第5話:追放された者達

 レオン・グレイシスとリゼッタ・バリアンがほぼ同時にパーティを追放された翌日。


 当日の内に、それぞれのパーティリーダーが脱退手続きを進めていた為に、利益を目的とした期間的なパーティをすんなりと組めた。


『パーティ名は未設定』

『ダンジョンにおける互いの利益を目的とした短期間での結成』

『それぞれの取り分は、負担が大きい方を多くする』


 一般的なパーティの取り決めと比べると些か雑だが、当人達にはそれで充分だった。


 そして、地上は昼を少し過ぎた頃のダンジョン第三階層。


「本格的に探索するのはこの先の通路からですね」

「あぁ。上層の広い通路は冒険者の往来が多いから、魔物もあまり寄り付かないけど、此処から外れると、遭遇戦エンカウントの頻度も増えてくるから注意して行こう」


 広い通路の端で周囲の警戒をしつつ、レオンの広げる地図をリゼッタは覗き込む。


 細かいマス目で仕切られた地図は、ギルドで購入した公式な物だが多くの空白が目立っていた。


 基本的にダンジョンの探索は冒険者の自己責任。


 その際のルート選択が探索時の利益は勿論、生存率に直結するものだ。


 ダンジョン上層の傾向として、各階層の階段までのルートは距離として短い程、通路は狭く無数に枝分かれし複雑に入り組んでいる。


 逆に遠回りになる程、広い通路や部屋を通り奇襲や待ち伏せを含め、魔物との戦闘にも対応しやすい――と言われている。


 二人はその中でも、四階層へのルートから大きく外れ、途中でマッピングが途切れたルートを探索する事にしたのだった。


「効率よく探索するなら一筆書きで此処まで戻って行きたかったけど、この地図だとかなり大回りになるからな」


「えぇ、上層とはいえパーティ結成初日に未踏領域の探索はリスクが高いです。上手く連携が取れない内に、行き止まりに追い詰められたら立て直しは難しいですから」


 レオンの渋い表情にリゼッタは同意する。


 それがこの迷宮都市の特徴であり問題点だったりする。


 現在のダンジョン最高到達階層はギルドの報告によれば八十二階層。


 日々、多くの冒険者が地位と名声を求めダンジョンに潜り続けているが、各階層の踏破を目指しマッピングされる事は無いのだという。 


 最低限、下層に向かうルートが確立されれば十分、というのがこのダンジョンに馴れている冒険者の認識らしい。


 それに拍車をかけるのが、


「にしても、“約一年でダンジョンの構造が変わる”なんてな。道理でギルドにもまともな地図が無い訳だ」


「正に、“生きている”という事なのでしょう。その際に下層の魔物が上層に現れるイレギュラーも度々あるとか――それにも注意が必要ですね」


 そのダンジョンの特性だった。


 冒険者へ――否、人類への殺意に満ちた迷宮。


 実力のある冒険者は利益を求めて、下層へ駆け下りて、 実力の無い冒険者は安全に手堅く上層でたむろする。


 改めてダンジョンに挑む二人は身の程を弁えた後者だった。


「それじゃ、行こうか。支援よろしく!」


「ええ、お任せ下さい」





 ダンジョンの上層は、高威力広範囲のスキルや魔法を用いた、十分な戦闘が出来ない様な狭い通路が多い。


 第三階層の中でも、小振りな馬車がギリギリ通れる程度の狭く天井も低い入り組んだ通路をレオンとリゼッタは、進んでいた。


「――こうして、実際に歩いてみると目的のエリアまでは、それなりにかかってしまいますね」


「あぁ、予定より進みは遅くなったな。地図自体に大きな間違いは無いけど、それでも多少のズレはあるし、魔物を警戒しながらだから仕方がない、と言えばそうだが――」


 探索の基本は、スタート地点と現在位置を正しく把握する事だ。


 地図があったとしても、それらが間違っていれば、目的地に辿り着けるどころか無事に帰還する事もままならない。


 似た様な景色が続く洞窟なら方向感覚も狂いやすく、僅かなズレが致命的なミスにもなりかねない為に、少々手間だが定期的に足を止めて確認を行っていた。


「初回にしては、ルート設定間違えたかな?」


「いえ。ルート自体はそう長く、複雑という訳ではありません。警戒も過ぎれば、探索の妨げになりますが決して不必要な事ではありません。多少の予定の遅れは許容の内です」


 苦笑するレオンに、リゼッタは確信を持って頷いた。


「では、魔物の襲撃にも改めて注意しながら――」


 リゼッタが地図を、肩掛けのバッグに仕舞う為に畳んでいると、不意にレオンは短剣を抜き、振るった。


 突然の彼の行動に、リゼッタは目を見張るが、同時に小さな金属音と地面に折れた矢が転がり、奇襲だと遅れて理解する。


「言った傍から、だな」


 レオンが構えるその視線の先には、緑色の肌をした小さな子供程度の背で、だらしのない中年の様な体躯のゴブリンが弓を手に悔しそうに地団駄を踏んでいた。


 それを揶揄う様に、冒険者から奪ったであろう剣や斧を携えた四体が騒いでる。


 そして二メートルを超える緑の巨体――錆びた大剣を手にしているホブゴブリンが不気味に笑っていた。


「行けるか?」


「――お任せを」


 レオンの問いに、リゼッタはメイスを構え、魔力を練り上げる。


 二対五。数の上では不利だが、ダンジョンで資金を稼ぐ彼等には背負わなくてはならないリスクだった。


 そして、この【ガーディアン】と【エンハンサー】には不利を覆す、スキルと魔法がある。


「キャキャキャ!!」


 四体のゴブリンが駆け出したのに合わせて、レオンも地面を蹴った。


 ゴブリン共がレオンに斬りかかろうと武器を振り上げたのを見て、彼は加速する。


 そして通路の壁を蹴る様に跳び、群れを飛び越えた。


「――ギャ、キャ……?」


 各々の得物が空を斬り、ゴブリンは呆けた。


 その冒険者の意図はゴブリンには汲み取れなかったが、状況は理解出来る。


 基本的にパーティの後方に控える冒険者は非力だ。それが女で、剣や槍では無く杖などを持っていたなら、近づきさえ出来れば自分達でも好きに出来ると、何度か冒険者達と戦い生き残ったゴブリンは知っている。


 故に好機だと、ゴブリン共はニヤリと笑った。そして、嬉々としてリゼッタに走り出す。


「っ――」


 彼女はその狂った様な緑の小さな怪物共に嫌悪感と恐怖を覚えた。


 事実、【エンハンサー】であるリゼッタは複数のゴブリンに囲まれては、まず勝ち目は無い。


 だが、それに屈する必要は無かった。


「“その矛先は我が手の内に――惑え”《ヘイトコントロール》!」


 レオンの対象の敵意を増幅し、自身に集中させる幻惑系魔法がゴブリン共に作用する。


 毅然きぜんとするリゼッタを目前にゴブリン共は足を止め、踵を返してレオンに再度、駆けた。

 

