第16話 犬猿の二人

 俺とアイギスとの関係は、幼少期にまで遡る。


 当時大暴れしては勲章をもらっていた母は、雇い主の城主とも仲が良かったらしい。


 その関係で、親子そろって場内に招かれることも多かった。


『テクト!』


 基本的に女の子は、男に接する機会が少ないが、貴族の子女は輪にかけて少ないと言われている。


 その影響か何なのか、俺はやたらアイギスに懐かれていた。


『テクト! 一緒に木登りしない!?』


『テクト! この滝飛び込んだら気持ちよさそうじゃない!?』


『テクト! 魔物が出たわ! 殺るわよ!』


 振り返って思うに、アイギスはとんでもないやんちゃ姫だった。


 っていうか、最初は俺以外の姉妹も、アイギスと一緒に遊んでたんだよな。んでじわじわ減っていった。


 最後まで一緒に遊んでいたのは、俺くらいのものだ。


 アイギスは昔からとにかく力が強くて、華奢な細腕でよく魔物を蹴散らしていた。


 血統が代々、そういうタイプなのだという。つまり魔力による身体補助が魔法抜きでも相当に強くて、その分体つきは華奢になりやすい、と。


 その上、魔法は身体強化が得意と言うのだから、それはもう小さいだけの巨人ではないか、と思ったものだ。


『小さい巨人じゃないわよ。アタシの血統は「小さな要塞」。間違えて覚えちゃダーメっ』


 違いは分からなかったが、ともかく、そういうことなのだそうだ。


 アイギスは特に、アラゴニア侯爵家の実権を握る正妃の第一子でもあったから、それはもうアラゴニア侯爵家でも可愛がられて育っていた。


 その所為なのか、家族で登城すると、アイギスは名指しで俺を招き、よく俺の姉妹が『権力によるテクトの占領を許すな!』とブチギレていたものだ。


 最近は、アイギスも忙しくなったとかで会えていなかったが……。


「まさか、首席合格だとはな」


「えへへっ、でしょ~? 会えない間に女を磨かなきゃって、頑張ったんだから」


 積もる話に花が咲き、俺はついアイギスと歓談してしまう。


 その一方で、虚無になっている人物が一人。


「……」


 ウィズは虚無の顔で、俺をじっと見つめている。


 その、何というか、この絶妙な居心地の悪さは何なのだろうと思う。ウィズもアイギスも友達なのに、何というか、それで済まない緊張感がある。


「と、とまぁこんな感じでさ、アイギスは俺の幼馴染なんだ」


 俺が言うと「……ソウデスカ……」とウィズは今にも朽ち果てそうな様子で相槌を打った。


 ……大丈夫かな。ウィズがあまりに元気がないので心配になる。


 と、そこでアイギスは言った。


「で、婚約者なのよね~♡」


「ブフォッ」「はぁああああああ!?」


 その話に、俺は噴き出し、ウィズがブチギレ立ち上がった。


「なっ、ななっ、なななななな」


「どうしたの陰キャちゃ~ん。そんな流行遅れの歌みたいなこと言って」


「陰キャじゃないですけど!? っていうか挨拶しましたよね! 私はウィズです! ウィズ・デルフィア! 覚えてください!」


「え~? 二つ名持ちの癖に男の子を守り切れなかった、クソザコ陰キャ女の名前なんて、覚えてられないんですけど~」


「ぐぬ、ぐぬぬぬぬぬぬぬ……!」


 煽るアイギスに、歯ぎしりをして睨みつけるウィズ。


 何となく思っていたが、この二人めちゃくちゃ相性が悪いかもしれない。アイギスはこの通り根明だし、ウィズもまぁ陰寄りなのは確かだし。


 っていうか、さっきまで俺たちが座ってたベンチぶっ壊れてるし。


 ウィズがやるとも思えないので、多分アイギスがウィズにケンカ売るがてらぶっ壊したのだろう。昔から女に厳しい奴だったし。


 そんな訳で、俺たちは隣のベンチに座っているのだが……隣のベンチのこと聞かれたら知らんぷりしよ。


 ひとまず、俺はウィズを擁護する。


「アイギス、怪我の件をどこで知ったのかは知らないが、俺も戦闘中に気付かなかったようなかすり傷だ。しばらく保健室にいたのは、みんなが過保護だからでしかない」


「テクトは頭から血が噴き出ててもかすり傷って言うから、信用できないわ」


「擁護してもらって何ですが、あの怪我は普通に大怪我です。入院は正しい判断です」


「何で俺、一瞬で四面楚歌になったの?」


 おかしい。俺が援護したウィズが俺の敵になった。


「っていうか、婚約者って何ですか! どういうことですか!」


 肝心な話題は聞き流さないとばかり、ウィズは指摘する。


 それにアイギスは得意げに語った。


「婚約者は婚約者です~! アタシたちはね、将来を誓い合った愛し合う二人なんだから」


