第48話:ヴィル・アルマーク
重く、粘つく闇の底を這う様な感覚だった。
遠くで誰かに呼ばれている気がするが、どこからかも誰からかも分からない。
痛みは無い。
そして右腕の肩から少し先の感覚と、どうしようもない焦燥感や憧れへの渇望も無くなっていた。
おそらく、自分の身体は死ぬ一歩手前なのだとヴィル・アルマークは理解する。
だが恐怖や不安は無く、寧ろ、疲れ果てた時にベッドに倒れ込んだように穏やかな気持ちだった。
(――そうか。僕は……負けたのか)
呪いの剣と分かった上で制御出来ればと良いとその力に縋り、手にした瞬間に呑まれた。
そしてその呪いで最大限に引き出した力をぶつけても尚、レオン・グレイシスには敵わなかった。
英雄になる為に不要だと、彼をパーティから追い出した自分が怪物の様になり、その彼に英雄の様に倒された。
(ざまぁないな……)
「良いかい、ヴィル。君は確かに強い。だけど、決して万能でも最強でも無いんだ。誰か一人でも良い、心から信頼出来る仲間を作るんだ。そうすれば、君はきっと良い英雄になれる。――間違っても、求められる理想に縋ってはいけないよ」
子供の頃に師匠に言われた言葉を思い出す。
当時は、求められる理想に応えようとする事の何がいけないのか分からなかったが、今なら理解出来る気がする。
師匠はこうなる事を懸念していたらしい。
これまでの旅の中でレオンも言っていた。
恵まれたクラス能力や魔力に頼るな。冒険者としての基本を学び直し、仲間との繋がりを大事にしろ。
――その通りだったな、と自嘲する。
こんな事になるのなら、もう少し素直に彼の言う事を聞いていれば良かったと思う。
(……いや、それはやっぱり……出来ないかな)
小さく苦笑する。
自分はやはり、レオン・グレイシスが嫌いらしい。
周りから無責任に期待され、父からは価値が無ければ意味が無いと追い詰められたのに、英雄譚に憧れたなどと、子供らしい夢を持つ彼が憎らしいのだ。
自身の過ちは認められても、彼への謝罪はしたくないのが正直な所。
我ながら子供染みていると思いつつ、その位に相容れないのだと実感した。
(そもそも、もう謝りたくても……謝れないしね)
また、身体が死に近づいたのが分かる。
(けど、もし……僕が【ブレイバー】じゃなかったら……)
何の変哲も無い、ただの冒険者だったなら。
英雄に憧れながらも雲の上の存在と他人事で、気の合う仲間と冒険をしていたのだろうか。
何も無い遺跡を期待しながら探索し、小さな盗賊団と魔王に挑む様な心持ちで戦う事もあるだろう。
それとも街で迷い猫でも探し回っていたのかも。
――そんな大冒険は、きっと楽しいと思う。
だが、そんなもしもに意味は無い。
現実はこうなのだから。
それでも、もし……。
この死の淵から生還できたとして。
そして、罪を償う機会が与えられたとしたら。
(僕も、誰かにとっての英雄になってみたいな……)
その為に何をすべきで、何が出来るのだろうと思いながら、ヴィル・アルマークの意識は闇に消えていった。
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