 背を向けるレオンに飛び掛かる間際、


「“不可視の守壁――阻め”《プロテクトウォール》!」


 レオンとの間に半透明の薄い壁が現れる。


 鈍い衝突音と息を詰まらせる短く汚い悲鳴。


 そして、背後で魔法による防壁を叩く音を聞きながら、レオンは前を見据える。


「ギィ……ッ」


 ホブゴブリンが口惜しそうに表情を歪め、弓を持っているゴブリンが慌てふためいていた。


 四体のゴブリンは思考を放棄した様に、ただ防壁を殴り続けている。


 これで、一対二。


「ガァッ!」


 狼狽え続ける弓持ちのゴブリンに喝を入れる様に、ホブゴブリンは吠えた。


「ギャッ、ギャキャ!」


 促され、ゴブリンは慌てて矢を射かける。


 それを、レオンは短剣で弾きながら間合いを詰めた。


「――カキャ……!?」


 ゴブリンが再度、矢を番える前にレオンがその首を深々と斬り裂く。


 口から血を溢れさせ、ゴブリンが悶えながら倒れる内に、ホブゴブリンは姿勢を落とし、大剣の剣先をレオンに向けて構えていた。


「ガァッ!!」


 攻撃後の隙を狙う様に、ホブゴブリンは踏み込みながら身体の捻りを乗せた刺突を繰り出す。


 並みの剣士よりも鋭く速く、重い一撃。


 レオンは、その錆びた大剣に短剣の刀身を添わせ、逸らして受け流す。


 更に一歩踏み込んで、姿勢を崩したホブゴブリンの懐に潜り込み、短剣に魔力を込めた。


「――《蒼波刃そうはじん》!」


 魔力を蒼いオーラとして放出させ、武器の攻撃力とリーチを強化、延長する下位剣術スキル。


 剣を持つ者が最初に会得する剣術スキルの初歩というだけあり、技としては頼りないものだが、長年繰り返し続け磨き上げた練度が、放出する魔力を刀身として圧縮し、


「“刃の冴えよ――研ぎ澄ませ”《シャープエッジ》!」


 リゼッタの鋭利強化魔法が、詠唱通りにその刃を研ぎ澄ます。


「――ギィ、ガ、ッ……!?」


 短剣から放出された二メートル程の蒼い奔流が、通路の壁や天井を僅かに削りながらホブゴブリンの巨体を両断した。


 魔物の心臓にして、魔力を産み出す炉。そして冒険者達のメシのタネである魔石を残して地面に倒れた骸は、魔力の粒子となって霧散していく。


 スキル発動時の反動による独特な疲労感を堪え、レオンは振り返りながら短剣に付いた血を小さく振るい落とす。


 そして、ただ闇雲に防壁を殴り続けるゴブリン共を見据え僅かに姿勢を落とし構えた。


「――頼む」


 レオンに応え、リゼッタはゴブリンを抑えていた防壁を解除。


「ギャギャギャァ!!」


 敵意操作の魔法が継続する三体が我先にとレオンに群がった。


「せやっ!」


 下位剣術スキル《瞬迅尖しゅんじんせん》による鋭い刺突が、先んじて飛び掛かるゴブリンの首を貫く。


 そして、すぐさま足運びと身体の捻りで回転しながら剣を振るう範囲系下位剣術スキル《円旋衝えんせんしょう》で、その首を撥ねつつ続く二体目の顔面を薙いだ。


 三体目の突き出されたボロボロの槍を掻い潜りながら、その胴に巨大な獣が爪で引っ掻く様な斬撃を放つ下位剣術スキル《襲爪斬しゅうそうざん》を叩き込む。


 三つの魔石が地面に転がるのを見て、レオンは大きく息を吐き全身に巡らせていた魔力を逃がす。


 僅かに上がった息を整え、強化魔法が解けた短剣を鞘に納める頃にリゼッタが彼に駆け寄った。


