第33話:イレギュラー
レオンとリゼッタはどこか気恥ずかしい昼食を終え、二人は探索を再開した。
マッピングが進んでいない未踏領域と言っても、大きな変化は無く洞窟の様な通路と大小の空間が続いている。
出現する魔物も変わり映えは無い。時折、ゴーレムやウェアウルフを見かけるが殆どがゴブリンだ。
だが一本道に入ってからしばらくして、彼等は薄々感じていた違和感を口にした。
「――なんか魔物の気配がしなくなっていたな」
「そうですね……。ゴブリンも徘徊していませんし。ダンジョンは階段から一定距離、離れると魔物が出現しなくなるのでしょうか?」
「かもしれないな。ダンジョンは分かって無い事の方が多いし独特のルールがあるんだろうけど、俺らが全部把握するのは無理だろうな」
意見を交わしながら歩みを進めていると曲がり角まで来た。
恐る恐る先を覗くと、一際大きく開けた大部屋が広がっている。
異様な空間。至る所に細く歪な石柱が天井を支える様に伸びていた。
「――僕達が今ここで、征伐すべきだ!」
「だから、それが出来ないって言ってんだろ!」
二人が困惑していると、言い争う声が聞こえてきた。
片方の声は聞き覚えがある。
――ヴィルだった。
「あ、誰か来たみたいだよー」
シャルロットの声がして、ヴィルと誰かの口論が止まる。
「おっと、俺ら以外にもここに着く奴がいたか。俺らはギルドの依頼で未踏領域の探索に来たパーティだ。そっちもそうなら、出て来てくれないか?」
知らない青年の声にレオンはリゼッタと顔を見合わせ、部屋の中に入る。
「レオン……! なんで君がこんな所にまで……どうやってきた!」
ヴィルは疲労が滲む驚きとも怒りともとれる表情で、レオンを睨む。
彼は治癒を受けているのか怪我はしていない様子だったが、髪や服には転げ回ったのか落とし切れていない泥汚れがあった。
レオンはそんな嘗てのパーティリーダーに、僅かに眉を顰めた。
ここまでの探索で、余程苦労していたのだろう。
ちらりと『鋼の翼』の面々を見ると、シャルロットはヘラヘラと小さく笑っているが、ミリンダとライラはくたびれている。
自身の忠告は、やはり聞き入れられていないらしい。
それでも此処まで辿り着いたのは見知らぬ顔の青年のおかげだろうと察した。
「基本を守って慎重に進めば、この階層なら二人でも特に問題はなかったさ」
「それもバリアンさんに頼っているからだろう!」
「あぁ、その通りだ。俺一人じゃたかが知れるよ」
「分かっているなら、いつまで彼女を利用する――!」
怒りを露わにして叫ぶが、手負いの獣の様だった。
「利用じゃない。仲間だから一緒に戦うんだ」
「――どの口が……!」
「何、食ってかかってんだお前は」
レオンに掴みかかろうとするヴィルを青年が止める。
「なぁ、お前さん。もしかしてこいつらと居た『ガーディアン』か?」
「あぁ。レオン・グレイスだ」
「なるほど。お前さんも中々苦労してただろう」
彼にシミジミと言われてレオンは苦笑する。
「まぁ、それなりにな」
「アンタは上手くやれているのか?」
「いや、俺はパーティメンバーじゃねぇよ。こいつらの審査をしている傭兵で、クレス・アンバースだ」
クレスは肩を竦ませる。
「審査?」
「あぁ、ギルドの講習を受けるかどうかのな」
クレスの苦い表情でその評価は察しがついた。
「――まぁ、それはそれでか」
レオンの知る限り、ヴィルにとっては明確な初めての挫折だったが、良い機会ではあるのだろう。
出来れば、自分が居る内にその機会に恵まれたかったと思っていると、ヴィルが声を荒げた。
「おい、コレは僕達の問題だ! 部外者が口を出すな!」
「お前らのいざこざには興味ねぇよ。だいたい、今はそれどころじゃないだろうが」
クレスは大きく溜息をついた。
「情報を共有しておこう。ここは至る頃に石柱が立ってる行き止まりの大部屋だ。他に魔物は居ないからその点は安心していい。だが、ちぃとヤバい奴がいる」
クレスはレオンとリゼッタを連れて少し移動する。
それに『鋼の翼』の面々も着いてきた。
「――なんだ……?」
連れられた先にある石柱の中に何かが埋まっていた。
一見して何か分からなかったが、脳が認識してレオンは目を見張る。
禍々しい黒い甲冑の様だった
「これはまさか……イレギュラー……!」
僅かにたじろいだリゼッタにクレスは頷く。
「どうもコイツをビビッて、魔物が近づかないみたいだな」
レオンはギルドで聞いた話を思い出す。年に一度のダンジョンの再構成の際、稀に下層の魔物が上層に出現したり、壁や床の中などに埋まり休眠状態になる事があるらしい。
「さっき、言い合っていたのはこのことか?」
「あぁ。とっとと地上に戻ってギルドに報告したいんだが、こいつが自分で倒すって聞かなくてな」
レオンが視線をヴィルに向けると、彼は忌々しい様に睨み返す。
「英雄候補の【ブレイバー】でも難しいか?」
「こいつらの火力自慢は知ってるよ。だが、技術と経験が足りない。持久力はもっとだ。お前さんが一番分かってるだろ?」
