第11話:気怠い目覚め

 小さな町を背に彼等は、遠くの森から押し寄せる魔物の大群を見据えていた。


「町に一匹も魔物を通さない。皆、覚悟は良いか」


 ヴィル・アルマークは、力強い意思を宿した瞳で、彼を含むパーティメンバーを見渡した。


「私達がやらなきゃ皆死んじゃうんだもの。あの子も、あの子の家族も、友達も……全員、助けるんだから」


 ミリンダ・ルクワードが髪に差した一輪の花を撫でて、覚悟を決めた。


「私達なら勝算はある。いつも通り、やれば良い」


 ライラ・リーイングは素っ気なく言うが、杖を握る小さな手に力を籠める。


「……」


 彼は、腰の短剣を確かめる様に柄に手を伸ばした。


 手の震えが剣に伝わり、擦れる様な金属音が僅かに鳴った。


 やがて、大気を震わせる程の咆哮と共に地鳴りが大きくなっていく。


「僕達で、この町の人達を救うんだ――!」


 ヴィルは長剣を抜き天に掲げ叫ぶ。


 そして、魔力を解き放った。


「《リミットブレイク》!」


 固有スキルで身体能力や感覚、魔力出力が限界を超えて引き上げられる。


「どんな奴が相手だって負けないんだから!」


「詠唱、始める……!」


 二人も魔力を解放させた。


「――っ」


 だが、ただ一人彼だけは迫る怪物共に恐怖を覚えた。


 崖の縁に立たされている様な感覚に襲われる。


 それでもと、彼は短剣を抜く。


「ミリンダ、ライラは最大威力の攻撃で左右の魔物を殲滅してくれ。僕は中央を一掃する!」


 ヴィルは、メンバー達を一瞥し、彼に小さく眉を顰めた。


「君は、町に魔物が向かわないか後ろで確認しておいてくれ。――前に出られても僕らの邪魔になる」


 そして、彼等の戦いは始まった。


 否、彼以外の戦いは始まった。


 身構える彼を尻目に、魔物は魔石に変わって行く。


 ミリンダの魔法を纏う上位剣術スキルが、切り裂き薙ぎ払いながら、炎や雷で焼いてく。


 ライラの上位魔法が続けざまに放たれ、瞬く間に吹き飛ばしていく。


 ヴィルは剣に魔力を集中させ、【ブレイバー】特有のユニークスキルを起動する。

光龍滅天衝こうりゅうめつてんしょう》。


 放った高密度の魔力の塊が龍を形作り、魔物を喰らっていく。


 その光の龍は、喰らってきた魔物の数だけその威力が向上する。


 既に多くの魔物を喰らい、今も尚威力を上げながら天を駆けた。


「このまま一気に殲滅するぞ!」


 ヴィルに続き、ミリンダが駆け、ライラの魔法が弾幕を張る。


「……――」


 一面を埋めつくす程の魔物の大群が、数を減らしていく。


 彼は自分が何かが出来るとは思っていなかった。


 それでも、町を守りたいという気持ちに偽りは無かった。


 自分もパーティメンバーなのだと誇りを持っていた。


 だから、魔物が町に向かわない様に警戒していた。


 だが、パーティメンバー達の勇姿を見ている内に、その必要すら無いと思い知らされた。


 魔物の群れに感じていた恐れもいつの間にか、蹂躙される怪物への憐れみに変わっていた。


 ――やがて、ヴィルは最後の一匹に剣を突き立てて戦いは終わった。


 そうして、一つの町は守られた。


 多くの人が救われた。


 この頃から『鋼の翼』は次世代の英雄候補と呼ばれる様になった。


 その戦いの中で、彼は何も出来なかった。

 

