第36話 呪刀
付き人終了間近になってきたタイミングながら、俺はこの生活にも慣れて、早朝に時間を捻出できるようになっていた。
起床は四時。最近仕事のやり方が分かってきたから、五時半にシアの寮についていれば、問題なく仕事は終わる。
となれば、久しぶりに、勘を取り戻さなくてはならないだろう。
そして、そしてもう一つ。今日は俺にとって、極めて、極めて重要な日でもある。
つまりは――――
「学外解禁日だぁぁああああっ!」
わっしょーい! と俺はぴょーんと飛び上がる。
そう。今日は俺が学園や街から出るのを禁じられてから、ちょうど一か月経った日。俺は学園の外に出て、モンスターの出る場所に赴いてもいい身分になったのだ。
「やるしかない……! 訓練を開始するしかない……!」
早朝だろうと知ったことか。むしろ夜行性のモンスターがまだちょっと起きてて、歯ごたえがあるというもの。
俺はモンスター狩りに血沸き肉躍る気持ちになって、「ぬっふっふっふっはっはっはっは!」と魔王みたいな笑い声をあげてしまう。
となれば、武器を手に飛び出すしかない。朝五時半までに戻らなくてはならない以上、時間は少ない。爆速で行って爆速で狩って爆速で帰る必要がある。
ならば、一秒とて無駄にはできまい。
「とぅっ!」
俺はベッドから飛び出す。地面に着地。前転。それから、いつもの通り実家から持ってきた刀を手に取る。
手に取ろうとして、止まった。
「……ん?」
目に留まったのは、俺の腕に呪いをもたらした、例の剣だった。
解呪に必要かな、と考えて、忌々しいながら一応保管していたのだ。そうしていたら付き人が忙しくって、しばらく放置してしまっていた。
さて、ではその剣についてだが、抜いた当時はいかにもな雰囲気を醸す、錆びついた剣だった。
だが、今確認して見ると、様子が変わっている。
様子が変わっているというか……。
「剣が刀になってんだけど」
どういうこと? と俺は剣改め刀を手に取った。
刀身は鋭い。実家から持ってきた量産品の刀とは比べ物にならない、鋭利な雰囲気を宿した刀だ。
特徴的なのは、錆が取れ、側面に紋様が走っている点。
俺は腕まくりをして、その様子を確認する。うねりくねった呪わしい雰囲気は似通っているが、しかし特徴そのものを見るに別物のように見えた。
俺の腕の呪いは、下から大きく昇り立つような文様。
一方刀は、水のように流麗な、静かな文様だった。
「……」
思い出すのは、王についての碑文。
『水は絶えず形を変え、器の底に収まる。王とは強者にあらず、知恵者にあらず、ただ王は王である』
器の底、というのはヒントだったが、それ以外は王についてのあり方を指し示していたように記憶している。
すなわち、弱肉強食ではなく、適者生存。
それは水のあり方に似通っている、と。
「……」
俺はマジマジと見つめて、ぽつりと呟いた。
「よく見ると、この刀カッコイイな……」
呪いの剣で、水のように変化する的な? それで俺の好む刀に変化したとか? うわ、何か刺さる。俺の中二心に刺さっちゃう。
「持ってこ」
ウッキウキで俺は刀を適当な鞘に差して、寮を出る。
さて、学外である。
俺はウッキウキで森へと繰り出していた。向かう先はオークの森。ちょっと前に知性オークに苦戦したあの森である。
だが、新武器も揃ってきて俺もだいぶパワーアップしてきた。ここに出てくるモンスターくらい余裕だろう。
そんな慢心と共に進んでいると、捕まった。
「テクト~? 何で男の子のアンタが、こんな早朝から一人でオークの森なんかにいるのかしら~?」
笑顔のアイギスを前に、俺は後ずさる。
「だって! だって解禁したもん! 謹慎期間一か月明けたもん!」
「そもそも危険行為がダメなのがまったく分かってないみたいね~。そりゃ放課後の人が多いタイミングで、アタシかウィズみたいな連れ合いがいるならやぶさかじゃないけど」
