第34話 お寝坊なお姫様
休日、いつものようにシアの寮に出勤すると、ヘッダさんがこんなことを言ってきた。
「テクトさん。テクトさんも仕事に慣れてきましたし、次の仕事に移ってもいい頃でしょう」
「えっ、まだ何かあるんですか?」
ヘッダさんは、心を落ち着けるように深呼吸してから、話し出す。
「実は、テクトさんには最初荷が重いだろう、と任せていなかった仕事があります」
「……最初から厳しくされてると思ってました」
「基礎の仕事に関しては全力で指導いたしました。ですが、シア様との信頼関係が必要になる仕事は、任せていなかったのです」
「なるほど……」
確かに最初は、シアに『
「そのため―――」
ヘッダさんが、背筋をピンと伸ばして言った。
「本日より、テクトさんにはシア様の寝起きのお世話もお願いします」
「寝起きのお世話?」
「はい、寝起きのお世話です」
俺は腕を組んで首を傾げる。
「それは、アレですか。毎朝ヘッダさんがやってる、朝の準備というか」
「ありていに言えばそうです。ただ……いえ、直接見た方が早いでしょう」
ヘッダさんが、二階に続く階段を、手で指し示す。
「どうぞ、上階へ」
「……はい」
何でこんな物々しいんだ、と思いながら、俺は二階へと上がった。
まず、閉ざされている寝室の扉をコンコン、と四回ノックする。それから「シア様~、おはようございま~す」と声をかける。
だが、返事はない。俺は一階のヘッダさんに振り返る。ヘッダさんは、無言で俺に頷いて見せる。
「……入りますよ~」
女子の寝室に、本人の許可なく入るのは心苦しいが、ヘッダさんには逆らえない。俺は扉を開けた。
部屋の中は、非常に整理された、広い部屋だった。
趣味の感じがいかにも女の子で、ピンクの小物が多い部屋の中央奥に、天蓋付きのベッドが置かれている。
そしてその上で、すやすやと眠る少女が一人。
「……んぅ……」
シアが、ネグリジェを纏って横になっている。
「……」
年頃の男子には、中々目に毒な光景だ。何せネグリジェは薄布で微妙に透けている。ボディラインも丸わかりだ。
こうしてみると、シアってかなりおっぱい大きいよな……と年頃男子な俺は思ってしまう。
ウィズも着やせしているから目立たないだけで結構あるが、シアには及ばないだろう。アイギスはぺったんこで勝負にならない。
と、そこまで考えて、俺はブルブルと首を横に振った。
よくない。眠っている女の子にこういう考えはよくないぞ。ちゃんと仕事をしなくては。
「シア様~? 朝だぞ~起きろ~?」
呼びかけながら近づくが、まったく起きる様子がない。
「……シア様?」
俺はベッド傍に立つ。シアは身じろぎ一つしないままに眠っている。
「……おーい、シア様~? 起きてくださ~い?」
仕方ないので、俺は肩の辺りに触れて体を揺する。
だが、起きる様子がない。全然ない。
……。
「え、死んでる?」
「死んでおりませんよ、テクトさん」
「うぉっ」
余りにシアが起きないから、そちらに意識が行き過ぎてヘッダさんに気付かなかった。
この俺が驚かされるなんて、とドキドキしながらヘッダさんに振り返る。
「ヘッダさん、シア様全然起きないんですけど」
「はい。この通り、シア様は極めて……極めて寝起きが悪いです」
二度も『極めて』って言われるレベルなのか。
「っていうか、その、格好がかなり際どいんですけど。俺本当に寝起きの世話やっていいんですかね」
「はい。テクトさんが仕事に慣れた、という私側の判断もありますし、寝起きの世話をテクトさんに任せていいか、という確認に、シア様本人が了承された、というのもあります」
それを聞いて、俺はシアを見る。