 そんな事があったのだ、と不意に彼は――レオン・グレイシスは思い出したのだった。





 迷宮都市の中でも価格が低い質素な宿の、安っぽいベットでレオン・グレイシスは目を覚ました。


 カーテンの隙間から差し込む日は力強く、もう昼に近いのだとぼんやりと思う。


 普段であれば、もつと早い時間にギルドでリゼッタと待ち合わせて、ダンジョン探索に向かうのだが、今日は彼女の都合で休みとなった。


 急遽、別の用事が出来たらしく、しきりに謝っていたが、冒険者は心身を休ませる事も仕事の内であり、その申し出はレオンにとっても良い機会だった。


 以前のパーティ時には出来なかった、誰にも文句を言われずに昼まで熟睡する贅沢を堪能した訳だが、


「……――」


 期待していた程、気持ちの良いものではなかった。


 身体の疲労感は大分抜けているが、どうも気分が優れない。


 ――少し前の事を思い出したせいだろう。


 それは、パーティ『鋼の翼』の快進撃の始まりだった。


 魔物の大量発生から町を救った。巨大な犯罪組織を壊滅させた。古代遺跡から蘇った怪物を打ち倒した。


 そのどれにもレオンは当事者として立ち会ってはいたけれど、パーティメンバーとは言えなかっただろう。


 自分が居た意味は、今でも見いだせない。


 ……だからこそ、パーティをクビになったのだ。



『レオン兄ちゃん、英雄になってね!』



 旅に出る際に、世話になっていた孤児院の子供達から贈られた短剣が自分に合っていたから使い続けた。


 上位スキルが使えないから、下位スキルを磨いて来た。


 守りの術が限られているから、固有スキルを極めて来た。


 自分でも英雄になれるのなら、と此処まで来た。


 誰かの助けになるのなら、と努力をしてきた。


 確かに、子供の頃よりも今の自分は格段に強くなった。


 けれども、



『いい加減、もっと良い武器に変えなさいよ。そうすれば、少しは戦力になるんじゃない?』



 とある魔法剣士は鼻で笑った。



『下位スキルしか使えない。盾スキルも無い。それでどう戦うつもり?』



 とある賢者は眉を顰めた。



『そもそも、君は英雄を目指す必要は無い筈だ。“ただ成りたいだけ”では、英雄には決して成り得ないのは、此処までの旅で身に染みただろ。身の程は弁えるべきだ』



 とある勇者は切り捨てたのだった。




『君はどんな英雄になりたいんだい?』



 いつか、師匠に言われた言葉を思い出す。



『『あかがねの英雄』になりたい!』



 そう答えた。

 

 子供ながらに、世界を救える様な英雄に成れないのは分かっていた。


 だが、自分と同じ孤児の子供を減らせる様な英雄には成れると思った。


 実際に居たという、英雄ならざる者が、たった一人で故郷を怪物から守ったという英雄譚の主人公の様に。


 誰かにとっての英雄になりたいと思った。



『それは良い。きっとどこかの誰かは、君が英雄になるのを待っているよ』



 だけど、





「やっぱり、俺は英雄にはなれなかったよ……」



 ――あの時に思い描いた自分に、近づいている気はしなかった。





 昼間のギルドは人でごった返していた。


 依頼を受注しに来た冒険者、依頼を発注しに来た依頼人は勿論、併設されている酒場で昼から飲んだくれる者。そして、それらの対応をするギルド職員達。


 その雑踏の中でレオンは一人、依頼掲示板を眺めつつ眉を顰めている。


 ただ宿に籠っているのも休息にならなそうだったので、何となくギルドに足を運び、掲示板を流し見ていたのだが、当然と言うべきか自分が一人で受けれそうなものは無かった。


 彼自身は二階層のマッピングがされている範囲までならソロ探索が可能だとこの数日の探索で実感は出来たがその程度。


 十五階層で採掘出来る薬草や二十二階層で採取出来る鉄鉱石の納品、三十階層で竜種討伐などが、比較的簡単な部類に入るらしい。


 より高難度の依頼はそれこそ、天井知らずの様だ。


 そもそも個人でどうこう出来るレベルでは無い。

 

 ギルドの話によると上層は、一般的な洞窟の様な構造だが、下層に行くにつれて地形の形状が複雑になり広大となって行くらしい。


 そして、世界樹の発する高濃度のマナの影響か空間そのものを歪ませ、草原や湿地の他に火山地帯や大河の流れる様な自然法則を無視した階層もあるという。


 自分がそこに挑もうとしていた事に、我ながら呆れていたところだった。


 ダンジョンを踏破するのは、それこそ最高峰と謳われる様な本物の『英雄』達だろう。


 その英雄になる事を――ヴィル・アルマークは期待されている。


 実際に彼がそこまでの域に達する事は、難しいだろうと間近で見て来たレオンは思う。


 ヴィルは【ブレイバー】として強力なスキルや魔法があり、膨大な魔力を有しているが、高出力を持て余し、まだ洗練さが足りない部分があるからだ。


 だが、その足りない部分を補う事が出来れば、英雄となれると思う。


 一人では難しくとも仲間の支えがあれば、出来る筈。


 ――その仲間に、自分はなれていなかった訳だ。


 そして、『英雄候補』であるパーティを追放された。


 英雄を目指す、旅の目的を失った。


 冒険者に拘る必要は無くなったけれど、続ける必要はあった。


 奇跡的にリゼッタと出会い、パーティを組んだ。


 新たな目的が出来た。


 久しく感じていなかった充実感があった。


 だが、その目的が達成出来た後はまた――。


「……あー、やめやめ。こんなんじゃ気分転換にならないっての」


 レオンは小さく首を振るい、今朝から繰り返す湿っぽい思考を頭から追い出した。


「――ん?」


 たまたま視線の止まった依頼掲示板の端。


 誰にも見向きをされない様な所に、一枚の依頼書が貼られていた。


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