ」
『貴公は強い。魔力を奪われてなお、我を上回るほどの剣技。同じだけの魔力を有していたら、すでに我は倒れていた』
「そうだな」
『であれば、洗脳されるほど弱くないと、認めよう。だがそうすると、逆に分からないのだ』
騎士団長は、続ける。
『過ぎるほどに優しくされた、と語ったな。歪んだ魔女は、過ぎるほどに甘く育てられたと聞く。すべてを与えられ、快楽付けにされ、そして歪み、魔女となったと』
ならば、と騎士団長は続けた。
『貴公もまた、そうなっているはずではないのか。満ち足りているのなら、努力は不要だ。しかし貴公の実力は、弛まぬ努力の先にあるものだ』
「……」
『貴公の言葉は、嘘でも通らないし、真でも通らない。貴公の真実は、どこにある』
俺はそれを聞いて、目を伏せる。
思い出すのは、環境のこと。ウィズにも、アイギスにも、シアにも、俺は優しく親切にされている。
だが、それだけではない。俺には数多くの師匠がいる。母親に始まり、ロリドワーフ鍛冶師のアイラ、最近はヘッダさんもそうだ。
そして、境遇のこと。騎士の生まれ。不当な義務と、達成できなかった時の重すぎる罰。
優しくされてきた。厳しくもされてきた。理不尽にも晒されてきた。
そして、納得して、俺は口を開く。
「優しくされるのと、甘くされるのは違う。厳しさのある優しさもある。甘さは、ただ甘いだけだ」
呪刀を構える。
「確かに、甘くされただけの男どもは、本当に酷い姿をしてるよ。デカくなっただけの赤ん坊みたいな連中だ。俺がそうならなかったのは、生まれがツイてなかったから……」
言って、違う、と首を振る。
「違う。俺は、俺だけが、幸運だったんだ。怠けていても、赤ん坊のままでもどうにかなる生まれじゃなかった。頑張る必要がある、恵まれた生まれだった」
俺は、ダダ甘に育てられたカスの男どもを、羨ましいとは思わない。
あいつらはダメだ。でも、育てられ方次第で、俺もあんな風になりえた。でも、そうならずに済んだ。それは、俺の珍しい出自のお蔭だ。
頑張ろうと思う法律があった。教えを乞える師匠たちに巡り合った。努力に応えてくれる才能に恵まれた。一緒に頑張りたいと思う友達に出会えた。
「だから俺は、強くなれた。これからも、まだまだ強くなる。強くなって、大切な相手を守る。それが、男の本懐なんだよ」
俺が言い切ると、『ふ……』と騎士団長は笑い、背後の女子たちがざわつき出す。
『よく分かった。ならば、証明してみせよ』
騎士団長は、再び構える。
『恵まれたというのなら、魔力なくして我を破って見せろ。魔女の子でも、守るに値するとその身で証して見せろ!』
「言われるまでもねぇ!」
俺が言い返すと同時に、騎士団長は踏み込んだ。
騎士団長の動きは、ここまでのやり合いで、ある程度読めるようになってきた。素直で実直。奴の剣は、剛の剣で、誠実の剣だった。
となれば、俺だってそれに答えないわけには行かない。
俺もまた踏み込む。奴より遅くとも、リズムは分かる。いつ奴の剣が来るか分かっていれば、対応も、反撃の入れ方も明確だ。
重要なのは、力が強いことじゃない、早いことじゃない。
敵にとって一番嫌な動きをすること。
敵に勝つ立ち回りをすること――――
そう考えた時に、呪刀にまとわりつく気配が、変わるのが分かった。
「っお前」
オークの時のような、嫌な気配が呪刀から立ち上る。だが、騎士団長はすでに俺の至近距離に迫っていて、剣を振り下ろしている。
そして俺もまた、そこに刀を置いていた。騎士団長が振りかぶるより早く、振り抜こうとする横薙ぎの一閃。
そして、俺たちは交差した。
俺の頬に、ぴちゃっ、と血が飛んだ。それを見て、シアが「テクトっ!」と叫ぶ。騎士団長が、勝ち誇るように『ふ……』と笑う。
俺は苦笑気味に、自嘲するように口端をゆがめた。
「俺も、まだまだだな」
言いながら、指で血を拭う。
「こんな返り血も、避け切れないとはよ」
直後、騎士団長の首から、大量の血が噴出した。
『―――――――ッ』
勝利。それを確信しながらも、俺は呪刀を見つめて「そうか」と呟く。
これは、この刀は、あの水の試練そのままの剣なのだ。
適者生存。優れるのではなく、適するという発想。
使い手がどれだけ敵を知り、それに合わせて強くなったのかを測り、その切れ味を変える魔剣。
使い手が真に相手の天敵となった時、まるで決められていたかのように、敵を両断する一振りなのだと。
『か、は……っ』
騎士団長がその場に崩れる。大きく割れた首に手を当てながら、『貴、公……!』と振り向く。
そして、言った。
『見事、なり……!』
どう、と騎士団長は倒れる。そして光の粒子となって、消えて行く。
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