……寝起きなんていう無防備な場面を任されるくらい、信頼されたのか。そう思うと、いくらか嬉しさはあるけど。
「でもシア全然起きないですよ。どうすんですかこれ」
「こうします。すぅう――――疾く起きなさい! イリューシア・ファラーチェ・コンスタンティン! 起床の時間ですよ!!!」
「ひゃいっ」
ヘッダさんの息を吸い込んでの大声を食らい、びくっ、と半分寝たままのシアが起き上がる。
「おき、おきひぇまひゅ、おきへまひゅ……」
「大声を出すと、このようにひとまず覚醒します。ただ放置しているとすぐに寝てしまうので、定期的に頬をはたきながら起床の世話をします」
「……さ、流石に可哀想では……?」
「構いません。王族とは全貴族の見本たらねばなりませんので」
俺の疑問にも、毅然とした態度で答えるヘッダさん。
う、ううん……。流石に気の毒に感じてしまうが。
「やることは着替えに洗顔、歯磨きの三つです。どれも遅いので叱咤しながら行ってください。特に洗顔は油断すると溺れますので気を付けて」
「洗顔で溺れる……?」
ちょっと脳内になかった発想で驚く。何がどうなったら溺れるんだそれ。
「すぴぃ……」
とかやっていたら、またシアはベッドに倒れ込み、寝息を立て始めてしまった。
「ふむ、寝てしまいましたね。ではもう一度手本を」
「い、いえ。大丈夫です師匠。要領は分かったので、俺で出来ます」
「そうですか? ではお任せしますね。あとメイド長です」
俺に一任して、ヘッダさんは部屋を後にした。残されるのは、またも寝息を立てるシアに俺だけ。
俺はシアを見る。まだ警戒する気持ちはあるが、今のを見ると同情が勝ってしまう。目覚まし時計で飛び起きるの、嫌いなんだよな俺。
となれば優しく起こしたいところだが、あの大声が必要なほど寝起きが悪いのも事実。
「んー……いやでも、流石に言い過ぎだろ。あんな厳しくしなくても、あのしっかりしたシアならどうとでもなると思うし」
思い出すのは、先日の書類仕事のこと。
資料の場所を全部覚えて素早く対応する様は、まさに公務に臨む王族のそれだった。
それを考えれば、少し朝が弱いくらいのこと、周りが甘受してもバチは当たるまい。
「よしっ、じゃあ始めるか」
ある程度やっていれば勝手に起きるだろう、と俺は動き始めた。
まず俺は、着替えを探した。ヘッダさんは前日に準備をしておくタイプだから、多分……あったあった。
「これが今日の着替えだな」
俺は服を抱えて、シアの下に戻った。
俺はシアを揺する。
「シア~、シア様~。起きろ~。朝だぞ~」
「んん……きょう……じゅぎょぉあるの……?」
「いや、ないけど。ヘッダさんが起きろって」
「じゃあ……ねぅ……」
「あーあー布団にもぐるなもぐるな」
もそもそと隠れようとするシアから布団を剥がす。
中々根気のいる仕事かもしれない、と俺も気付き始める。確かにこれは、いきなり任せられる仕事ではなさそうだ。
仕方ない、と俺は強硬手段に出ることにした。
「シア、ちょっと失礼するぞ、っと!」
俺は気合を入れて、シアを抱き起こす。
「ん~……、あぇ……てくとぉ……?」
「ほいテクトだよ。今日は寝起きの世話を任されたからやってくぞ」
「ぅ~……ん~……?」
まだ何も分かっていないシアを起こして、俺は「はいバンザイして」と両手を上げさせる。
「ばんぁ~……」
「よくできました。服脱がせるぞー」
ネグリジェを上からすっぽり脱がせる。すると中から生まれたままの姿が―――
「ッ!? なっ、何で寝間着の下に何も着てないんだよ!」
俺は慌てて顔を背ける。え!? 何で!? 俺も男だから詳しくないけど、ネグリジェの下にも何か着てるもんじゃないの!?