「お疲れ様です、グレイシスさん。本格的な戦闘は初めてでしたが、上手くいきましたね。先日に閉所での戦闘を想定していて正解でした」


「あぁ、リゼッタもお疲れ。狭い通路でも案外やりようはあるもんだ」


「はい。最難関と言われるダンジョンですが、初心に帰る事の大事さを思い出させる様です」


「ホントそれな」


 レオンは眉を顰めて苦笑する。


「まぁ、ダンジョンに出てくるゴブリンはやっぱ地上と比べるとレベルが違うけどな」


 レオンは足元に転がる折れた矢を拾い上げ、うんざりと溜息を溢した。


 鏃には黒に近いくすんだ紫色をしている妙に粘り気のある液体が塗布されている。


「ちなみにコレ、普通の毒じゃないよな?」


「はい。個体により調合の知識の有無もあると思いますが、何より素材の質が影響していると思います。凡そ、Cランク相当の毒性はあると思います」


 リゼッタも僅かに眉を顰めた。


 元来、ゴブリンは森や洞窟に住み着き、目についた薬草や動物の血肉、汚物などを混ぜて毒を拵える事がある。


 その毒性はまちまちだが、その殆どは遅効性で僅かな発熱を伴う体の痺れ程度で、SからEまであるランクの内、E相当。


 だが、その素材の質で毒性も上下する。


 ダンジョンで採れる薬草類は同じ種でも地上のものよりも品質が良いものが多い。


 現に、レオンが何となく視線を投げた通路の端に無造作に生える草も、


「地上では、育ち難い薬草ですね。他の効能を増幅させる薬にも毒にもなる種類です」


 リゼッタは苦笑する。


 そんなものを適当に扱えば、猛毒にも成り得るだろう。


「ですが、この程度の毒なら私の魔法でも対処は可能ですので、お任せ下さい」


 そういう彼女にレオンは感心した様に、小さく息を漏らした。


「頼もしいよ。それに、強化も防壁も下位魔法の域を超えてた。俺もそれなりに剣術スキルの練度を上げてるが、普段はあそこまでの威力は無いし、あの数のゴブリンも中々抑えられないよ」


「恐縮です。中位や上位魔法は強力な分、発動まで時間が掛かりますから、即座に支援を行うなら下位魔法が最適です。練度を上げればそれなりに性能を引き上げる事も出来ますから」


 リゼッタは小さく頷き、それよりもと、


「グレイシスさんこそ、見事な剣術スキルでした。魔法同様、スキルは使い込み練度を高める程に威力の向上の他、発動前後の負荷が軽減し隙が少なるものですが、グレイシスさんは技が繋がる程に起こりも終わりも隙は殆どありませんでした。それは、大きな強みです」


「俺はただ上位スキルが使えないから、その分、下位スキルを使うしかなかっただけだよ。それに、連発してもあくまで下位だから火力不足は否めないさ」


「いえ、それでも貴方の研鑽は実を結んでいますよ。私の支援があったとはいえ、下位スキルでホブゴブリンを一撃で屠るのは見事な事です――ぁ」


 言ってから彼女は、慌てて口を押えた。


「すみません。偉そうに……」


「いや。かのリゼッタ・バリアンにそう言われれば、今までの努力も報われるよ」


 レオンは軽く笑って、通路の先を見る。


「さて、それじゃそろそろ行こうか。目的地はまだ先だ」

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