「ぐがっ、ぐががががががが」


「ウィズが壊れかけのロボットみたいに……」


 俺は好き勝手言うアイギスに咳払いして、ウィズにちゃんと説明する。


「子供の頃の話だ。身分差もよく分かんなかった時の、可愛い約束事だよ。あんま真に受けないでくれ」


「え~~~! テクト、アタシのこと嫌いなの!? 結婚してくれないの!?」


「気持ちの問題じゃないっての。侯爵家生まれの名門血統と騎士の息子が結婚できるわけないだろ」


 身分差がありすぎるんだよ。俺とウィズでさえほぼナシなのに、アイギスに至ってはさらにありえないくらいの身分差がある。


「む~~~! そんな意地悪言うテクトには、こうよ!」


「うぉ」


 アイギスは、俺の膝の上に飛び乗ってくる。


 魔力で身体能力はものすごいことになっているが、アイギスの体重は見た目通り。だから、かなり軽い。


「ふふん、特等席」


「おこちゃま姫め」


 満足気なアイギスに、俺は肩を竦める。まぁこのくらいは気にすることでもないか。


「な、ん、ぇ……」


 と思っていたら、何かウィズが衝撃を受けている。


「……ウィズ、どうかしたか?」


「どっ、どどどっ、どうかしたかって、どうかしますよ! なんっ、ななな、何でちびっこが膝に載ってるのに何にも言わないんですか!」


「まぁ、このくらいは良いだろ」


 軽いし。可愛いし。


 一方アイギスは、ドヤ顔でウィズに言う。


「さっきまで男を独占して、まるで先輩の王女様の百合ハーレムみたいなモテモテ気分だったのかもしれないけど~ごめんなさいね~? テクトはアタシのテクトだから~!」


「血薔薇の」


「待て待て待て」


 胸元からバラの杖を取り出そうとしたウィズを諫める。


「ウィズ、ダメだろそれは。兵器を出しちゃダメ」


「このちびっこ小さいので、血薔薇の杖ならゴブリンみたくプチッとやれます」


「やれちゃダメだって話だぞ?」


「は? 『小さな要塞』舐めてんの? ゴブリン倒せる程度の攻撃力でアタシのこと倒せるって? 笑わせるわね」


「アイギスもケンカに乗るな」


 女子二人がバチバチに睨み合っていて、俺は大変に所在がない。


 せめてこれで話を逸らせないか、と俺はため息を吐きながら、ポッケにしまった設計図を取り出し見る。


 すると、アイギスが反応した。


「あ、それ前に見た設計図じゃないわね」


「ああ、前に見せたのはもう完成したからな。これは次の奴」


「完成したの!? ああ、なるほど、オークの森ってそういうこと」


 アイギスが得心いった反応をすると、ウィズがそれに食いつく。


「このちびっこ、パイルバンカーを知ってるんですか?」


 俺が答えようとしたら、アイギスが割り込んで答える。


「知ってるも何も、高純度魔石以外の他素材の取り寄せの出資者はアタシよ。っていうかテクト、この陰キャにも発明品見せたの?」


 不満そうな視線が二対、俺を見つめる。俺は針の筵を感じながら、そうだ、この流れで全部持って行ってしまおうと考えた。


「……アイギス、次の発明でも手を貸してもらっていいか? そっちの進捗、今ほぼゼロなんだよ」


「もちろんいいわ! たくさん頼ってくれてもいいのよ、テクト♡」


「えっ、て、テクト君?」


 得意げなアイギスに、狼狽えるウィズ。


 俺はウィズにも頼み込む。


「ウィズにも、今まで通り手伝って欲しい。設計図通り組み立ててもうまくいかないときでも、ウィズなら色々分かるだろ?」


「はっ、はい! 全力でお手伝いしますねっ」


「……何、その陰キャ。思ったよりデキるの?」


 涙目で笑顔になるウィズに、むすっとウィズを見るアイギス。


 俺が両者に要請するのを二人に見せることで、ウィズとアイギスの間で微妙な緊張感が走る。


 それから、二人は言った。


「分かりました。このちびっこが関わるのは遺憾ですが、発明品の出資者ならむげにはできません」


「はぁ~……。ま、アタシにはテクトの発明品の仕組みが分かんないのは、その通りだしね。陰キャが必要なら、テクトの邪魔はしたくないわ」


 二人が譲り合うのを確認して、俺は大きく頷いた。


「よし、じゃあ早速今日の放課後から動き出そう。まずは鍛冶場を押さえるところからだ」


「はいっ」「おっけ」


 二人は同時に頷き、それから一瞬睨み合ってから「「ふんっ」」と顔を背け合った。


 まだまだ犬猿の仲だが、ひとまずの落としどころができたというところだろう。


 俺はアイギスを下ろして、立ち上がる。

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