「……そうだな」
クレスは肩を竦ませ、
「ところで、この趣味の悪い甲冑、デスナイトっていう魔物なんだが知ってるか?」
「あぁ、冒険者殺しだろ。相手にしたくない怪物だ」
レオンは頷いた。
生者を憎み、死をもたらす者。
残虐で好戦的。
ダンジョンが己の内で死んだ冒険者の遺体を素材に、より効率よく冒険者を殺す為に産んだ存在と言われている。
元になった人物で個体差はあるが、どれも高い身体能力と魔力を持ち、スキルや魔法を行使する。加えて、必ずユニークウェポンを所為しているらしい。
そして、共通する固有スキルとして《斬首の呪い》を持つ。受けた者はその名の通り、一定時間後に首が斬られる必殺の呪いだ。解呪にはかけた個体の討伐をするか、上位の解呪魔法や秘薬が必要になる。
ギルドが危険視する魔物であり、討伐する事が出来れば英雄と謂われる程だ。
「ちなみにこいつ。ダンジョンでも滅多に出ないレアな魔物だが本来なら30階層から出るらしいぜ」
「尚の事、相手にしたくないな」
「だろ?」
ダンジョンは下層になるにつれて、出現する魔物の強さも増していく。それが三十階層ともなれば、レオンには想像も出来ない怪物だ。
「このような場合はどう対処するのですか?」
リゼッタが小さく手を上げて尋ねる。
「基本的にギルドに報告して、判断を仰ぐ。ここは上層だからすぐに討伐する事になる筈だ。必要な人員をギルドが緊急依頼として徴集する。最低でもAランク以上が集まるだろうさ」
「だったら僕らが居ると言っているだろ!」
クレスが彼女に答えるとヴィルが叫ぶ様に抗議した。
「だから、お前らじゃ色々と荷が重いんだよ。Sランクっても実質、Bが良い所だろう。色々と残念なんだよ、お前らは」
「なにを……!」
不服そうなヴィルをクレスは軽くあしらう。
「ともかく、デスナイトを相手にするなら、万全にすべきだ。今、俺らに出来る事は、討伐隊の為に、此処までの最短ルートを洗い出す事だ。協力頼めるか?」
レオンはリゼッタと顔を見合わせ頷いた。
「分かった。俺達のマップを開示する」
「話が早くて助かるぜ」
リゼッタは肩掛けのバッグから地図を取り出した。
クレスも自身のポーチから地図を出す。
「お、中々分かり易い描き方してんな。どっちがマッパーだ?」
「ルートは俺で、採取や採掘ポイントは彼女だ」
「へー、分担か。大抵、パーティでマッピングが出来るのは一人が多いが、出来るヤツは多いに越したことはないからな」
三人で二枚の地図を見比べていると、ヴィルが声を荒げた。
「おい、僕を無視して話を進めるな! 僕は英雄になる男なんだぞ!」
「また英雄ってか。なんでそこまで英雄に拘るよ?」
「僕が【ブレイバー】だからに決まっているだろ!」
その答えにクレスは眉を顰めた。
「なら、お前は【ブレイバー】じゃなかったらどうすんだ?」
「――っ!」
聞き覚えのある質問にヴィルは目を見張り、息を呑んだ。
そして、ギリっと奥歯を噛みしめる。
押し黙ったヴィルに、クレスは肩を竦ませた。
「その答えが出たら、お前もちったぁ、英雄らしくなるんじゃねぇかな。ともあれ、今は取り合えず、大人しく講習を受けとけ。折角だ、それも俺が面倒みてやるさ」
二枚の地図を合わせ、現状で二階層に戻れる最短ルートを見定めてそれぞれが地図をバックに仕舞う。
「さて、それじゃとっととギルドに戻ろうぜ。悪いがお前さんらを戦力として頼りにして良いか?」
「あぁ、殿くらいならやれる」
「私も【エンハンサー】として出来ることはさせて頂きます」
レオンとリゼッタがクレスに答え、シャルロットとミリンダとライラも出立の準備を始めると、
「……答えなら――もう出ているさ」
ポツリとヴィルが呟いた。
「そんな『もしも』に意味は無い。僕は【ブレイバー】であり、人々から英雄である様にと期待されている。僕は英雄にならなければならないんだ」
ヴィルの目には、狂気とも思える程の強い力が宿っていた。
「そうでなければ、ブレイバーに産まれた意味が無い!」
「――待て、ヴィル!!」
誰よりも早く察して、レオンは叫んだ。
伸ばされたレオンの手を振り払う様に、ヴィルは剣を抜き固有スキルを発動させた。
そして、剣術上位スキル《
膨大な魔力と凄まじい剣速で生じた衝撃が広い部屋中に響き、巻き上がった粉塵が視界を潰す。
「あはは。やっちゃったねー?」
他人事の様に笑うシャルロットに一拍遅れて、皆は状況を理解する。
「お前……! 何したのか分かってるのか!?」
クレスが叫ぶ。
「分かっているさ。討伐隊の準備が出来るまで、デスナイトが眠っているとは限らない! 地上の人々を救う為に今ここで倒す事こそが、英雄だ!」
ヴィルが断言した直後、
「オォオオオオオ!!!!!!」
空気を震わせるような咆哮が響き渡った。
同時に開放された禍々しい魔力が粉塵を吹き飛ばし、デスナイトが姿を現した。
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