「だって……じゃま……」
非常に端的に理由を答えるシアに、俺は歯を食いしばりながら俯く。
「くっ、じゃあ、目をつむるからな!」
「何で……?」
シンプルに意味が分からない、という反応に、この世界の貞操逆転ぶりを思い出しながら、俺はシアの着替えに手を付ける。
ブラは……無理だ。荷が重い。そのまま服を着せてしまおう。
「じゃあもう一回バンザイしろ。ばんざーい!」
「ばんざ~い……」
もう一回両手を上げさせて、そこに服をかぶせる。妹たちの世話を思い出しながら、俺は服を着せていく。
「んん……おっぱいすーすーします……」
「くっ、ブラは、その、起きたら自分で付けてくれ……!」
「アレ……パンツ……」
「そうだパンツもだ!」
俺は頭を抱える。だが、ブラと違ってパンツは履いてないと致命的だ。この服ワンピースだし。
「じゃ、じゃあ、足上げて……」
「はぃ……」
ベッド際に座るシアに足を上げさせて、俺はパンツの穴に通していく。気を付けていても、どうしても手が真っ白な太ももに何度かぶつかってしまう。
堪えてそのままパンツを上げていくと、顔のすぐ上に、シアの大きな胸元と、とろんとした顔があった。
目が合う。寝惚けたシアが、俺に言う。
「……テクト、顔が赤いですねぇ……どうしましたぁ……?」
「どうもしてない! はい! パンツ履けたな! ヨシ!」
「んん……食い込んでます……」
「その辺りは自分で調整しろ!」
俺はひとまず着替えに成功して、地面に手を突きゼーゼーと息を吐く。
どっ、童貞には荷が重い……! というか、本当にシアがまったく動かない! マジでされるがまま!
「んん……」
そして、少し目を離しただけで、シアはベッドでゆらゆらと体を揺らし始める。まずい。このままだとまた倒れて寝てしまう。
「ほら、立って! 立てシア! 顔洗うぞ!」
「立てません~……。起こしてください~……」
「ああ、もう! 世話が焼けるなこの王女様は!」
俺はシアを半分背負うようにして立ち上がらせる。背中に柔らかな二つのふくらみを感じるが、気のせいだと思い込む。
二階の洗面台に連れて行く。すると少し足取りがしっかりしてきて、俺はやっと一息つく。
「シア、目が覚めたか? ほら、顔洗ってシャキっとしようぜ」
「はい……」
寝惚けからローテンションに移行したシアが、洗面台を前にする。力が入っていないようだったから、俺が代わりに蛇口をひねる。
そこにシアが顔を下げ、顔を洗い始め―――
「ぼがっ、ぼががががががっ」
「うわ溺れてる! シア! 死ぬなシア!」
洗面台で溺れかけるシアを助け起こす。シアが目をぱっちりと開いて、顔を青ざめさせている。
「お、おは、おはようございます、テクト。い、命を救われてしまいましたね……」
「今ので!? 今の本当に死の危険だったか!?」
ヘッダさんの言う通りの朝の弱さだ、と俺は静かに戦慄である。
ひとまずタオルを手に取り、びしょ濡れの頭周りを拭いてやる。そうしながら、俺は次の仕事を考える。
「で、ええと、次は歯磨きか……」
俺はシアを見る。シアはタオルにくるまれながら、キョトンと俺を見つめている。
「……歯磨きってできるか?」
「書類仕事よりは苦手かもしれませんね」
いつもの柔和な微笑みのシア。
俺も笑みを浮かべて、こう言った。
「じゃあ、一から十まで俺が磨くから、言う通りにしてくれな……」
「はい、お任せいたします」
結局、その後のそれこれは全部俺がやった。シアの歯を磨きながら、俺は赤ちゃん時代の妹の世話を思い出していた。
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