第4話 コレクション
「現実離れしてるけど、それが妥当な答えだと思う。」
「流石に簡単すぎたかな。」
陶子は口の端に笑みを浮かべていた。
そういえば笑った所を見るのは初めてだ。全然可愛くないな。
浩介はまたも失礼だが、率直にそう思った。
笑みは一瞬で消え、再びその顔には『これぞ正に』と表現したくなるような、掛値無しの無表情に変わった。
「心霊写真が多く含まれるそのカメラは、心霊を『写し易くなる』んじゃないかい? 霊媒体質みたいに。」
「デジタルカメラになって、随分便利になったのよ。撮影の結果を直ぐに確認出来るし、画像データを選択して削除するのも簡単だし・・・」
陶子はテーブルに両肘をついて手を組み、その上に顎を載せる。
普通の女性がやればそれなりに可愛らしいポーズだと思われるが、彼女のそれは何の色気も可愛げも無かった。
台の上で開眼しているデスマスク。
浩介は再び失礼極まりない感想を心の中で呟く。
「これと思う写真を抜き出して印刷したり出来るから。」
「・・・! 印刷・・・してるのか?」
「勿論。集めてるもの。」
乗り出していた身を引いて背もたれに深く預けると、浩介は大きく息を吐いた。
今までの話を頭の中で反芻する。
間宮陶子は心霊写真を撮り、チェックして、集めるに足る物があれば印刷してコレクションに加え、そうでは無い物はデータとしてストックする事でカメラを霊媒体質、いや霊媒機質? にしている、という事か。
尋常じゃない。
コレクションってどういうものだ? 印刷した心霊写真をどうしているんだ? まさかだけど、何処かに飾っているのか?
「聞いても良いかい?」
「さっきから随分色々と聞いてるじゃない。」
「・・・印刷した心霊写真って、どうしているの?」
陶子の口元に、再び笑みが浮かんだ。
先程の笑みよりは幾分か・・・柔和・・・かな?
「飾ってるわ。」
「何だってまたそんな事を・・・」
「言ったでしょ? 趣味よ。」
心霊写真を飾っている?!
やはり、尋常じゃない。
・・・だが、しかし。
見たい。
浩介の中に衝動が渦巻く。
そんな凄い心霊写真があるなら、是非この目で見てみたい。
どうやって陶子から承諾を引き出すかを、彼は必死に考えていた。
「関君、車持ってるよね?」
次に陶子が放ったのは、意外な質問だった。
「ん? ああ、持ってるよ。」
「・・・見たい? 私のコレクション。」
陶子の言葉に浩介は破顔する。
唐突だが、願ってもない提案だ。
「見たい! いや、是非見せて欲しい!」
「良いわよ。見せてあげる。」
「よし! やった! 何時見られる?! 出来れば早い方が・・・・」
いつもの勢いを取り戻した浩介が、畳みかけるように喋ろうとするのを、陶子は姿勢を正し、眼前に右掌を軽く翳して制した。
「落ち着いて。全く拙速ね。思うに関君は、何時見てもそんな感じだよ。」
「落ち着いてなんかいられないよ! さっきのヤツより凄いんだろ?! 早く見たいに決まってる!」
鼻息荒く目を輝かせる浩介を見て、陶子は軽く溜息をつく。
見せると言った事を、早くも後悔しているのかもしれない。
翌週土曜日の午後、浩介は大学近くの喫茶店にいた。
一昨日、陶子からこの店で待つようにと、時刻と併せて指定されたのである。
結局あの後、特に詳しい話を聞く事は出来なかった。
彼女また連絡すると告げると、さっさと帰ってしまったからだ。
約束した時刻の1時間以上前に着いていた浩介は、汗をかくグラスを只管眺めている。中のアイスティーは二杯目だ。
改めて日時を指定するって事は、写真は実家に在って、僕が見に行く事を家族から承諾してもらう必要があったとか?
まあこうして呼び出されたって事は、そこはクリアしたんだろうな。
いや待てよ。
彼女ってそも実家暮らしなのか?
あの時その辺りも聞いておけばよかった。
実家を出て一人暮らしって可能性もあるな。
客を上げられないぐらい部屋が散らかってて、片付けと掃除に時間を要したとか?
でも、だったらそもそもコレクションを見せる、なんて言わないか。
あるいは飾ってあるものを外して、此処へ持ってくるとか?
だとしたら車で来い、なんて言わないか。
移動前提として、わざわざ車って言う事は遠方なのかな。
思索は尽きない。思わず腕時計を見る。そろそろ時間だ。
「関君。」
背後から声を掛けられ、肩越しに振り返る。
間宮陶子がいた。
コンパの時と同じく、と言うかいつもと同じく、地味な服装だ。
黒いリボンをあしらった濃紺のブラウスに、同じく濃紺のスカート。
やはりアクセサリーの類は付けていない。
ただ一つ、前回と違うのが、
「カ・・・・・」
「か?」
「あ、いや、カチューシャ。ゴメン、余りそういうもの付けるイメージ無くて。」
「・・・・・。」
「いや! いやその! 似合わないとかそういうのじゃ無くて!!」
「・・・・・。」
「えっと、地味とか無精とかそういうのでも無くて!!」
どうにも、彼女の事を表する時には、失礼な言葉しか浮かばない。
陶子の目が、みるみる細まって行く。
「あ! だから! だから? まあそのつまり、」
「コーヒー、飲んでいいかしら?」
「・・・あ、うん、そうだね。・・・ごめん、奢るよ。」
「頂くわ。」
冷たい目で浩介を睨んだまま彼女は、近づいてきた店員にブレンドを注文した。
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