ずん、とアイギスが前足に力を込める。
「一人で人気のない危険地帯に行くなってのが分かんないの確保ぉおおおお!」
「ぎゃあああああああ!」
飛び込んできたアイギスの突進を避け切れず、俺は確保された。
「このこのこの! 罰として腹筋にセクハラしてやる! 悪いのは何!? この腹筋!? すぅうううう」
「わぁああああ吸うなぁぁあああ腹筋を吸うなぁぁあああ」
まるで幼児に拘束されるデカい猫になった気持ちで、俺は腹筋を吸われる。猫吸いならぬ腹筋吸いをされる。
「はぁぁぁぁあ……癒されるぅ……テクトニウムが補充されていくぅ……」
アイギスは顔を蕩けさせて、ごろにゃんと俺の腹筋に顔を擦りつけている。こいつ腹筋好きすぎるだろ。
「離せぇっ。俺は、俺は久しぶりに魔物狩りがしたいんだっ。あと一時間で付き人の仕事が始まるから、それまでにモンスターを倒すんだぁっ」
「相変わらずの戦闘意欲の高さよね……。セクハラ自体が嫌とかはないの?」
「別に? アイギス可愛いし」
「っ♡ ふっ、不意打ちしないの、もうっ♡」
照れ照れアイギスになったので俺はぬるりと抜け出し、ひょいっと立ち上がる。
「っていうかアイギスは何でオークの森に、こんな早朝からいるんだよ。危険だぞ?」
「そっくりそのまま返すけどね。ま、テクトと同じよ。朝練って奴」
近くの木に立てかけていた巨大ハンマーを手に取り、軽々と肩に担ぐアイギス。
流石の膂力である。絶対アイギスよりハンマーのが重いのに、何で持てるんだろうとか思う。
「テクトの解呪狙いで買った本、結局役に立たなかったからね。王女様の解呪に頼るしかない不甲斐なさの分だけ、鍛え直そうと思って」
少しバツが悪そうに言うアイギスに、俺は肩を竦めて「気にすんなよ」と告げる。
先日、シアと共に見かけたウィズとアイギスのお買い物。あれで試した解呪は、結局どうにもならなかった。
ウィズが「悔しいです……! テクト君が王女様に独占され続けて、私……!」と男泣きならぬ女泣きをしていたのが記憶に新しいところ。ウィズ女泣き多いね。
こう言っては何だが、俺そんなにウィズに好かれるようなことしたっけ、と最近ちょっと疑問思っているのは秘密だ。いや、話合うし仲良しではあるんだが。
それはともかく。俺はアイギスに持ちかける。
「じゃあせっかくだし一緒に行こうぜ。アイギス本隊、俺斥候のいつものスタイルで」
「ええ、いいわよ。じゃあ出発しま」
アイギスが、そう言いかけた瞬間だった。
「アイギス」
「分かってる」
俺とアイギスは瞬時に一方向に顔を向け、飛んできた矢を払う。俺は刀で切り伏せ、アイギスはハンマーを盾に構える形で。
それだけで、矢は無力化された。俺の足元に真っ二つになった矢が、アイギスの足元にふたつの矢が転がる。
「ブモっ」と向こうで声が響くのを聞いて、俺は言った。
「オークだな。通常個体。けど、矢の数的に」
「三匹ね。ゴブリンはいそう?」
「いない」
「オッケー。じゃあ―――早い者勝ちねッ!」
言うなり、アイギスは巨大ハンマーを振りかぶった。
その異様な様子に、「ブモモモッ」とオークたちが木の影で散会するのが分かった。それにアイギスは「チッ、通常個体の癖に頭が回る!」と毒づく。
アイギスの弱点はこれだった。武装がいかにも強そうだから、攻撃の予備動作に入ると敵が逃げるのだ。大軍相手の戦争ならいざ知れず、散兵戦には向かない。
一方、俺はこういった散兵戦に特化している。
「グラップリングフック!」
左腕を振るって、ワイヤーを樹上に射出する。先端が木に刺さるなり、俺は瞬時にワイヤーを巻き取り飛び上がる。
その勢いで先端を外して空中を跳び、俺は逃げ惑うオーク目がけて、再びグラップリングフックを放った。
フックの先端がオークに刺さる。もはや奴は、逃げられない。
「ぶひぃっ?」
「もらったぁ!」
最大出力で巻き取り、俺はオークに一直線に迫る。オークは逃亡の構えだったから、俺に振り返り反撃、という事もできない。
戦いを続けるのも、終わらせるのも、決められるのは常に機動力に勝る者だけ。
「行くぞ、オークッ!」
俺はオークに急接近しながら、刀を抜いた。
一閃。
オークの首が宙に舞う。俺は土煙を上げながら、鋭く横移動しつつ着地した。
「あーっ! テクト、ズルいわ、よォッ!」
そこで力を貯め終えたアイギスが、思いっきり巨大ハンマーを投げつけた。
狙われたオークは木の裏に隠れていたが、そんなのは無意味だった。巨大ハンマーは立派な一本の木を、まるで枯れ枝のようにぶち破って、オークをすり潰す。
圧倒的な暴力の化身。一撃で敵を粉砕する、一人にして一つの要塞。
「まったく。防御がアタシの前で意味を成すわけないでしょうが」
俺はその様子に、思わず笑ってしまう。
『小さな要塞』は、森の中でも健在だ。
「さぁ、テクト! 最後の一匹は、どっちが先に倒せるかしらね!」
「俺に決まってんだろっ!」
「はぁ~!? アタシなんですけどー!」
俺たちは笑って言い合いながら、最後の一匹目がけて動き出す。
俺はやはりグラップルでの高速移動。
一方アイギスは、ハンマーを探していては遅きに失すると判断したらしく、素手のままに駆け抜ける。
移動速度は僅かに俺が上。そう。グラップルをもってしても、僅かに、だ。素のアイギスの移動速度には舌を巻く。同じ生物とは思えないほど。
俺は考える。
先ほどのように、不意を突くような立体機動をすれば、その隙にアイギスがオークを倒すだろう。そしてパイルバンカーには生憎、魔石が入っていない。
となれば、先にぶつかって、実力でオークをねじ伏せる以外に、俺に選択肢はなかった。
「やるしかない、かっ!」
俺はグラップルを地面から外し、オークの目の前に飛び出す。
始まるのは、不意打ちのない
以前知性オークとやり合った時は、刀一つでは防戦一方だった。新しい武器の分のパワーアップはしたが、素の実力はそう簡単には上がらない。
なら、負けるか。挑む前から諦めるか。防戦一方だからアイギスにとられるか。
―――そんな日和った考えを、俺が持つなんてありえない!
「往生しろやぁっ!」
突進。刀を携え、そのままオークへと向かう。
オークとてやられるままではいない。棍棒を振り下ろし、刀ごと俺を叩き潰すつもり満々だ。
俺はそれを、刀で受け流す動きに入る。ロスなく受け流せれば、その隙を突いて切り伏せられる!
そう思っていたから、驚いた。
「ん? ……え?」
刀が。つまり、俺が今回持ってきた呪刀が。
まるで、空気を切るようにぬるりと、棍棒を切り落としたから。
「はっ? えっ?」
俺は困惑の声を上げながら、最初の想定通りに返す刃を振るった。
一閃。
オークの太い胴を横薙ぎにして、俺はオークを両断する。
「ぷぎぃぃいいいっ!」
「えっ、えぇええええっ!? テクト、すっごぉ!」
オークが倒れる。俺の剣技を見て、アイギスは目を丸くして立ち止る。
俺も自分のしでかしたことに、目を丸くするしかない。
えっ、今の何? 本当に何?
「この刀の所為、か……?」
俺は刀を見下ろす。軽く刃を爪に掛ける。
切れ味は、俺の普段の刀より、いくらか良いくらいのもの。先ほどみたいに意味の分からない切れ味ではない。
なのに、結果はこれだ。確かにオークの相手は慣れているとはいえ、まるでまな板の上の鯉を捌くように倒せてしまうなんて。
俺は、自分の持つこの新しい武器をまじまじと見つめて、率直に思いの丈を吐露した。
「何だこの刀、こわぁ……」
やっぱこれ呪われてるわ。あんま使わんとこ。
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